第21話
トントントントンッ。
さっきまではおぼつかない手つきで切っていたが、今は軽快な音を立てて材料を切っていく。
「理胡は料理のセンスがあるな」
「ん」
「よし、じゃあ一人でやってみな」
「あ……」
「その間に俺は米を研いでおくから」
「……うん」
なぜだか寂しそうな表情の理胡を横目に棚の中から鍋をとりだす。寮の炊飯器では二人分の料理を作るには多すぎてご飯が余ってしまうため、こういうときは面倒くさいが鍋を使ってご飯を炊く。
「3合あれば十分すぎるくらいだよな……」
理胡って、どれぐらい飯を食うんだろう。
「ん?」
食器返却口のところに影……? だれかいるのか?
少し移動して見てみると、頭だけがひょっこり出ていて髪型が黒髪のポニーテールだとわかる。黒髪のポニーテール?
○
「の、乗り込んでみたはいいが、ただ包丁の使い方を教えていただけなのか……」
「な、なんだ。天宮先輩勘違いしないでくださいよ!」
「桃香君も勘違いしていただろう!?」
つい食堂に乗り込んでみたものの、どうやら二人は料理をしていただけのようだった。いや、厨房に入る手前で気づいてよかった。勘違いして襲いかかっていたら理胡君にケガをさせてしまっていたかもしれないからね。
「桃香君、これからどうしようか」
「まあ、料理を作っているだけならいいんじゃないですか?」
「それはそうかもしれないが……」
緑一君の手料理……。
「まあ、天宮先輩が考えていることはわかります」
「なんだと思うんだい?」
「緑一の手料理を食べてみたい。ですよね。……あたしも緑一の手料理食べたことないんですよ」
「なら乗り込むべきだとは思わないかい?」
「んー、料理過程を見る限りではカレーっぽいですね。ご飯は炊飯器の中に余っていたはずですからルーさえあれば食べれますよ」
「ふむ、それなら―――」
「わかったよ、お前らの分もつくるから」
「「緑一(君)!?」」
「何驚いてんだよ」
二人は声をかけた俺が後ずさりするほど驚いている。
「なんで私がここにいるとわかったんだい? ……ハッ、これが愛の力というやつなのか!」
「断じて違います。嘉野先輩の頭が見えていたんです」
「頭? ああ、お風呂上がりだからポニーテールにしていたのを忘れていたよ」
「そういえば、桃香の風呂上がりは髪を結んでいないんだな」
「そう悪い?」
「いやいや、なんか新鮮だなーと思って。桃香が髪を結んでいないのって久しぶりに見たような気がする」
「似合わないでしょ? あたしは髪型を気にしないほうだけど……」
「まあ、確かにツインテールのほうがしっくりくるけど、結んでいないのもなかなか似合っていると思うぞ」
「……ほんと?」
「ああ、いつもとは違うから可愛く見える」
なんというか意外な一面が見れた気分だ。
「か、可愛く……。えっ。じゃあいつもはどうなのよ!?」
「普通」
「あたし今日から髪を結ばないことにする」
「いろいろと嘆く崇拝者がいるからやめとけ」
「嘆く......?」
ツインテールでツンデレとは希少価値や‼︎ って叫んでいた崇拝者がいるのを覚えている。
「いや、なんでもない」
「ボブカットもいいかな......」
「それだけはやめてくれ」
「なんで?」
「女子が髪型を変えるのって、ほら、あれなんだろ?」
「あれって?」
「......失恋とか」
結構真面目に答えたつもりだったが、桃香はツボにはいったらしく「緑一ってホントバカね」と笑っている。
「なんだよ……」
「あんたは何年前の乙女? そりゃあ、確かに今でもそういうことをする人もいるかもしれないけど、恋する乙女が全員そういうわけじゃないわよ」
「あ、そうなのか」
「そうよ。……それだったら何回髪型を変えたことか」
「最後の方が聞き取れなかったんだが」
「い、いいのよ別に!」
「お、おう……」
「うむ、緑一君。私も桃香君みたいにしてみたのだが、どうだろうか。似合いかい?」
「嘉野先輩がツイン───」
「そ、そんなに見つめないでくれ……。 恥ずかしいじゃないか……」
に、似合いすぎている……! なんだこの破壊力……!
なんでそんなに恥ずかしそうにモジモジしているんですか!?
「か、可愛いです……」
これは、電子工学科のオタ共が「ギャップ萌え素晴らしいンゴォォォォ!!」って叫ぶのも分かる気がする。
「そ、そうかい!? そうか、この髪型は好感度があがるのか……」
嬉しそうな嘉野先輩とは反対に桃香はどこか気にくわないようだ。
「あ、天宮先輩! あたしの真似をしないでください!」
「ふふふ、桃香君だって私の真似をしていただろう」
「あ、あたしの風呂上りはいつもこうです!」
「ん~、緑一君に髪型を褒められてデレデレしていたのはどこ誰だったかな?」
「ぐっ、天宮先輩だってツインテールにしたときデレデレしていたじゃないですか!」
「あれは演技だよ、緑一君の反応を楽しむためにね!」
「嘘だっ!!」
二人の会話が面倒な方向に傾き始め、当然ながら俺は止める気はなく厨房へ戻ることにした。
理胡に放っていたことを謝りつつ、研いでおいた米をもう一度濯ぎ、強火でコンロにかける。
「理胡、さっきは放ったらかしにして悪かったな、桃香と嘉野先輩がそ───」
「……気にしてない」
「り、理胡?」
「……?」
り、理胡がポニーテールっ!?
「やべえ可愛いっ!!」
「り、緑一!? 包丁が危ない」
「なんだこの小動物! めっちゃ可愛いじゃねえか!」
「……も、もふもふするなっ 理胡は小動物じゃない」
「いいじゃないか、ああ、可愛いわぁ……」
「……や、役得」
「なんか言ったか?」
「……なにも」
「そうか、じゃあこのままで」
「……うん」
ああ、理胡ってこんなに柔らかかったんだなあ……。もふもふ。
「り、緑一。理胡たちはいつまでこの姿勢でなの……」
「そうか料理の途中だったな。んじゃあ、続きをやるか」
「……それが賢明」
惜しい気持ちもあるが、料理の続きをしなくてはならないため理胡を解放した。
「……」
解放して自由の身となった理胡の顔は林檎のように真っ赤に染まって、フラフラとして危ない手つきで包丁を握る。そして大きく振りかぶって、……え。
パコーンッ!!と軽快な音をたてて、野菜ではなくまな板を叩き割った。まな板の下から見える罪もないステンレス製の調理台に刺さった包丁がこう告げている。「やりすぎだ」と。