第32話
面倒になって俺の存在を薄くしようと会話から外れていると、メリアのことについて質問しているのが耳に入った。
「メリアさんってスタイルいいですよね。やっぱりイギリスではモテました?」
「ウーン、そうでもないデスねー」
「メリアは天真爛漫すぎるからね。他の生徒がついていけないんだ」
「てんしんらんまん? 嘉野は難しい言葉を使うのでモテないんデスよー」
メリアの発言に「これでも電子科の女神なんだけどね……」と肩を落とす嘉野先輩。まあ、気にすることないですって。工業男子からは絶大な人気ですから。
俺の偏見かもしれないが、女子って複数人で話すと必ずと言っていいほど恋愛関係の話題に花が咲く。別にいいのだけれども、そのあとは彼氏のいるやつが愚痴を言って不幸自慢をするんだよな。俺もいるし、そういう話題はそこそこにしてほしい。
そういえば、女神様たちには彼氏がいるのだろうか。いたらいたで工業男子が黙っていないだろうし、結構な話題になると思う。それに崇拝者が減るような気もする。
「女神様たちの恋沙汰の話って校内では話題にならないよな。彼氏さんとかいないのか?」
そう素直に質問してみた。
だけども、返ってきたのは無言。そして俺に対しての軽蔑するかのような呆れているかのような視線。……なんで?
「メリアは緑一サンみたいな人と結婚できたら嬉しいデスねー!」
メリアはストレートに言ってくるが、なんだろう、気恥ずかしいぞ。しかも、結婚って……。イギリスでは結婚を前提に付き合う人が多いのか……?
そんな疑問を浮かべながら、少し額が熱くなるのを振り払って逸らした視線を再び女神様たちへとむけた。
「メリア。そういうことを緑一君に言うと本気にするからやめた方がいい」
それに続くように頷く女神様たち。いや、メリアのは冗談ってことぐらい俺にだってわかるぞ。
「ご注文のお品をお持ちしました」
妙な雰囲気を打ち消すように高めの声のトーンでやってきたのは店員さん。抱えたトレーから各自が注文した飲み物やらケーキなどを並べていく。
全員に注文したものが並べられるとさっきまでの雰囲気はすでになくて、目の前にある甘味にすべての矛先が向けられていた。
「緑一」
ベンチシートの隣に座っていた理胡が服の裾を引っ張る。
「なんだ? オレンジジュースだけじゃ嫌だったか? 俺のケーキでも食べるか?」
「万歳して」
なんで万歳?と思いつつも両手を上げて背筋を伸ばす。どういうことだ?と思う前に理胡が俺の膝に腰掛けた。
「いや、なんで?」
「飲みづらい」
そのためにストローがあるんだろ。とツッコミたかったが、理胡やレンゲが背筋を伸ばしても、テーブルは高い。理胡に関してはグラスを持ってストローを使えば何の問題もないはずなんだが。いやまて。レンゲ……?
「儂も食べづらいのお……、緑坊、膝を貸してくれんか」
やっぱりな。俺の了承を得る前にレンゲは左膝に座り、注文したみたらし団子を食べている。
この状況はよろしくない。嘉野先輩を含む女神様たちが怖い顔で俺を見てる。葵は苦笑いを浮かべているだけだけどな。
「理胡、レンゲ、降りろ。膝が痛い」
「なんじゃ女子に向かって重いとな。失礼なやつじゃ」
「そういうわけじゃねえよ」
世間体の問題だよ。
「理胡は重くない。……胸もない」
なんで急に泣き出すの。おいレンゲ、そんな目で俺を見るな。俺は何も言ってねえよ。こら、メリアの胸を指さしながら泣くな。成長の余地はあるって!
「あーっ、緑一くん理胡ちゃん泣かせた―! せんせーに言っとこー」
「お前は小学生かよ」
「いいなあ。僕も緑一くんの膝を弄りたいなあ」
膝を弄るってなんだよ。
「理胡は緑一に抱かれたときから心に決めてる」
「勘違いされるようなことは言うなよ! あれは晩飯つくるときに包丁の握り方を教えただけだろ!」
波を打つかのように騒めきが広がり始める。ああ、ご近所さんどころか町全体に変な噂が流れそうだよ!こうして叫びに近い大声で説明するのも、なぜか必死に弁解にしているようにしか見えないだろう。ただでさえ女性客が多いこの店でなんとも居づらい雰囲気を作ってしまったような気がする。