第一話
アダマース暦五〇四年。
春が終わり、夏が始まろうとしていた。
「やっと着いた~!」
カイは、南方の城砦都市ロサに到着した。
ロサの街は、大きくはないが豊かな土地だった。市場には活気があふれ、道行く人々には清潔感がある。セントフォリア湖からの風も、心地よいものだ。
「うおーさすがにすごいな」
カイはあちこち見渡す。ピンク色を帯びたレンガの建物、石畳の道も美しい。人々は陽気で、その明るい表情を見ていると、自分も元気になれそうだ。
「みゃー」
「そうだな、チビ。久々の屋根だぞー」
カイの同行者、オオヘキジャネコのチビが、カイの腰に頭をすりつける。オオヘキジャネコはロバほどの大型猫で、人の乗り物として飼われることもある。チビもまた、鞍と手綱がつけてあった。
「領主様のお戻りだ!」
唐突に、街にそんな声が響いた。人々がいっせいに、メインストリートへと走り出す。
「何? どうした?」
「ボウズ、知らないのか? ロサの英雄、我らの領主様が凱旋なされるのさ!」
「ここの領主というと、『薔薇の瞳』と言われる……」
「そう、ベリンダ・ヴァレリア・ローズノット様だよ!」
わーっと盛大な歓声が上がった。
「おっととと! うおー僕らも行こう、チビ!」
カイはチビの手綱を引いて、メインストリートへと向かった。
ストリートの両脇には、見物客があふれかえっていた。
ロサ領主ベリンダは、帝国から退魔将軍に任ぜられている。退魔将軍とは、魔王の軍勢と戦うために設置された地位だ。この地位を得られるのは、魔物退治の専門家だけ。その配下ももちろん、魔物退治専門の戦士や精霊使いたちだ。
帝国には十人の退魔将軍がいて、各地で戦っているという。その一人がベリンダだ。彼女の隊は、とある理由で有名だった。
「女ばかり……噂は本当だったのか」
馬に乗って凱旋してくる勇士たち。武装しているが、すべて女だった。しかも美人ばかりそろっている。
「あ、一応男もいるな」
貴族のような風貌の、金髪の美青年もいる。美女ばかりの列の中でも浮いていない。
「お帰りなさい!」
「お帰りなさい、ご領主様!」
屋根なしの馬車が、ゆっくりと向かってくる。小柄な少女が御者をしている。明るい茶色の髪が可愛らしい。
「お帰りなさい、ベリンダ様!」
しかし人々の視線は、御者などには向けられていない。
「ベリンダ様に栄光あれ!」
「薔薇の瞳よ、万歳!」
人々はいっせいに、馬車に悠然と座す麗人へと言葉をかけた。
「あれが……」
カイもまた、目を奪われた。
「薔薇の瞳」と称される麗人――その評判は、嘘ではない。
深紅のドレスに同じ色のケープを羽織り、扇子を開いて口元を隠している。
しかし、見える部分だけでも十二分に美しい。紅薔薇色の髪はゆるく巻き、うしろで結ってある。瞳の色は髪より濃く、ルビーにも似ている。
それが、ロサ領主にして、アダマース帝国退魔軍序列第四位バルバ隊将軍ベリンダ・ヴァレリア・ローズノットその人だった。
「は、派手だなぁ」
第一印象は、そう感じた。
どう見ても宮廷の貴婦人だ。魔物退治なんて荒仕事は似合いそうもない。
しかし、彼女の座席のうしろには、壮麗な鎧と巨大な剣が飾られていた。あれで魔物を倒すのだろう。
おまけに馬車のうしろからは、巨大な荷車がついてきている。布をかけられていて中は見えないが、魔王軍との戦いで得た戦利品なのだろう。
「退魔将軍、万歳!」
「薔薇の瞳に栄光あれ!」
人々の声が、まるで波のようだ。賞賛の言葉が、あちこちからベリンダに押し寄せる。
その声に答えるように、ベリンダが扇子を閉じた。その瞬間、歓声にまじってため息がいくつも聞こえた。
「すっげぇ美人……」
カイも思わず見とれる。ベリンダの唇は、まるでガーネットのようだった。完全無欠の美女とは、彼女のことを言うのだろう。
ベリンダがすっと扇子をかかげる。
荷車についていた人夫らが、布を固定していた縄をはずす。まるで鳥が翼を広げるように、布が取り去られた。
「うおっ!?」
おおー! と大歓声が上がった。
布の下には、巨大なドラゴンが横たわっていた。
「いやーすごかったな」
「みゃー」
「でもまいったな。宿が見つからないや」
あれから数時間後。
美女軍団をじかに目にした感動を引きずりつつ、カイは途方に暮れていた。今日の宿を探そうとしたが、オオヘキジャネコを受け入れてくれるところが見つからない。
「ネコってやっぱ珍しいのかなー」
たしかにオオヘキジャネコは乗り物として飼われるが、それは山間部の習慣だった。このあたりでは珍しい動物らしく、道を歩いていてもジロジロ見られる。
「にゃおお……」
「心配すんなって。ま、どっか軒下でもいいだろ」
野宿には慣れているので、カイはのんきに笑った。
「ん?」
「あっ、いたいたー!」
「すごーい!」
カイはいつのまにか、子供たちに囲まれていた。子供たちのお目当ては、チビらしい。
「でっけー、これトラ?」
「ちがうよ、ネコだよ! オオ……なんとかネコ!」
「お手!」
「火の輪くぐりとかできる?」
「こーら、僕らは芸人じゃないの。火の輪なんて無理無理」
カイは口を尖らせた。けれども子供たちはめげない。
「うそだー」
「やってやってー!」
「まいったね、こりゃ……」
そのとき、馬蹄の音がした。子供たちが振り向く。
「あ! バルバ隊のお姉ちゃんだ!」
カイたちの目の前に、馬に乗った少女がひとりあらわれた。
「オオヘキジャネコに、炭色の髪の……間違いないわね」
少女はそうつぶやくと、馬から下りた。
「エレナお姉ちゃんだ!」
「お姉ちゃん、あそぼー!」
「ごめんね、皆。今日はそこの人に用があるの」
「えー」
「またあとでね。さ、あっちで遊んでらっしゃい」
少女は子供たちと顔見知りらしい。少女は子供たちをなだめると、彼らの背をポンと押した。子供たちは笑いながら、通りの方へ駆けていった。
「失礼しました。悪い子たちじゃないんです。怒らないであげて」
「あ、いや、怒ってないよ。助かった。君は?」
「エレナ・ファーと申します」
可愛らしい少女だった。明るい茶色の髪をしており、軽装だが鎧をつけている。緑色の大きな瞳には、彼女の素直そうな性格が出ている。
少女はカイに一礼すると、すっと右手を差し出した。
「あなたがカイ・リッチェン殿ですね? 初めまして」
「ああ、うん」
ごく自然にカイはエレナと握手する。そのとき、カイの脳裏に何かひっかかった。
「どこかで……会ったか?」
「え……?」
エレナの頬がわずかに赤くなる。
「思い出した! たしか昼間の、凱旋の行列の中にいたよな?」
「あ、ああ……もしかして、ご覧になっていましたか?」
照れくさそうに、エレナが笑う。赤くなった頬をごまかすように、髪をいじる。
「うん、たしか御者してたよね?」
「はい」
「すごいなー、ここの領主様は」
「今日は、その領主……我が主人ベリンダの使いで参りました」
「へえ?」
「リッチェン殿」
「カイでいいよ。殿、なんてかたっ苦しいや」
「ではカイ、用件は簡単です。ベリンダにお会いくださいませんか?」
「えっ?」
カイは思わずぽかんと口を開けた。
「えっ、何で僕? なんで将軍ともあろう人が?」
「カイの評判を聞いて、将軍はぜひお会いしたいと」
「評判って、どんな? 僕、そんなに有名?」
「はい」
エレナはにっこり笑った。
「オオヘキジャネコを自在に操り、低い報酬でも魔物を退治してくださる、慈悲のある方だと。魔物退治をする者のあいだでは、噂になってますよ?」
「まいったなー、そこまで言われてるの?」
カイは見事に浮かれた。エリナがクスクス笑う。
そう、カイもまた魔物退治を生業としていた。
「でもさ、そんないいものじゃないんだ。万年ビンボーだし。今夜の宿だって……」
「あ……今夜の宿、まだ決まってないんですか?」
「あ、うん。いや、お金はあるんだけどさ。ほら、ネコって珍しいみたいだし」
「にゃあー」
「ちょうどよかった! お城に来て下されば、一夜の宿をお貸しできます。そのオオヘキジャネコさんも、お迎えする準備をします」
「ホントに!?」
「はい!」
カイは喜んでエレナについていくことにした。ロサ領主の城に、西日がさし始めていた。
初出:2013年癸巳09月23日




