第12話
「ほらね?」と琴薗さんが言うと、
「あれ、彩奈ちゃんと嘉野ちゃん、紫先生―――」
彼の視線が自分の体と重なったとき、俺は背筋が凍るような身の危険を感じた。
「緑一くぅぅぅぅぅぅん!」と叫びながら、親を見つけた子犬の如く俺の方へと駆け寄ってきて、
「ああ…! 緑一くんだ…! いつも制服越しだからよくわからなかったけど、これが緑一くんの匂いなんだね! スゥ、ハァ…」
「こ、こんばんは。娘虎先輩」
「こんばんは、スゥ、ハァ…」
「匂いを嗅ぐのやめてくれませんか?」
「緑一くん! こんなレアなものはないんだよ! 普段は洗剤の香りで緑一くんの匂いがわからないんだよ!? いつ嗅ぐの?」
「い、いいませんよ?」
「えぇ~ 緑一くんノリ悪いなぁ…」
相変わらず俺の体に張り付いて離れない娘虎先輩の横で、嘉野先輩が空気の流れを変えるためか、みんなに聞こえるように大きめの咳をした。
「娘虎。君はなぜここにいるんだい?」
「え? なぜって言われると「私、黒住娘虎はお風呂に入りにきました」としか表現のしようがないよ」
それは、みんなわかっている。疑問に思っているのは、
「君は男だろう? 男子が何故ここにいるのか聞いているんだ」
「ああ、そのことか…」と娘虎先輩は納得したように頷く。
「僕もね、本当は男子寮の浴場に入りたいんだけど、男子のみんなが気まずそうにしているんだ」
「その容姿だからね」
「それで、利用者の少ない時間に入るために遅く入ることにしたんだ。そうすればのびのびと入ることができるからね」
「じゃあ、ここにくる必要はな―――」
「だけど、ある日。誰かがいるときはタオルを胸の位置で巻いて入るんだけど、そのときは誰もいなかったから普通に入ったんだ。そしたら急に誰かが入ってきて僕と目があった瞬間に、鼻血をだして倒れてしまったんだ」
野郎… どれだけ女子に飢えているんだよ。
「なんか浴場が殺人現場みたいで怖かった…」
黒住娘虎先輩。機械科の女神様。女子よりはるかに女の子らしい容姿をしている。なんというか、はっきり言って可愛い。男だけど。
「でも、今日から緑一くんも一緒に入ってくれるんだよね!」
「入りませんよ!?」
「なんで! 嘉野ちゃんやゆかりんとは入るのに、僕とは入らないの?」
「まだ入ってませんよ!」
「じゃあいずれ入るつもりだったんだね!?」
「そういう意味じゃあないです!」
「ぶ~! ああ言えばこういう! 素直にならないと男の娘にモテないよ!」
「別に同性からモテてもいいことないでしょう!?」
「あー、2人とも落ち着け。騒いでいたらまた別の女子が文句を言いにくるぞ」
「「うっ…」」
「お前らが騒いでいるから、ほら見ろ」
紫先生が指さしたのは、脱衣場の壁にかけてある時計。
「もうボイラーが動く時間を過ぎている。今からはいっても体が冷えるだけだ。各自部屋のユニットバスで入るように」
「ぼ、僕は…?」
「黒住は、天宮のところを貸してもらえ」
「了解です...」
残念そうに見えるが、うつむき残念がる娘虎先輩は、どこか意味深げな表情をしていた。