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工業男子は七人の女神様に崇拝する  作者: 鹿島夏紀
第一章 管理人とそこはかとなく感じる華の香り
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第13話

ボイラーの稼働時間が過ぎて、無事(?)にお風呂事件に終止符がついた。

紫先生の提案、というか命令だが、各自部屋に戻ることになった。娘虎先輩は、嘉野先輩のところを使わせてもらうらしく、「緑一くんのところがいい!」という娘虎先輩を、嘉野先輩と紫先生が腕に手を回し、警察に連行される容疑者のように連行されていった。

「うぅぅぅん、このまま寝てしまいそうだ」

琴薗さんに別れを告げ、俺も同じように部屋に戻ってきた。

風呂上がりの後、コップ一杯の牛乳を飲み、火照った体に心地よい冷たさをもたらすベットに仰向けで倒れこむ。すると一日の疲れはお風呂ではなく、ここで解消されているような気になるのだ。

「…」

あとは睡魔に身を任せれば、自然と夢の世界へと導いてくれるはず。

睡魔は空気を読んだのか、ベットに倒れ込んでから数分もたないうちに夢の世界へ導いてくれたようで、闇に吸い込まれるように意識が遠のいていくのがわかった。



寝るまでの記憶が残っているのは、ベットに倒れ込んだところまで。やはりすぐに寝たようで、しかし倒れ込んだはいいものの、足を投げ出すように寝ていたのか体が変に重い。

せっかくいい気持ちで寝ることができたのに、反対に疲れてしまっては元も子もない。

「…すぅ、すぅ」

「…」

どうやら、体が変に重いのは俺のせいではないらしい。

「なんで、娘虎先輩が俺のベットで寝てるんだよ…」

俺の腕の中でスヤスヤと眠る娘虎先輩に、朝一番の力を使ったデコピンを喰らわす。

「……痛い」

「おはようございます、娘虎先輩」

「ねぇ、緑一くん。もう少し別の起こし方はできないの? おはようのキスとかさ」

「女の子ならまだしも、なんで野郎にキスをしなければならないんですか」

「僕だって純情な乙女だよ!」

「違うだろ! ってなんで俺のワイシャツ着てるんですか!」

起き上がった娘虎先輩は、俺のワイシャツ一枚を羽織っただけの状態で寝ていたようで、しかもボタンはとめておらず、下も、はいていない…

「だってこういうときって、大きめのワイシャツがお決まりでしょう?」

「何のお決まりですか、どこの業界ですか!」

「僕のココロの中✩、っいったぁぁい! なんでデコピンをするのさ!」

「なんとなくです」

「痛いっ、やめて! あ、っ、ごめんなさい! 緑一くんのケダモノ!」

「誤解を招くようなことは言わないでくれますか」

「ああっ! なんでデコピンをやめてくれないの!? も、もしかして緑一くん、そっちの趣味があるの…? いいよ、緑一くんなら何をされても!」

「(ニッコリ)」

「うん。ごめんなさい。本当にごめんなさい、だからもうデコピンはやめてぇぇぇ!」

あまり叫ばれると、共用浴場のときのように苦情が入るかもしれないため、デコピンをやめてあげた。

「ひどいよ、ひどいよ…」

毛布にくるまりながら額をさする様子からして、相当痛かったようだ。…申し訳ないとは思っているが、これも必要な犠牲と考えよう。

「ただ緑一くんを堪能したかっただけなのに…」

「…」 

「暖かかったなぁ、緑一くんの腕の中…」

うっとりとした声色で呟く娘虎先輩。くるまった毛布の先から、娘虎先輩の一本の髪の毛がひょこひょこ動いている。…あれは別の生き物なのか?

今何時だ…? 8時? 8時!?

「8時!? 先輩、着替えるので部屋から出ていってください!」

「まだ、大丈夫だよ」

「何言ってるんですか。もう8時近くですよ? 先輩も男子寮に戻って準備をしてください」

机の上にある時計を指差すと、娘虎先輩は自慢げに、「その時計、僕が1時間ぐらいすすめておいたんだ」という毛布の隙間から顔を覗かせる娘虎先輩に、「そうですか。それなら大丈夫ですね」とこれでもかというぐらいの笑顔を向ける。

「うん。大丈夫。遅刻はしな、…り、緑一くん。そのロープは何? 太さから見るに頑丈そうだね」

「娘虎先輩を縛り上げて、そこの窓からるすためですよ」

「や、やっぱり、緑一くんにはそっちの趣味があ、やめて! ごめんなさい! あっ、ねっ…」

―――バンッ!

「おはよう、緑一君! 今日もいい天気だ、ね…?」

「嘉野ちゃん! 助け、ひゃん!」

「嘉野先輩、おはようございます。今日も、いい、天気ですね、っ!」

「痛いよ緑一くん! 朝の爽やか挨拶しながらきつく縛り上げないでっ」

「あー、これ一体… もしかしてお邪魔だったかな…?」

娘虎先輩は、開け放ったドアをゆっくり閉めようとする嘉野先輩に、「助けてよ! 嘉野ちゃんのいじわるっ、緑一くんのケダモノ!」と助けを求めながらも、悪態をついていた。

「とりあえず2人とも落ち着くんだ。…一体、朝からどうしたんだ?」

「娘虎先輩に寝首を掻かれました」

「まって、なんでそんな風に物騒な言い方なの? ただ2人の愛を確かめ合っていた、…ごめんなさい」

「しかし、なんで娘虎がここにいるんだい? 昨日はお風呂を貸してあげたあとすぐに帰っただろう?」

「違うよ、そのまま緑一くんの部屋に忍び込んだんだよ」

「なるほど。そういうことか」

「なんで納得してんの!? どうやって鍵を開けたとか聞くことはあるよな!」

「まあ、娘虎だしな。別に不思議とは思わないよ」

「だねー」

「え、娘虎先輩って不思議キャラだったの!? てっきりただ変態かと」

「それはそれでどうかと思うよ!? そしてこのロープをほどいてよ!」

「しばらくそれでいてください。毛布の下はなにも着てないですからね」

「そ、そんなぁ…」と嘆く娘虎先輩を横目に、テーブルの脇を抜け、クローゼットからハンガーにかけてあるワイシャツと、ブレザーを出す。

「嘉野先輩。俺、着替えるので部屋から出てください。ついでにあれも一緒にお願いします」

指をさされた娘虎先輩は、「あれって、モノ扱い…」とつぶやいるが、気にしない。

「しょうがないな。…ほら、娘虎。行くよ」

「えっ、そのまま引っ張っていくの? 解いてくれないの?」

「本当は私が布団に忍び込むつもりだったのに、娘虎が先に忍び込んだせいで入れなくなったんだぞ」

「そうだったの? じゃあ、明日は嘉野ちゃんが忍び込んでいいよ」

「そうだな。そうする」

「本人の目の前でなにを言ってんの!?」

「緑一君、いたのか」

「そりゃあ、俺の部屋ですからね! あた―」

「じゃあ、お邪魔した」

俺の言葉を聞く前にドアを閉め、ドアの向こう側で、「で、どうだったんだい? 緑一君の腕の中は」とドア越しでもわかる嘉野先輩の興奮地味じみた声が聞こえ、「よかったよ… まるで天国だったよ…」と娘虎先輩のうっとりとした声色こわいろに悪寒が走る。

できるだけ2人の会話を聞かないようにしながら、椅子にかかってある学生ズボンを履き、クローゼットからとりだしたワイシャツとブレザーに腕を通す。

「確か今日は…」

時間割を確認すべくテーブルの脇を抜け、再びベッドと机の近くに戻ってくる。

そこに置かれた女子寮管理人の書類の下に、埋もれている数枚の紙。

「これって…」

今日提出の、

「実習レポートだ…」


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