第四話
「ん……」
どれくらい時間が経っただろうか。カイは意識を取り戻した。
「目が覚めた?」
「おうわっ! ローズノット将軍!?」
カイは飛び起きた。
薄暗い部屋には、ベリンダのほかにエレナもいた。チビもいる。
「違うわよ」
「へ?」
「アタシのことは、レディ・ベルとお呼び」
マイペースなベリンダに、カイは混乱する気も失せた。
「それにしても丈夫ねえ。さすがのアタシもびっくりだわ」
「ここは……」
「にゃー!」
「うごっ!」
チビが勢いよくカイにすがった。勢いがよすぎて、頭突きになってしまう。
「にゃーうみゃーにゃぁぁぁぁ!」
「ああーごめん、ごめんよ、チビ」
右手でチビの頭をなで、左手で首をかいてやる。
チビはゴロゴロゴロと喉を鳴らした。
「ここはどこですか?」
「ロサ城の医務室。体はどう? 骨は折れなかったみたいだけど」
「うーん……大丈夫そうです」
「カイ、よかった……」
今まで黙っていたエレナが、心底安堵したように言った。彼女の体にも、薬を塗ったとおぼしき布がいくつも貼られている。
「エレナ、君は大丈夫?」
エレナはうなずく。
カイはほっと胸をなでおろした。
「あ! そういえば、あのバケモノがさらってきた女の子は!?」
「隣のベッドで寝てるわ」
その少女は、カイより年下に見えた。栗色の髪に、気品のある顔立ちの少女だった。すり傷やら切り傷やらの手当てをされて、ベッドに深く沈んでいる。
「ガデューカが手加減してたから助かったわ。それと、カイがクッションになったしね」
「はは……それで、この子の身元はわかってるんですか?」
「この街のコじゃないのはたしかよ。身なりからすると、そこそこ身分のある家の出みたいだけどね。まあ、それなら探しようはあるわ」
「そうですか、よかった」
「体がよかったら起きなさい。じゃ、アタシはお仕事があるから」
ベリンダはあっさりそう言うと、医務室を出て行った。さすがに立ち振舞いは優雅なものだった。彼女がいつのまにか新しいドレスに着替えていたのに、カイは今さらながら気づいた。
「けっこう、時間が経ってるのか」
「ええ。もう曇ってはないけど、日は暮れました」
「そっか……魔物の夜襲とかは大丈夫かな?」
「月が出ていますし、街中に明かりとそれから精霊の結界をしてあります。まず大丈夫だろうと、レディもおっしゃってました……」
「エレナ、どうしたの? 元気ないね」
「ごめんなさい、カイ……」
エレナは、急に泣き出しそうな顔になった。
「わたしのせいで、ひどい怪我をするところだった……本当にごめんなさい」
「謝らないで」
カイはニコッと笑った。
「エレナが無事でよかった」
エレナは驚いたように目をパチクリさせた。そしてゆっくりゆっくりうつむく。頬が真っ赤になっている。
「だから、謝らないで」
「ありがとう……」
「ん、どういたしまして」
後悔や謝罪よりも、感謝の言葉を。カイはその方が好きだった。
「立てますか?」
「ああ」
カイはベッドから下りた。用意された着替えに袖を通し、エレナ・チビとともに医務室をあとにした。
***
「これからどこへ行けばいいの?」
「大広間へ。宴を催すそうです」
「宴会? なんの?」
「先に出陣しドラゴンを倒したお祝いと、今日ガデューカを追い払ったお祝いです」
「ガデューカといえば……あの子、大丈夫かな」
「医師がついていますから。それに侍女たちも」
「それもそうだね」
「あ、つきましたよ、大広間」
大広間に入ると、夜だというのにまるで昼のように明るかった。
「すっごい……明るいなー」
「そうですか?」
「どうやってるの? かがり火をたくさん焚いても、こんな風にはならないよね」
灯火の質が違う。広間のあちこちに吊るされた球体が、光を放っている。こんなに明るい夜は、カイは初めてだった。
チビの瞳孔も、昼間のように細くなっている。
「オオダマヒカリガエルというカエルで作った灯籠です。このカエルの皮は、小さな光を何倍にも増幅するんですよ」
「鞭といい灯籠といい……何か、見たことない道具ばっかりだね」
「それがロサの自慢です」
「なるほど、何となくわかってきた」
ロサの街に、見たこともない道具がある理由。それは、魔物や特殊な生物から取った素材で武器や道具を作っているからだ。
そうした素材を求めて、職人が集まる。職人らの切磋琢磨で技術が上がる。
その職人らの武器を求めて、戦士や冒険者が集まる。
彼らの泊まる宿が儲かる。
宿が儲かれば、そこに食材を提供する商人が、そして農家も儲かる。
「この街の豊かさは、バルバ隊のおかげなんだね」
「ええ。あっ、あそこに席があります。どうぞ」
エレナに促されて、カイは座った。床に一人分の絨毯がしいてあって、そこに座すという異国風のスタイルだ。そしてその絨毯の手触りも素晴らしい。
料理が饗され、酒が回る。
楽士らがにぎやかに音楽を奏でている。やはり珍しい装飾の楽器が多く、見ていても楽しい。
「うみゃうみゃうみゃうみゃ」
チビは山盛りになった素焼きの肉にかぶりついている。
「チビ、うみゃうみゃ言うなよ」
と言いつつ、カイは笑顔だった。
こんなご馳走は久しぶりだ。カイも炙り焼きにした鳥腿肉にかぶりついた。
(あ、もしかして……)
カイはふと気づいた。出される料理は、すべて手づかみで食べられるように調理されている。異国風の宴会なのだからそれが当然ともいえようが――貴族の作法などとんと知らないカイのために、ベリンダが計らったのかもしれない。
そっとベリンダの様子を見ると、ベリンダはニコッとカイに笑いかけた。扇子でチョイチョイとカイを招く。呼ばれていた。
「何かご用でしょうか、えっと……レディ・ベル?」
ドレスだがごっつい体格の相手に「レディ」というのはまだ慣れない。
「アタシの左右を紹介するわ。クリス!」
ベリンダに応じて、二人の美男美女がカイの前に立った。
「私はクリストファー・シン・ロウクワト、バルバ隊の副官だ」
ここへ来て何度も見かけていた、金髪の美青年だ。長いストレートヘアに、青色の瞳は、理想的な貴族の姿に見える。スッと通った鼻筋には、細剣を思わせる気品がある。
「そしてこっちが……」
「ジョージア・ハックベリ。レディ・ベルの懐刀! よろしくな!」
ジョージアは褐色の肌が印象的な美女だ。髪は漆黒で、ツンツンに立つほど短く刈っている。髪型だけなら男のようだが、体は豊満で、露出の高い服が否応なしに見る者の視線を奪う。青色の目と厚い唇もセクシーだ。
「カイ・リッチェンです。よろしくお願いします」
「なっかなか逸材じゃね、レディ?」
「ホホ、当然よ。アタシが見こんだんだから」
「今度、その力の秘密を聞かせてもらいたいものだ。それに、あのネコについても」
「お、お手柔らかに」
カイはどきまぎしつつ答えた。彼女らが美形なのもあるが、二人ともカイより背が高いからだ。
カイは自分の背が低いつもりはない。子供だとも思っていない。けれども、こう長身の人間に囲まれると、自分の未熟さを何となく感じてしまう。
「さあ自己紹介も済んだし……」
「ジョージア・ハックベリ、此度の勝ち戦を祝して舞います!」
ジョージアがさっと手を上げて宣言した。オーッと歓声と拍手が上がる。
ジョージアはいったん退席し、楽士たちが音楽の準備を始める。
戻ってきたジョージアは、美しい舞踏衣装に身を包んでいた。あのガデューカのドレスに似ているが、あれよりずっと嫌みがない。短髪の上に、長い絹のベールをかぶっている。
南方風の打楽器とともに、演奏が始まった。
ジョージアの舞踊は、情熱的だった。快活に動き回ったかと思えば、妖艶な仕草を指先にからませる。身につけた腕輪やベールの揺れ具合さえも、計算づくの動きに見える。
「す、すごい……」
カイは無意識のうちにつぶやいた。
ジョージアが動くたびに胸が揺れ、惜しげもなく太ももが見える。健全な少年としての情動がわいてくる。
(しかも男じゃないし!)
それが一番の喜びだった。
「さあ、新参。お前も踊るんだよ!」
いきなりジョージアから指名された。
「ええっ!? いや、僕は」
「遠慮しな~い! さあ!」
ぐいっと宴席の中心まで引っ張られる。曲の様子も、ずっと陽気なものに変わる。
「光と音は、魔物の嫌うもの。舞は魔物を避ける、人間の知恵だぜ?」
「で、でも僕、踊ったことなんか……」
「真似すれば大丈夫! さあ踊る!」
「おどるー!」
「おどるー!」
いつの間にか、レイとライの双子も参戦していた。
そのうちベリンダも加わって、宴はたけなわの時を迎えた。
初出:2013年癸巳09月28日




