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工業男子は七人の女神様に崇拝する  作者: 鹿島夏紀
最終章 女神様の女神様による管理人とのデート
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第35話

 アニメなどの創作世界では、お風呂シーンになると『カポーン』という木製の手桶が床に落ちるような音が鳴り響くと思う。しかし、現実でそんなことが起きることはない。よくて、脱衣所から風呂場へ繋がる扉が閉まる音ぐらいだ。

「これ、理胡とレンゲが入った後なんだよな……」

 夏帆や母さんが入ったあとの風呂っていうのは、実家にいるときはよくあったから気にしない。だけど、こうも異性が入った後のお湯っていうのはなんだかなぁ。とはいっても、別に特殊な性癖が俺にあるわけじゃない。普通だ。普通の男子高校生。

 電子科の野郎共は『美少女が入ったお風呂のお湯とか飲みたい』なんて教室で叫んでいる時があるけど、なんだろうな、あれ。あいつらは冗談で言っているのか本気で言っているのかわからないから、物理的に攻撃をしかけてくる他学科の野郎よりも怖いところがある。

 シャワーで体を流してから浴槽に入ろうと、浴槽の蓋を開けようとしたときだった。

「ぷっはぁぁ!! 緑一くん入ってくるの遅くない!?」

 浴槽の中から姿を現したのは、荒い息を繰り返しながら俺を睨みつける娘虎先輩だった。

「ねぇねぇ! 僕、緑一くんがお風呂に入るまで隠れていようと頑張ったんだよ! すごいでしょ! ……あいたっ!? もう、なんで叩くのさ!」

 とりあえず、手に持っていた手桶で殴っておいた。

「何でそこにいるんですか」

「そりゃあ、男同士の仲を深めよう……痛い! 手桶で叩くのはやめてっ!」

「……」

 俺は手桶を床の上におくと、シャワーヘッドを手にもって『冷』の蛇口を思いきり捻った。

「ひゃあぁぁぁぁ! 無言で冷水をかけるのもやめて!?」

「はーい、早く出ていかないと風邪ひきますよー」

「きちくっ! 緑一くんのきちくっ! 鬼! 変態! 淫魔!」

「後半は全然関係のない罵倒ですよね」

 このまま冷水を浴びせ続けていると、娘虎先輩にかかった水は浴槽内に流れるわけで。俺が入るときには冷えてしまう。仕方がなくシャワーを止める。

「ふぅ。もう~、そんなに恥ずかしがらなくてもいいと思うけどなぁ」

「恥ずかしいというか、変質者を撃退しようとしただけなんですけど」

「僕って変質者なの……」

「とりあえず、これから俺が入るので出て行ってくれますか」

 娘虎先輩の身体に視線がいかないように背を向けながら体を洗い始める。

「えぇ~、せっかく待ってたのに~」

 浴槽からあがる音が聞こえてくる。なんだかんだ言いながらも言う通りにしてくれたらしい。……と思ったが。

「何してるんですか」

「えっ? 緑一くんの背中を洗ってるんだよ? 偉いでしょ?」

 振り向くと、スポンジを片手に俺の背後で微笑む娘虎先輩の姿があった。

「偉いかどうかはさておいて。出て行ってくださいと言ったんですけど」

 視線をそらしながら娘虎先輩に告げる。しかし、否定の言葉で返してくるあたり、簡単には引いてくれなさそうだ。

「いいでしょ~? 緑一くんの背中を流すぐらいいいでしょ~?」

 必死に俺の視界の中へ入ろうとする娘虎先輩。やめろ、先輩は男だけど女に見えるんだからな。

「ダメです。湯冷めしたなら謝りますんで、身体を洗っている間に出て行ってください」

 せっかくの機会だから先輩が『男』であることを確認してもいいかもしれないと思ったが、それを確認することで、なんとなく何かが終わるような気もする。

「ぷぅ~! 僕だって『先輩、背中流しますよ!』っていうのをやってみたいの!」

「俺は後輩ですけど」

「そんなことはどうでもいいの! ねーねー、お願いだよ~」

 と、言われてもな……。

 字の通り頭を抱えて悩んでいると、後ろで騒いでいた娘虎先輩が静かになる。なんだ諦めたのかと肩越しに様子を確認してみると、娘虎先輩はスポンジを胸に構えたまま俯いていた。

「やっぱり、迷惑かな……?」

「迷惑です」

「そう、だよね……」

 別に、娘虎先輩のことを根本的に嫌っているわけではない。だけど、なんでこうも俺に関わろうとするのかがわからないんだ。娘虎先輩には友人だっているだろうし、後輩だっているはず。わざわざ俺に構う必要なんてないはずなんだ。

「……僕ね」

 そんなことを思っていると、俯いたままの娘虎先輩が口を開いた。

「僕ね、こんな容姿だから男の友達って少ないんだ。だからほら、青春漫画みたいなことに憧れててね……?」

「男友達がいるならいいじゃないですか」

「うん。でも、友達って呼べるほど仲の良い人っていないんだ。……恥ずかしいけど、緑一くんぐらい」

「俺、だけですか……」

 俺は先輩にとって友達感覚だったのか。いや、それよりも娘虎先輩に男友達が少ないってどういうことだ? 一応、女神様ではあるだろうに。

「ちょっと待ってください。先輩って女神様ですよね? それならかなり人気があるはずでしょう」

「……緑一くんさ。女神様ってどんな立場だと思う?」

 娘虎先輩は垂れた前髪の間から瞳をのぞかせながら言う。どこか俺のことを憐れむような視線だから腹立たしいけど。

 女神様がどんな立場なのか。嘉野先輩を見ている限りでは『クラスの人気者』みたいな感じだと思うんだけどな。でも、娘虎先輩があらためてこんな質問をしてくるということは、俺が考えているようなことだけではないらしい。とはいっても、俺が当事者というわけではないからわかるはずもなくて。

「女神様ってね、ずっと独りぼっちなんだよ?」

「独りぼっち……?」

 俺のつぶやきに頷く先輩。普段の様子からして、そんな感じは全くと言っていいほど感じない。

「可愛いからとか、カリスマがあるからとか、成績がいいからとか。代々の女神様ってそんな感じで選ばれてたけど、やっぱり友達は少ないんだよ。……女神様の周りには人がいるように見えるでしょ? でも、世間話をしたり、遊んだりしても、どこか線を引かれているような、一歩引いて話されているような気がするんだ」

「……」

「ぼ、僕はね、緑一くんのことを友達だって思ってるんだ。もちろん、後輩とも思ってるよ? ……後輩にしてはちょっと生意気だけどね」

「悪かったですね」

「ううん。僕のことをからかったりしてくれるのは緑一くんぐらいだから……」

 それは褒められているのか……?

「だから、お願い。友達っぽいこと――あくまでも『それらしい』ことでいいから、してほしいんだ」

「それで俺の背中を洗うと?」

「う、うん……」

 娘虎先輩の話を聞いたあとだと、その頼みを無下に断ることはできないじゃないか。

「はあ……。わかりました。背中だけですよ」

「ほ、ホント……!?」

「そんな話をされた後に『嫌だ』って言えないじゃないですか」

「ありがとう! 緑一くん!」

 ぱっと顔をあげて喜びを顔に表し、俺に抱き着いてこようとする娘虎先輩を抑える。

「背中だけですよ? 背中を洗ったら、身体を温め直して出て行ってください」

「うん、合点承知の助だよ~!」

 俺は、まさかレンゲや理胡まで入ってこないよなと疑いながら、娘虎先輩に背中を流してもらうことにした。

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