第27話
スーパーの帰り道。無事に買い物を終えた俺は、時雨屋で嘉野先輩の両親にあいさつをして帰ることにした。幸いなことにそのスーパーからの帰り道に時雨屋がある。
和菓子屋というだけあって和を基調として落ち着いた雰囲気のお店である。入口の引き戸を開ければ、懐かしい風景が広がっていた。
「こんにちはー……」
「はーい。え、もしかして緑一君!? 」
店の奥から出てきたのは嘉野先輩のお母さんだ。
「はい。ご無沙汰してます」
「へえ、嘉野に聞いていたけどいい男になったねえ。……あなた! 緑一君よ! 」
「あ? 緑一か! 」
度々実家に帰ることがあっても、電話であいさつを済ませる程度でわざわざ時雨屋に顔を出すことはなかった。だから久しぶりに俺を見て二人とも驚いているようだ。
「どうも、帰り道に通ったので挨拶していこうかなと」
「おうおう、そういうマメなところも変わってねえな」
「そうね。……確か、嘉野が緑一君の家にお邪魔してないかしら」
「はい。母さんと夏帆とリビングにいましたよ」
そういえば、夏帆が時雨屋の豆大福が好きだったな。
「すみません、豆大福を十個ください」
「夏帆ちゃんにだね? 喜ぶわよきっと」
「そうですね。それと嘉野先輩や友達も泊りに来ているのでみんなの分も買っていこうかなって」
夏帆だけに買って帰ったら女神様たちがなんと言うかわかったもんじゃない。
「あら、そうなの? じゃあお代はいいわ」
「え、結構な値段になりますよ」
「嘉野がお世話になるんだもの。それに今日の分の残りがちょうど十個なのよ」
申し訳ない気持ちだったが、ここはお言葉に甘えさせてもらうことにした。……正直、十個買うと今月の小遣いがヤバい。
「ありがとうございます」
俺が嘉野先輩のお母さんから豆大福の入った袋を受け取り、お店を出ようとした時だった。
「失礼いたします」
引き戸を開けると穏やかそうな表情をした老人が目の前に立っていた。老人とはいっても背筋はシャキッとしていて、歩き方もフラフラしていない。イイところの叔父様といったところだろうか。
しかし、服装がスーツではない。……なんだっけ。執事服って言うのか?
「あ、すみません」
少し間が空いてから、俺は執事服の叔父さんがお店の中に入れるように引き戸の横へ移動する。
叔父さんは通り際に「ありがとうございます」と丁寧にお礼を述べて、和菓子の並ぶレジへと向かっていった。
「豆大福はございますか?」
「豆大福ですか。ごめんなさい、今日の分は売り切れてしまって……」
「そうですか……」
叔父さんは少し考えたあと、
「もし、在庫などがあるのであれば倍の値段で買います。どうか、おひとつ売ってはくれませんか?」
「え、そんなこと言われても……」
嘉野先輩のお母さんは困っていた。それもそうだろう。時雨屋は決定的なメニュはない。店長にあたる嘉野先輩のお父さんが、その日にある材料で作れる和菓子を商品として出すため、今日あったものが明日はない。なんてこともよくあるのだ。
つまりは「今日の分は」と言っても明日作るかどうかは店長の気まぐれなのだ。
「あの、それなら俺の豆大福を差し上げますよ」
二人の視線が俺に向く。
「それでどうですか?」
豆大福をタダでもらっておきながらアレだが、叔父さんも引き下がろうとしないしこれが一番の案だと思う。
「緑一君、それじゃあ夏帆ちゃんにあげる分はどうするの?」
「まあ、なんとかなりますよ」
「それならおばちゃんはいいけど……」
「叔父さん、それでどうでしょう?」
叔父さんは嬉しそうな顔をして、
「ありがとうございます。これでお嬢様もお喜びになられるかと」
「お嬢様……? 」
豆大福の入った時雨屋の袋を渡す時につい口から疑問がこぼれてしまった。
「はい、和菓子の大好きなお嬢様なのです。……そうです、豆大福のお礼にご自宅までお送りいたしますよ」
「え、そんなに遠くないので大丈夫ですよ」
「そんな遠慮なさらずに」と俺の肩を持ち背中を押す叔父さんから抜け出そうとするが、思った以上に力が強く抜け出すことができないようなのであきらめた。
「おばさん、また今度あいさつにきます! 」
俺の声が届いているかわからないが、店内に向けて叫んだ。
店の外まで行くと、流石に叔父さんも背中を押すようなことはしなかった。ただ俺の斜め前を歩いて先導している。
「緑一様は、どちらの学校に通われているのですか?」
「なんで俺の名前を?」
質問に質問を返すと、「さきほどそう呼ばれていたので」と叔父さんは返した。
「えっと、街の方の工業高校です」
「ああ! あの女神様で有名な工業高校ですか! 」
「え、ええ。まあ」
そんなに女神様(美少女)のことが知られているのか。それはそうか、あれだけの崇拝者がいればネット上にすぐ流れるだろう。
「それでは丁度良いタイミングだったのかもしれませんな」
「タイミング……?」
「はい。緑一様は七人目の女神様をご存知ですか」
「……七人目はいませんよ」
一人目が嘉野先輩。二人目が葵で三人目が桃香。それから四人目が理胡。特例としてレンゲと娘虎先輩。これで六人になるわけだ。
なぜか機械科は二人いる。いや、表ではレンゲが女神様だ。娘虎先輩は一部の崇拝者から人気があるため女神様という扱い。まあ、男だしな。
そして唯一、女神様がいない学科は機械システムエンジニア科というわけだ。
「それでは、留学制度をご存知ですか? 」
「就学制度……? 」
留学制度? そんなものが存在するなんて聞いたことない。
まあ、その疑問は叔父さんの言葉で一瞬にして解決することになるわけだが。
「はい。一定期間の海外からの留学制度です」
「海外から?」
それが俺の感想だった。
留学制度なんてものは知らなかったし、ましてや外国に留学生を呼ぶことができるほど大きな学校だとは思っていなかった。
「年齢的には三年生なのですが、留学をしていたので学年は二年生ですね」
「俺と一緒か……」
「はい、なのでお嬢様とは仲良くしていただけないかと思いまして」
「え?」
仲良く? それだとまた留学に来たような……、
「中途な時期ですが、二学期からともに勉学をさせてもらいます」
「まさか……」
「ええ、機械システムエンジニア科の女神様です」
これはヤバい。そう俺の本能が伝えていた。




