第11話
嘉野先輩と紫先生に両腕を掴まれ、共用浴場へと連行される。
脱衣所への引き戸を開けると、香水の匂いではないが、女子特有の甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐる。
「うっ…」
隣の2人は、特に気にしていないようだが、健全な男子である俺には少しクラっとくる異様な匂いである。
男子寮にいた頃も共用浴場はあったのだが、個人の部屋にユニットバスがついていたため、そこでシャワーを浴びてすましていた俺にとって、大きな共用浴場というのは不慣れで、あまり好んで入るものではなかった。
「緑一君。とりあえず脱ぐんだ」
「いや、とりあえずはおかしいでしょう」
「私たちは背を向けているから、気にすることなく裸になってくれ」
「この鏡の多い脱衣所でよく言えますね…」
女子の浴場だからだろうか、洗面台の他にも姿見用の縦に長い鏡が複数置いてある。
それにドライヤーの数も異常だ。コンセントが増設された跡があり、それにドライヤーがいくつも接続されている。…さすが、工業女子だと実感する。
「緑一。男には腹をくくらなければいけないときがあるだろ?」
「腹をくくるときが、この時なら男ってなんて安い生き物なんでしょうね」
「じゃあ、どうするんだい? 私は早く入って自室に戻りたいんだが?」
「なら俺に構わず入れば良かったじゃあないですか!」
そうは言っても、この2人に捕まったら逃れることができないのは事実。
「そうか、なら私たちがはじめに脱ごうじゃあないか」
「え…?」
「何を言ってるんですか?」 と聞き返そうとすると、嘉野先輩と紫先生は、すでに長めのタオルを胸の位置で巻き「入る準備は終わったぞ?」と、溢れんばかりの胸を張っている。…こうして見ると2人とも大きいなぁ、じゃなくて! あれ、紫先生は着痩せするタイプなのか。触ったとよりも大き、じゃねぇ!
「「??」」
くだらない考えを振り払おうと、知らないうちに首を振っていたようで、2人が不思議そうに首をかしげている。
「ふ、2人とも脱ぐのが早いですね…」
「「いつでも脱げるようにね」」
「あんたら変態だろ!!」
もとから変態の紫先生はいいとしても、真面目だと思っていた嘉野先輩に露出狂疑惑がっ!?
「安心していい。私は特別な人の前ではいつでも脱げるようにしているが、普段すぐに脱いだりはしないさ」
「どこを安心しろと…?」
「さあ?」
「えぇ… せめて安心できる理由をくださいよ…」
「寒いから早く脱げ」
「だから何言ってんの!?」
「篠沢先生、こうなったら実力行使でいこうか」
「そうだな。緑一のモノがどれほどか見せてもらうとするか」
「やめろよお前ら! 普通立場逆だよね! 絶対違うよな!」
「緑一君には、もう襲われたから今度は私の番だ」
「襲ってねえよ! あとその変な手の動きやめろ!」
ツッコミを入れながらも、ジワジワと近づいてくる2人。これは分が悪い… ましてや紫先生となったら力技では勝ちきれない。
「抵抗するな! 脱がしにくいだろ!」
「脱がされたくないから抵抗してんだろうがよ!」
「くっ… どれだけジャージの紐を固く結んでいるんだ。脱がしにくてしょうがない」
「とかいいつつも剥ぎ取ってるだろうが!」
すでにシャツとジャージは脱がされ、残るはパンツ一枚となった。…これだけは死守しなくては!
「緑一君、観念するんだ。君に隠すものはもうない」
「だな。さあ、楽しみだ」
「やめぇてぇくれぇぇぇぇぇぇ!」
――ガラッ
「あの、うるさくて眠れな、い …きゃあ! 何も見てない! 私は何も見てないよ!」
「あ、これは誤解だ! え、えっと… 琴薗彩奈さん!」
「私の名前を覚えてくれたんだ。嬉しいな、じゃない! 天宮先輩、篠沢先生、天釣くん! 3人で何やってるの…?」
「「緑一(君)に襲われたんだ」」
「逆だろうが!?」
トンデモ発言をする2人に引き気味の琴薗さん。
さすがに俺が襲われている(?)のだとわかってくれたようで、「あはは…」と苦笑いを浮かべていた。
「…天釣くん、結構筋肉質なんだね」
「ん? ああ。あれだけ毎日野郎に追いかけられていたら、いやでも筋肉と体力がつく」
「へえ… ねえ、触ってみてもいい?」
「別に構わないよ」
「ほんと!? ではお言葉に甘えて…」
恐るおそる俺の腹筋に手を伸ばす琴薗さん。
「すごい… 本格的に鍛えているみたい…」
「そんなに凄いか?」
「うん。胸筋、上腕二頭筋。腹筋も偏った鍛え方してないから綺麗だし…」
「そ、そうなのか…」
「いいなぁ。綺麗に鍛えていて…」
うっとりとした表情で見ないでくれ、なんか恥ずかしい。
「(なあ、篠沢先生。琴薗君には何の抵抗もなく体に触れることを許しているのに、私たちが触ろうとすると拒絶するのはどうかと思わないかい?)」
「(ああ。私もそう思う)」
「お前ら、聞こえているからな?」
「「ウィッス」」
「ったく…」
「あ、天釣くんって今からお風呂?」
「そう。だからこの2人をどうにかして欲しい」
「あはは… でも、もうすぐしたら黒住先輩が――」
――ガララッ