第八話
朝、カイは意外にもすっきり目覚めた。
用意された服に袖を通す。白いシャツにはまだ慣れない。
「まあ……いつもの服ったってダメだよな。城勤めなんだし」
旅の服は、昨日怪我をして以来返ってきていない。聞けば洗濯に出しているそうだ。
「チビ、いい子にね」
チビはまだ寝ているが、そっとしておこう。
カイは廊下に出た。
使用人たちはすでに起きて、朝の仕事に忙しそうだった。行き交う侍女たちは全員、花柄の服にエプロンをつけている。昨日はたしか、全員黒い服にエプロンだったような気がするのだが。もしかして、いつも違う制服でもあるのだろうか。
ウロウロしていると、広い廊下に出た。壁はところどころ棚になっていて、本や高価そうな壺が並ぶ。ほかの壁には美しい絵画が何枚もかかっている。廊下なのに椅子や卓がいくつも並ぶ。おまけに、ずらりと置かれた彫像には、それぞれ違うドレスが着せられていた。
「違う……これ、鎧だ」
ドレスのような型なので見間違えたが、どれも美しく装飾された鎧だ。ふっくら広がる金属のスカート、黒地に金で模様が描かれた胴鎧、大きな宝石を飾った籠手――どれもこれも女性用で、そして神話の女神が着用しそうな華麗さだ。
「はあ……」
改めて、ロサの豊かさを実感する。旅の身空では想像もできなかった世界だ。
「おっ、おはよう!」
いきなり声をかけられた。褐色の美女、ジョージアだった。胸元が大きく開き、太腿までスリットの入ったドレスを着ている。
「おはようございます、ハックベリさん」
「ジョージアでいいぜ」
体はこれ以上ないほど女なのに、口調は男っぽい。
(もしかして男……? いやいやいや、そんなわけないか)
一瞬警戒したが、すぐ考えを改めた。この豊満な体まで偽る術は、この世にないはずだ。魔物でもない限り。
「どーしたんだぁ、そんな目でオレのおっぱいなんか見て~?」
「へっ!? いや、その、ちち違います! 僕はそんなつもりは!」
「あっは、冗談だって」
ジョージアはカラカラと笑った。
「で、何を見てたんだ?」
「この廊下、いろんなものがあってすごいなぁ……って」
「ああ、ここは廊下じゃないぜ。陳列室だ。この街の工房で扱ってる商品のうち、最も高級な品を集めてある」
「と言いますと?」
「レディ・ベルがお召しになった品ばかりさ」
そう言われれば、どれも女性用のデザインだが寸法がやたらでかい。
「ここでは商談もするんだぜ。だから椅子も卓もあるのさ」
言いながら、ジョージアは壁の時計をチラと見た。
「あ、やべっ! うっかり話しこんじまった。カイ、お前、レディを起こしてきてよ」
「えっ、僕がですか?」
「頼むよ~人手が足りねぇんだ」
そう言われると、あちこち行き交っている侍女たちも忙しそうに見える。
「レディの部屋は、ここまっすぐ行って右な。すげー立派なドアがあるからすぐわかるぜ」
「わかりました」
カイは素直に、その方向へと向かった。
カイの姿が見えなくなると、ジョージアはおかしそうにクックッと笑いだした。
「おはようございます、ジョージアさん」
「おはよう、エレナ」
「あの、カイを見ませんでしたか?」
「カイ? ああ、レディを起こしにいったぜ」
「えっ!?」
エレナが意外なほど驚く。ジョージアのニヤニヤ顔を見て、何かを悟る。
「またですか、ジョージアさん!」
「へっへっへ」
「ああもう! カイ、無事でいて!」
エレナはきびすを返し、ベリンダの居室へ急いだ。
『ぎゃあああああ――!』
『ごんっ』
時すでに遅く、ベリンダの部屋から悲鳴と殴打音が響いたのだった。
その日は朝から、ベリンダの機嫌がなんとなくアンニュイだった。扇子で口元を隠したまま、報告書に目を通している。
その様子を、バルバ隊の面々が見つめていた。
「ジョージア、またやったのか?」
「きしし」
「レディを使って新参をからかうな!」
クリストファーとジョージアは小声で小突きあっている。
「ひげ……ひげ……びじょのかおに……ひげ……」
カイは例によって魂が半分抜けている。
エレナが時々、心配そうに彼の顔をのぞきこんだ。
「ふう」
ベリンダがため息をついた。扇子を閉じて、下げる。
それだけで空気が変わる。カイもハッと我に返った。
「ナメられたままじゃ、ベリンダ・ヴァレリア・ローズノット……そしてアタシのバルバ隊とは言えないわ。魔物どもを殲滅するわよ」
ベリンダは眉一つ動かさずそう言った。
「エレナ、文官たちを集めなさい。被害の状況をまとめ、すみやかに回復を。必要なら市民に見舞金も出しなさい」
「はい!」
「レオナルドは街の守りを固めなさい。特に、外から来た人間は勝手を知らないわ。そういう人たちにも被害が出ないように」
「御意のままに」
「ウルペースたちは精霊探索をして。魔物どもはこの近くに巣をかまえたに違いないわ」
「はーい」
「はーい」
「まかせるネ。すぐ見つけてみせるのヨネ」
「ジョージアは、装備の点検を。それから先日、工房に引き渡したドラゴン。あれで最高の道具を作らせなさい」
「はいよ、まかせな」
「カイはエレナについて。我が隊にはこういう仕事もあるの。勉強なさい」
「は、はい」
「それではいったん散会――」
しようとしたとき、侍女のひとりが入ってきた。手には手紙を乗せたトレーを持っている。
「その手紙は?」
「今しがた、ご使者が到着なされました」
ベリンダは手紙を受け取り、封を切る。その内容に目を通して――眉をつり上げた。
「レディ、いかがなされました?」
「常軍第十位ガッルス隊援護の話よ。ずいぶん焦ってるみたいねぇ」
「ああ、たしか作戦のさなか、将軍のご令嬢が魔物にさらわれ行方知れずになったとか」
「それでウチに泣きついてきたんだっけ?」
大人たちはすでに知っていることらしい。
カイはエレナにそっと尋ねた。
「常軍って……何?」
「帝国の正規軍よ。わたしたち退魔軍の上位に属してるの」
このアダマース帝国には、大規模な戦闘や、国内の治安維持のための軍隊がある。退魔軍が質で魔物と戦うのに対して、常軍は量で当たるといってもいい。そして常軍は人間同士の戦争にも駆り出されることがある。
「でも、第十位ってことは末席の部隊だね」
「ふうん……」
それが彼女らの心情にどう影響するのか、カイにはまだわからなかった。
ベリンダが肩をすくめた。
「面倒ね、断れないかしら?」
「皇帝陛下じきじきのご命令を? それに、武具の注文も承りましたし」
その瞬間、ベリンダがこの上なくイヤそうな顔になった。
「まったくあのしみったれは……あら?」
「どうしました?」
「廊下が騒がしいわね」
ベリンダが顔を上げる。
たしかに、ドアの向こうで何か言い争っている。
『……お、お待ちください。今は大事な軍議の最中で……』
侍女たちのあわてる声がする。
「ホントだな、ちょっと注意してくるぜ」
ジョージアが席を外そうとしたとき、バン! と扉が開いた。
「ここの領主は誰!? アンジーを帝国軍ガッルス隊将軍デルロイ・ノリー・バネンの娘、アンジェリーナ・グエンドリン・バネンと知っての無礼なの!?」
怒鳴り声が部屋中に響いた。ガデューカらにさらわれてきた少女だった。ドレスのすそをつかみ上げ、ズカズカズカと入ってくる。
その少女をのぞく、全員の目が点になった。
「ガッルス隊?」
「そう! いくら田舎領主でも、聞いたことあるでしょ!?」
少女は相当な癇癪持ちのようだ。しかし、ベリンダはニーッと笑った。
「な、なに? 何がおかしいの!?」
「手間が省けたわ、迷子の迷子のお姫様?」
初出:2013年癸巳11月20日




