第十八話
「まだ、オリュザの外で陣があるはず。そこまで脱出しましょう」
「そうした方がいいか……ね、チビ」
「にゃお」
二人はチビに乗り、荒れ果てた山間を行く。
乾ききっているが、あちこちに畑の名残がある。棚田には汚れた水が満ちていた。
「ああ……」
緑が豊かだったはずの故郷はどこにもない。
無霊地域とは、かくも無残なものなのか。
ザ、と風の音がした。見上げると、影が空を横切る。鳥ではない。
「ワイバーンだ!」
ロサの街を襲ったのと同じ魔物だろう。しかし二人に気づいた様子はなく、ワイバーンは東をさして飛ぶ。
「あの方向……陣があるわ!」
「チビ、行くぞ! エレナ、つかまって!」
チビが駆け出す。ネコの脚は、山間の凹凸を難なく超えていく。
「カイ! エレナ!」
「レディ!!」
まもなくオリュザの東端というところで、二人はバルバ隊の面々と再会した。
「お前ら! 無事だったのか!」
双子をのぞいたベリンダ、クリス、ジョージアの三人だった。
「心配していたぞ。怪我はないか?」
「はい」
「本当によかった。心配していたのよ」
「レディ……!」
感極まったように、エレナはベリンダに抱きついた。
ベリンダは彼女を抱きしめ、頭をなでる。エレナがカイにしたように。
ベリンダが顔を上げ、カイと視線を合わせる。
カイはただ、ペコリと頭を下げた。
「そう」
ベリンダはそう言って笑った。すべてを察知したようだった。
「呑気に話してる場合じゃないぜ、レディ。ワイバーンが出始めた。オレたちも退こうぜ」
「そうね」
ワイバーンの狙いは、この三人ではないようだ。だとすると――。
そのとき、どこからかワーッと人の声が上がった。陣の方ではない。もっと近い。
「人の声……?」
「まさか、馬鹿な!」
ベリンダたち大人の表情が変わった。
「どこから聞こえる!?」
「チビ!」
カイがチビを放す。
それに従って、バルバ隊は丘陵を超えた。
「なっ、常軍が交戦してる!?」
「何ということ……せっかく置いてきたと思ったら、あの将軍!」
大人チームが頭を抱える。
どうやら目の前で繰り広げられている戦闘は、デルロイの独断かつ暴走らしい。
「どうします、レディ?」
「将軍はともかく、兵士たちを見殺しにはできないわ。行くわよ!」
バルバ隊も参戦した。女たちの鞭がしなり、ワイバーンを引きずり落とす。あっという間にすべてのワイバーンを倒した。
その混乱も収まらぬうちに、ベリンダはデルロイに詰め寄った。
「バネン将軍! いったいこれはどういうことですの!?」
「我らは我らの仲間を助けるために残る! アナタがたは退却する! そう決めたではありませんか!?」
「こ、この作戦の指揮は俺だ! 退魔将軍ごときに何か言われる筋合いはない!」
「こ、の~~!」
ベリンダが眉を逆立てた。
「サミュエル! あなたがついていながら!」
ベリンダの怒声に、サミュエルはただ黙っていた。火傷顔がひどく哀れに見える。
サミュエルの忸怩たる表情を見て、ベリンダはふーっと息をついた。怒りを抑えたらしい。
「ワイバーンが出てきたなら、奴が近くにいるわ」
「ご名答ぉ」
ねっとりとからみつくような声が、上から降ってきた。
白い翼の妖女ガデューカが、ふわりと人間たちの前に舞い降りた。
「逢いたかったわぁ、愛しいベリンダ」
「アタシは遭いたくなかったわ、ガデューカ」
「悲しいわぁ、ベリンダ。どうしてそうつれないのぉ?」
「アンタがアタシに損させたからよ!」
カッとベリンダは言い放った。
「だいたい、アンタが魔物に堕ちたせいでウメルス隊は大混乱。そのどさくさにまぎれてウメルス隊からロサに受注された武具代の請求先がわからなくなって、ロサは大損こいたのよ!」
金銭的怨恨があったとはは初めて聞いた。そういえば、「いつもニコニコ現金払い」と言っていたのは、これが原因なのかもしれない。
「あらぁ、そうだったのぉ。それは悪いことをしたわぁ」
「そうよ。だから、その落とし前はつけさせてもらう。アンタの皮膜でランプシェードを作ってやるわ!」
「できるものならやってみてよぉ、愛しいベリンダ!」
白い袖が全身を覆う。まるで繭のような姿になり、巨大化する。繭がはじけ、ヴァイパーが出現した。
「退け――ッ!」
尾があたりを薙ぐ。強い両足が大地を踏みしめる。そのたびに血しぶきと悲鳴が上がった。
「バネン将軍ッ!」
ガデューカの爪が、デルロイの体を上から下に薙いだ。哀れな将軍は、四枚になって大地に倒れ伏した。
「きゃあああああッ!?」
アンジェリーナが叫んだ。
「いやあああ! パパぁぁぁぁ!!」
泣き叫ぶ幼い者の声――それを聞いた瞬間、カイとエレナが動いた。
カイは右手を、エレナは左手を伸ばす。二人の手から、黄金の光がほとばしった。迫りくるヴァイパーを打ちすえる。
「い、今のは!?」
「……!」
放った本人たちも無意識だったらしく、驚きの表情を顔に貼りつけている。
『ああ……! 忌わしい光!』
ヴァイパーはうめき声を上げると、人間の姿に戻った。
「忌わしい……その光が、わたくしを狂わせるわぁ。け・ど!」
パチン、と指を鳴らす。大量のワイバーンが現れ、カイとエレナに殺到した。
ガデューカは半魔の姿になると、地面を滑るように飛んだ。
「ぐわっ!」
「わあっ!?」
サミュエルとジョージアに翼をくれる。鞭のようにしなった皮膜で打ちすえられ、二人は地面に転がる。
「おのれっ!」
クリスが弓で狙う。
「甘いわ!」
矢を翼で弾く。しなやかな体が宙を飛び、呆然と立ちすくむアンジェリーナに迫る。
その爪がアンジェリーナの頭を引き裂こうとして――。
「クッ!」
爪はアンジェリーナに届かなかった。
ベリンダがとっさに彼女を引き寄せ、左腕をかざしたのだ。少女をかばったその腕の表面に、斬られた傷がくっきりとあらわれている。
「ほ、ほ、かばったわね。やっぱりかばったのねぇ」
「見捨てられないタチなのよ」
ベリンダはガデューカを睨みつけた。
「ほ、ほ、ほ、ほ、ほ!」
ガデューカは愉快そうに笑った。
「命が惜しければ、探すことねぇ。古代の秘宝への入口を!」
ザッとガデューカは飛び去った。
「うう……」
ベリンダは膝をついた。顔が苦悶に歪む。
「レディ!」
「レディ・ベル!」
サミュエルがベリンダの籠手をはずし、袖をまくる。傷からは出血していなかった。代わりに、漆黒の傷跡になっている。
「こ、れは……」
サミュエルの腕にある、奴隷の毒印だった。
「ああ、何ということだ! あなたまでこんな……!」
サミュエルがベリンダを抱き締める。
「エレナを叱れないわね、これじゃ」
ベリンダは苦しそうに息を吐いた。
「業腹だけど、アタシのことよく理解してるわ」
ベリンダは必ずアンジェリーナをかばうだろう。そう見越して、ガデューカは爪に毒印のための呪いをかけていたらしい。
「これじゃあ、このまま逃げるわけにはいかないようね」
何が何でも古代文明の秘宝を得て、この呪いを解かなくてはならない。
「カイ、エレナ。何か心当たりはない?」
「心当たりといっても……」
「さっき、僕たちは地下の洞窟をたどってここまで来ました」
「それね。洞窟のどこかに、秘宝があるわ」
「でも、岐路が複数あってどの道がいいのかわからないし、途中、大水が流れてくることもあります」
「大丈夫よ。必ず正しい道を行けるわ」
「どうしてそう言えるんですか?」
「さっきの戦闘で確信したの。カイ、エレナ、アナタたちの術は、精霊術じゃない」
「精霊術じゃなかったら?」
「魔法よ」
ベリンダはあっさり言った。腕の痛みが薄れてきたのだろうか。表情が、いつもの彼女に戻りつつあった。
「滅び去った、古代文明の秘術。アナタたちは、それを受け継いだ者」
「え……っ!」
「必ずアナタたちの持つ翼が教えてくれるわ」
「し、しかし古代の秘術がここにあるなら……今、呪いを解けば!」
「いいえ。アナタたちの魔法は不完全。それを、秘宝で補完するのよ」
「どうして、そんなことがわかるんですか?」
「アナタたちの魔法は、まだ戦闘しかできない。でも、魔法は高度な文明を誇った古代人の知識の結晶。もっといろんなことができてこその魔法よ」
退魔将軍たる者、これぐらい知ってなくちゃね、とベリンダは笑った。
「クリス、ジョージア、サミュエルは残りなさい。アンジェリーナ姫をつれて、陣へ戻るの」
「レディ! 俺たちは行っちゃいけないのか!?」
「ガッルス隊は将軍を失った。指揮する者が必要だわ。器量があるのは、アナタたちだけよ」
「……無茶、すんなよ」
「レディ、お気をつけて」
クリスとジョージアは敬礼した。
サミュエルはアンジェリーナを抱き上げる。
「ご武運を」
「ええ」
ベリンダはアンジェリーナの頭をなでる。
いつの間にか、彼女は気を失っていた。
初出:2014年甲午03月15日




