第18話
「何とも言えないな……」
嘉野先輩は変化球を投げると宣言した。いや、宣言ではなく投げることができるという可能性を作っただけだ。それはもしかして嘘かもしれないし、本当のことかもしれない。そんな変な緊張感がグランドを支配していた。
「ちょ、ちょっとタイム!!」
キャッチャーの松田だったか? 彼が手をTの字にしてタイムのジェスチャーをする。
何ごとかとマウンドを中心に守備についたみんなが集まる。
「天宮。悪いことは言わないから変な意地を張るな。外野は全員うちの部員だし、打たれても全部とってくれる」
「1が直球、2がカーブ、3がフォーク、4がシュート、5がナックル」
「は……?」
「変化球のサイン。この5つならどれでも投げることができるから大丈夫だよ」
「ナックルって天宮、うちの部員でも投げる奴いないんだぞ?」
「投げれるのは本当だからね。相手にも野球部はいるんじゃあないかい? それ相応の対策が必要だと思うよ」
嘉野先輩のいつになく真剣な表情に、俺たちは嘉野先輩にすべて任せることにした。
それからマウンドから各守備配置に戻るとき、「直球は変化球じゃあないぞ」と爽やかな笑顔で戻って行った。
そのあとは見るに堪えないものだった。変化球を投げ始めた嘉野先輩のボールを打てる生徒はおらず、野球部でも打ち上げてしまったり、ファールだったりと悲惨な状況だった。
「緑一く~ん…… 天宮先輩がイジメるよ~」
試合に負けた白菜は、嘉野先輩がイジメると俺に泣きすがっていた。……確かにあの状況はイジメと言っても過言じゃなかった。
「負けはまけだろ。おとなしく閉会式があるまで談話室で休んでたらどうだ?」
「でもでも、変化球だよ? 変化球。白菜のクラスは変化球を投げなかったのに不公平だよ!」
「白菜も投げればよかったじゃあないか」
投手は女神様と決まっていたため、女神様のスペック(野球的な意味で)が高ければたかいだけ有利になる。
「白菜は変化球なんて投げれないもん……」
頬を膨らまし、口を尖らせ、軽くうつむく白菜に、電気科と他科の野郎共が「フォォォッホォォォ!!」と叫んでいる。……うるせえ。
そんな中にも俺に対する殺意も感じるため怖い。
まあ、女神様が投手に決定したのは生徒会が仕組んだせいだが。生徒会も野郎共の集まりのため、健康的に汗を流す女神様たちにリアルハアハアしたいという生徒会の考えが手に取るようにわかる。
俺たちに負けたことが余程悔しかったのか、いつも元気な白菜が拗ね気味だったため、
「がんばったな」
と一言いって頭を撫でてやった。
「えっ、え、え、うん…」
顔が紅潮しているのが見え少し恥ずかしそうだったが、嫌がっているようではなかった。
「白菜も俺たちの次の試合応援してくれよ?」
「うん! 緑一くんのためならがんばるよっ」
次に顔を俺に向けるときには、いつものように向日葵のような笑顔だった。




