第五話
だいぶ夜も更けた。まだ宴は続いている。
カイはそっと、席を立った。
チビはすでに眠り始めている。カイがそばを離れても、耳を動かしただけで、起きなかった。
広間を抜け、廊下をすこし行くと庭に出た。
「んー!」
思い切り伸びをする。涼しい風が吹いていた。
「どうしました、何か気にさわりました?」
エレナだった。
「いや、違うよ。ちょっと飲み過ぎたかなーと思って」
「そうですか。よかった」
エレナはほっとしたようにほほえんだ。
「今日一日……どうでしたか?」
「ん、楽しそうなところで安心した。でも……」
「でも?」
「レディって……男だよね」
「あ、はい」
エレナはあっさりうなずいた。
「で、でもバルバ隊の誰よりお美しいでしょう?」
「ま、まあそうかな?」
「レディは女性の誰よりも優雅で、男性の誰より屈強なんです!」
焦りながら力説するエレナに、カイはプッと噴き出した。
「何か、おかしかったですか?」
「ううん。エレナが信頼してるなら心配ないや」
「まあ……」
魔物との戦いは、カイが今まで経験した以上に過酷だ。けれども、戦っていける。そう感じていた。
「そういえば……エレナは、どうしてバルバ隊に入ったの?」
ジョージアやクリストファーは、見るからに実力者。まだあどけないレイ・ライの双子は、ああ見えても精霊使いなのだ。
しかしエレナはどうだ。特別な能力があるとも思えない。
「わたしも、五つのときに家族を亡くしました」
「魔物……か」
エレナはうなずく。
「ごめん、言いたくなかったら、言わなくていいよ」
「いいえ、大丈夫です」
エレナの表情はたいして変わらなかった。もう彼女の中で、整理のついたことなのだろうか。それとも、幼すぎて恐怖を覚えていないのかもしれない。
「わたしだけは魔物にさらわれました。それをレディが助けてくださったのです」
「そっか、それで……」
子供を魔物にさらわれる。
昼間、エレナが激昂したのは、自分の過去と重ねたからだろう。
「助かったあとは?」
「ベリンダ様に育てられました。学問も武術も、ベリンダ様から教わりました」
「へえ……」
あのベリンダに、そんなに優しいところがあるとは知らなかった。
「僕たち、似た者同士だね」
「……はい」
エレナの緑色の瞳が、意味深な闇を帯びる。
けれども、カイはそれに気づかなかった。
「ところで、エレナは歳いくつ?」
「十五歳です」
「なんだ、同年齢じゃないか! じゃあ敬語なんていらないよ」
「そ、そうですか?」
「それにバルバ隊でいえば、俺の方がエレナの後輩だし……むしろ俺が敬語使わないといけませんね」
「ダ、ダメ! わたしにも敬語なんていらないから……」
エレナは照れくさそうにうつむいた。
「よかった。これからよろしく、エレナ」
「よろしく、カイ」
どちらともなく握手を交わす。
エレナがカイをすこしだけ見上げた。
「意外と背が高かったのね」
「そうかな? 僕はまだ伸びてほしいけど」
「いいなぁ。わたしは小さいから。ほら、ここはジョージアさんもクリスさんも背が高いでしょう?」
「たしかになぁ」
「わたしも、男だったらよかったな……そしたら、もっと勇気がある戦士になれるのに」
「いや、ダメだダメ! 男なんてダメー!!」
カイはエレナの肩をつかんでつめよった。
「エレナは勇気あるって! そのままでいいって! 男なんてダメだって、ホント! せっかくかわいいのに!」
「へ……? かわいい?」
「おう!」
「あ、ありが、と」
ぷしゅ~と音を立てて、エレナの顔が赤くなる。
つられてカイも赤くなった。つい勢いで言ってしまったが、我に返ると恥ずかしい。
「え、えーと……あ、そうだ。聞いておきたかったことがある」
「なに?」
「なんでレディ・ベルは、僕のことを詳しく知ってたんだろう?」
「神殿の記録を調べたのもあるけど……精霊使いよ」
「あの双子?」
「いいえ」
「あ、もしかしてこーんな細い目の?」
カイは両方の目じりを引っぱった。エレナがプッとふき出す。
「そう、精霊使いのウルペースさん。あの人は、精霊を使った探索が得意な
の」
この世界の人間や魔物が使う不可思議な術は、精霊術と呼ばれている。大気中にいる目に見えない存在――精霊に、呪文を通して呼びかけ、さまざまな現象を起こさせる術だ。
「昼間のカイの力も、すごかった。あれも精霊術なの?」
「さあ。実のところ、僕にもよくわからない。でも、ああいうのって精霊に働きかけないと発動しないんでしょ? なら精霊術じゃないかな」
「そう……」
エレナはそっと、胸元を押さえた。
「そろそろ戻らないと、チビが寂しがるかな。エレナは?」
「わたしは……もうすこし風に当たってくわ」
「うん。風邪ひかないでね」
「ありがとう、カイ」
カイは明るい宴席へと戻る。エレナはその背中をじっと見つめていた。
「ふう……」
夜風にため息が消える。
カツ、と踵の音がした。エレナは振り向く。いつからいたのか、ベリンダが立っていた。
「レディ・ベル」
「はじめて、ね」
ベリンダはほほえむ。
「エレナが自分の話をするなんて」
エレナは顔を手でおおった。隠しきれなかった目元に、涙が光っている。
「大丈夫?」
「も、申し訳ありません……すぐ、止めますか……ら……」
「いいのよ」
ごつい手がエレナの頭をなでる。
「いいのよ、時間はたくさんあるわ」
「はい、レディ……ありがとうございます」
「エレナはいい子ね。大丈夫、すべていい方向に行くわ」
ベリンダは愛おしげに、エレナの明るい色の髪をなでた。
「さあ、宴はそろそろ終わり。カイを部屋に案内してあげなさい」
「はい、レディ」
二人はともに、光に満たされた広間に戻っていった。
初出:2013年癸巳10月02日




