第十九話
四人と別れ、三人と一匹はオリュザの奥へと向かった。
「ここです」
洞窟の入口を、ベリンダはじっと見つめる。
「でも……僕らが魔法を使えるとしても、どうやって探せばいいんでしょう?」
「わかるわ、きっと」
ベリンダがカイの左手とエレナの右手を取った。自分よりちいさな二人の手を、そっとつながせる。
二人は見つめ合い、うなずき合った。カイは右手を、エレナは左手を上げる。何となくそうすれば、何か分かる気がした。
背中が熱い。光の帯が生じ、伸びる。帯は洞窟の中に入る。岩肌を黄金の筋が走っていく。
「この光の導く先に、あるわ」
「待って下さい!」
洞窟に入ろうとした一行を、男の声が呼び止めた。
「サミュエル! どうして!?」
「お許しを、レディ。どうしても、貴女のお役に立ちたいんです」
「サミュエル……ありがとう」
火傷顔の男を加え、一行は暗い洞窟へと下りていった。
光の帯をつたい、ひたすらに進む。
どれくらい進んだだろうか。そのうち、足もとでカツンと高い音がした。ごろごろした岩がなくなる。
「石畳だ!」
明らかに、地面や壁が人工物に変わった。光の帯はまだ続いている。それに沿って進むと、広い空間に出た。
「こ、ここは……」
ツタがあふれる室内に、巨大な半透明の果実があちこちにぶらさがっている。
「屋内農園か……!」
人間を燃料として動くおぞましいエネルギー生産場だ。
「カイ、光は?」
「まだ先に続いています」
ツタのあいだを縫って、金色の光は続いている。
「アタシはここで待つわ」
「レディ!?」
「きっと……ガデューカはもうアタシたちに気づいてる。アタシが一人になるのを待ってるんだわ」
「だから待ち伏せを? 大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないわね」
ベリンダはあっさり否定した。
「アタシじゃ勝てない。あの女は強い。だから小競り合いで済む時は、ずっとそうしていたのよ。あの女もそのつもり」
故意に見逃していたわけではない。
「そこで、魔法の出番よ。魔法を取得したら、すぐにそれで精霊を呼び戻すの。精霊がふたたび集まれば、アタシの呪いも発動するでしょう」
「それってつまり……」
「そう。アタシは魔物になる」
毒印の呪いが全身に回る――それは、人間から魔物に転じることを意味していた。
「ダメ! ダメです、レディ! そんなこと!」
「これしかないの。呪いと言っても、すぐには全身に回らないはずよ。つまり、呪いが発動して数分は、アタシは半人半魔になる」
ベリンダは笑った。ルビー色の瞳に、暗い希望が宿っている。
「たとえ半分だけでも、魔物の力があれば、アタシにも勝機がある」
「でも、でも!」
「そして、アナタたちと合流し、魔法を使ってアタシの呪いを解くの」
「でも、もし魔法でも呪いが解けなかったら? 解けるとしても、間に合わなかったら?」
「アタシは、魔に堕するでしょうね」
ベリンダは表情を変えなかった。
「その時は――アタシを殺すのよ」
ベリンダ以外の全員が息を呑んだ。
「ごめんなさい」
ベリンダは頭を下げた。
「でも、アナタたちにしか頼めないの。アタシの愛しい、かわいい子供たち」
「レディ……!」
ベリンダが大きな両手を広げ、カイとエレナを抱き寄せた。二人の顔の間に、自分の顔を埋める。
(震えてる……!)
ベリンダの手が、ちいさく震えていた。
「サミュエル、二人を頼んだわ」
「わかりました、レディ・ベル」
「アナタへの約束、果たせないかもしれない」
「いいえ。きっと……呪いを解く秘術は、あるはずです」
二人は見つめ合い――サミュエルがベリンダを引き寄せ、口づけた。
「必ず見つけ出し、あなたのもとへ参りましょう」
ベリンダは嬉しそうにほほえんだ。
「サミュエル殿、行きましょう!」
希望を探すため、三人と一匹だけがさらに奥へと向かった。
「あの……つかぬことを聞きますが」
「何だろう?」
「サミュエル殿は、レディのことを」
「ああ、お慕いしている」
「えええええっ!?」
ドン引きするカイをよそに、サミュエルはうっとりと目を細める。
「あのような方のおそばにいられるなら……戦い続けることも怖くはあるまい」
(こ、この人、気づいてないのかな!?)
カイは恐る恐るつぶやいてみる。
「いえあの……ベリンダ様はおと……」
「私たちは同志だ。ともに頑張ろう!」
バン! と肩を叩かれて、カイはもう何も言えなかった。
「みゃ」
チビが足を止めた。
「どうした、チビ?」
三人もつられて足を止める。耳を澄ますと、ゴゴ……と重い音が響いている。
「何だ、この音……」
「カ、カイ!」
エレナが天井を指差す。はるか向こうの天井から、一定間隔で落ちてきている。
「まずい、行くぞ! 走れ!」
サミュエルの号令で、一行は全速力で走った。チビが一番早い。
「あ……!」
エレナが足を取られる。カイが助け起こした時には、真上の壁が落ちてくるところだった。
「行け! レディのためにも、人々のためにも――!」
サミュエルが二人を前へ突き飛ばす。重い音を立てて、壁が来た道をふさいだ。その壁が最後のものらしかった。
「サミュエル殿!?」
呼びかけても返事がない。押しても引いても壁は動かない。
「サミュエル殿――!!」
「ああ……!」
エレナががっくりと膝をついた。しかしここで迷っている暇はなかった。
「行こう、エレナ。立って」
「……うん……!」
先へ進むしかなかった。
やがて一行は、正方形の部屋に出た。
「あっ、入口が!」
一行が部屋に入った瞬間、入口が消えた。まるでこの時を待ちわびていたかのようだった。
「行き止まりだ……この部屋、が?」
黒い壁一面に黄金の筋が描かれ、その上に文字が書かれている。
「読めない……エレナは?」
「わからない。これ、わたしたちの文字じゃない」
「古代文明の、か?」
「そう、かも」
確信のないまま、二人は部屋の中をぐるっと回る。
「エレナ、あそこを見て」
「文字が……金の帯ごと一部分欠けてるわ」
「黄金の帯、か」
二人はまた手をかざした。
二人の腕から、まるで包帯をほどくように光の帯が生じ、壁へ飛んでいく。欠けた部分を補完した。
黄金の光が――あたりを満たした。
(あの日と、同じ……!)
二人は抱き合った。あの日と同じように、光の中で。
文字が刻まれた光の帯は、壁から離れて二人の周囲をめぐる。
「何が……起こる?」
帯が、一気に二人に巻きついた。体中が熱い。心臓が高鳴る。けれども不快ではない。
やがてそれも消えた。黒い壁にはもはや金色はなく、ただ高揚感だけが二人の中に残る。
「秘宝って、今のことだったのかな?」
ポウ、と部屋のすみに光が生まれた。薄い金色のその光は、扉のような形になった。
「これは?」
「移動装置……」
「え、どこでその名前を?」
「どうしてかな、なんか、わかったような気がして。これが魔法なのかな?」
エレナが首をかしげる。カイもそれをじっと見た。たしかに、力の波動のようなものを感じる。今までになかった感覚だ。
「そう、かもしれないな」
「みゃー!」
チビも賛同するように鳴いた。
「行こう。この先に、きっとレディがいる」
二人は、ぎゅっと手をつないだ。手をゆっくり伸ばし、光の扉にふれる。
「精霊を呼び戻そう!」
「うん!」
あっという間に、二人と一匹は扉の先へ飲み込まれていった。
初出:2014年甲午04月05日




