第24話
『はい、天釣です』
「あ、母さん俺。俺だよ」
『最近のオレオレ詐欺は声まで似せてくるのね』
「違うわ! 緑一だ!」
『あら、緑君。どうしたのこんな時間に。おねしょでもした? 怖い夢でも見た? お母さんの声を聴きたいの?』
「俺は幼児じゃあねえよ!!」
『じゃあなによ。緑君がお母さんに電話する理由なんてそれぐらいしかないわよ?』
「さりげなく俺がお母さん大好きっ子みたいに言うな」
『まあ、お母さんのことが好きだなんて……。私には夫がいるのよ……』
「いい加減きるぞ」
『うふふ。緑君と話すのは楽しいわね。夏帆ちゃんも呼びましょうか』
「やめてくれ。お前らと話すのはただでも疲れるんだから……」
『あらあら、釣れないこと』
「てか今日は用事があって電話したんだ」
『それはそうでしょうね。どんな用事かしら』
「えっとだな……」
○
「緑坊! おやつは何円までじゃ?」
「お前、遠足に行くんじゃないんだぞ」
「それぐらい知っておる。 電車の中は暇じゃろうしお菓子が必要じゃ」
「適当に買っておけよ」
「むむ、一緒に選ぶのも楽しいのにの」
俺たちは今、駅前のコンビニにいる。クラスマッチも無事(?)に終わり、夏休みまであと少しだ。
夏本番の手前とはいえ、日差しはかなり強い。日中のコンビニや電車の中はエアコンがかかるぐらいだからな。
「うむ。これぐらいにしておくかの」
レンゲは選び終えたようだった。
「レンゲ、大丈夫か?」
「何の問題もないのじゃ」
ヨロヨロとしながらレジへかごを運ぶ姿は幼く危なっかしい。
会計をすませるため財布からお金を出そうとした時だった。
「む? おお、あのときの店員ではないか。久しぶりじゃのう」
「なんだ? お前ら知り合いか?」
「うむ! あのいかがわしい本を買ったときのレジ打ちさんじゃ」
ブハァッ!?
「お前、まさか本当に……」
「そうじゃ。ほれ、こやつなかなか顔が整っておるじゃろう?」
レジ打ちさんは、黙って下を向きながら小さく首を縦に振っている。
「なんかすみません……」
「……980円になりませす」
語尾がおかしいような気がしたが、気まずさから逃れるべくお釣りなしピッタシに払い、レジ袋を片手にレンゲを片脇にもってコンビニからログアウトした。
時間もちょうどよかったらしく、駅のホームに立っていると5分もせずに電車が入ってきた。
電車の中に入ると、ひんやりとした空調の冷気が体を包み込む。
「緑坊。いい加減降ろしてくれぬじゃろうか」
「ああ、すまん」
両脇に挟んだレンゲを開放すると、そのまま小走りで席を確保する。
「緑坊、こっちじゃ!」
「はいはい」
実家に帰るのは久しぶりだ。学校が忙しくて(課題的な意味で)実家に帰る余裕なんてなかったし、嘉野先輩や桃香以外にと一緒に家に帰るなんてことはなかった。
『女の子ね!? 緑君、女の子を連れてくるのね!?』
友達が俺の家に泊まるんだけど大丈夫? と聞いたのが間違いだったようだ。母さんのテンションの上がりようが怖くて仕方がない。
「むむ? 緑坊、顔色が優れぬのう、大丈夫かの?」
「うん? ああ、大丈夫だ」
レンゲの服装は白のワンピースに麦藁帽子。どこか古めかしい服装を連想させるのだが、夏らしく女の子らしい姿で実に似合っていた。黒髪長髪ということもあって白のワンピースと黒髪のコントラストがまぶしい。
「なんじゃあ? わしに見惚れておったか」
「そうだな」
「流石は緑坊と、え?」
「似合ってると思うぞ」
「に、にゃんじゃと……。緑坊が素直に認めたじゃと……?」
「もしや今晩赤子を孕むことに……?」とか恐ろしいことを隣で言っているが、今は母親と妹のことが心配だ。
「そういえば、緑坊の両親はどんな人なのじゃ」
「怖い。超怖い」
「なぬ、そんなに怖い人なのかの」
「ああ。あいつらときたら……」
「まあ会ってからの楽しみじゃ。緑坊の両親が怖くてもわしは受け入れるぞ」
「なんでそんな結婚するから両親にあいさつな態勢なんだよ」
「け、結婚じゃと!? そ、そそそんな緑坊まだわしには早いのじゃ……」
なんでそんなに焦る。さっきから表情が忙しい奴だな。
「ん……?」
急に背後から寒気を感じる。まるで大浴場で娘虎先輩に―――。……娘虎先輩?
「すんすん。なんでだろう、緑一くんの匂いがするよ」
まさか……。
「あはは、こんな場所に緑一くんはいないよ~」
白菜!?
「(緑坊。後ろの席に女神様がおらぬか……?)」
「(娘虎先輩と白菜だな。なんで電車に……)」
「(少し会話を聞かせてもらうとするかの)」
俺たちは無言でうなずくと、後ろの席に耳を集中させた。
「でも、娘虎先輩。なんで緑一くんが実家に帰省することを知っていたんですか?」
「んふふ~、それはね~。前に僕が緑一くんの部屋に忍び込んだ時に盗聴器を仕掛けておいたんだ~」
「へえ~、そうなんですか~」
あいつら……
「(緑一、落ち着くのじゃっ。なぜ警察に電話しようとしているっ )」
あはは。と笑いあう女神様二人。俺は防衛本能が働いたのか、プライバシーの問題なのか、いち、いち、ぜろと電話をかけようとしていた。
「でもね、緑一くんは蓮ちゃんと一緒にいるみたいなんだ~」
「まあ、楽ちゃんの学科が優勝しましたしね」
「でもおかしいなあ。この匂いの強さはかなり近い場所にいると思うんだけど……」
先輩の嗅覚は犬以上ですか……!?
「まさか後ろの席にいたりしてね~!」
「それはないですよ~!」
ビクゥッ!!?
「(緑坊、こやつら本当に人間か!?)」
「(俺からすればお前も十分人問いたいよ)」
「でも、緑一くんの実家の住所は知っているんですか?」
そうだ、白菜と娘虎先輩は実家の住所を知ら―――
「そこは抜かりなく! 嘉野に聞いてきたよ!」
なんでぇぇぇぇぇぇ!!
「ということは、嘉野先輩も実家に?」
「ん~、どうだろうね。電話で聞いたからどこにいたかわからないし、なんか時雨屋がどうとかこうとか言ってたような……」
「時雨屋って嘉野先輩の実家ですよ」
「え、そうなの?」
「そうです、嘉野先輩の実家は和菓子屋を営んでいるんです」
「そうだったんだ~! じゃあ嘉野も一緒に緑一くんの実家へ乗り込もう!」
「め、迷惑になりませんか?」
迷惑です。非常に気まずい状況になります。
「う~ん。それは緑一くん本人に聞かないとわからないね。……じゃあ携帯に電話してみよう!」
え、娘虎先輩それはちょっと待って!!?
ピロピロン♪
「「え?」」
ぎゃぁぁぁぁ!!?
バイブレーションとともに電車内に響き渡る無機質な着信音。それは偶然という言葉では片付けることはできず、後ろの席の人間が立つ音が俺の耳にしっかりと聞こえた。
「「あ、あぁぁぁ!!」」
「やれやれ。潜入任務じゃったら死んでおったぞ……」
レンゲの理解しがたい例えはともかく、静かに帰省することはできないということだけは理解できた。
女神様に見つかった俺は、実家の最寄り駅に着くまでに甚大な被害(娘虎先輩的な意味で)を受けましたとさ。




