第七話
額にひんやりとしたものを感じて、カイは目を覚ました。といっても、まだ頭がクラクラする。どうやら横に寝かされているようだった。
「カイ、大丈夫?」
「エレナ……」
ベリンダが呼んだのか、エレナが介抱してくれていた。
額には冷水で絞った布が乗っているらしい。
「ゴメンなさいね。すぐのぼせちゃうなんて思わなかったのよ」
すでに夜着をまとったベリンダもいた。軽く両手を合わせて謝罪する。仕草は優美だが、筋骨隆々の彼女には似合わない。
「レディ・ベル、あとはわたしがやりますので……どうぞお休みください」
「うふ、そうねぇ。若い二人にお任せしようかしら?」
「レディ!」
エレナが声を荒げると、ベリンダはひらひら手を振って出ていった。
「まったくもう、レディったら……ごめんね、カイ」
「いや、しょうがない。怒ってないよ……」
本当は、気分が悪くて怒るどころではない。
「あのさ……見た?」
「え、なに?」
「いや……何でもない」
カイはふーっと大きく息をついた。
ベリンダを、精霊使いウルペースが待ち受けていた。
ウルペースは白髪だが、決して老いてはいない。身をすっぽりおおう長衣で体型はわからないが、杖を持つ手は繊細な女のものだった。
「どうだった、レディ?」
「ダーメ、聞き出す前に倒れられちゃった。のぼせたみたい」
「おや、意外とやわネ」
キツネ目のまぶたをわずかに上げて、ウルペースは肩をすくめた。
「わかんないネ、あんな孺子に入れこむなんて。どして? オリュザの悲劇の生き残りだから?」
「あのコ以外ほぼ全員死んだ。でもあのコは生きている。どうして? よほど運が良かったか、それとも生き残る理由があったのか。二つに一つよ」
ベリンダは皮肉っぽく目を細める。
「そしてアタシは偶然なんて信じない」
「生き残る理由があったって?」
ウルペースが尋ねても、ベリンダは意味ありげに笑うだけだった。
「レディ・ベル、何考えてるネ?」
「何、とは?」
「あの孺子の使った術……アレ、精霊術じゃないのヨネ」
白髪の精霊使いの言葉に、ベリンダは眉ひとつ動かさなかった。
「そんなもの、この世に存在するのかしら? 不可思議な力の発動は、精霊がいなければ起こらないと……アナタが教えてくれたじゃない」
「そうネ。その通りヨ」
「だったら」
「でも、あれだけの力! もし精霊術なら、ウチの発動しようとしてた術に影響をおよぼしてたヨ。でもそれがなかった!」
「ふふ、よかったじゃない」
「そういうこと言ってるんじゃないのヨネ」
これ以上は「空気を叩くようなもの」と思ったか、ウルペースはため息をつく。しかしすぐ真剣な表情に戻る。キツネ目なのでわかりづらいが。
「レディ・ベル、覚えておいて。人間の精霊術使わない者、魔物か魔女ネ」
「ウルペース、安心して」
ベリンダはほほえんだ。そっとウルペースの肩に腕を回す。
「アタシは退魔軍序列第四位バルバ隊将軍、ベリンダ・ヴァレリア・ローズノットよ」
ルビーの瞳で見つめ、ガーネットの唇がそう宣言する。
「アタシはこの世の魔物を滅する。そのために戦うの」
「まったくアンタは……。それだけで、信用しちゃいそうヨ」
「信用して」
「わかったネ。今は引き下がっておくのヨネ」
「うふ、大好きよ、ウルペース」
「またそうやって誤魔化そうとする。悪いクセなのヨ」
大人たちの会話は、月夜にかき消された。
初出:2013年癸巳11月09日




