第十七話
生乾きの服を着て、鎧を着け直す。
チビを案内役にして、洞窟を歩く。
チビはすでに、外の気配を感じていたようだ。洞窟を抜け、二人は荒れ果てた谷間に出た。
「ここは……ここが、オリュザ?」
草木の影はなく、洞窟の中とはうってかわって乾いた世界が広がる。黒雲に覆われた、寒い世界だった。
「あ……」
地形に見覚えがあった。
頭の中に豊かな緑の風景が広がり、今の荒涼とした山間に重なる。記憶に導かれるように、カイたちは歩いた。
やがて――家並みが見えてきた。十年前に滅び去り、そのまま時の過ぎた廃墟だった。
カイはたまらず駆け出した。
「僕の家だ……」
カイは、崩れかけた家屋のひとつに吸い寄せられた。彼の生まれた家だった。まだドアが残っている。
カイはドアノブを握った。手がブルブルと震えた。ゆっくり扉を開く。
崩れた家具、乾いた台所、埃まみれのベッド。その光景が、カイの胸を打った。懐かしさと悲しみが襲ってくる。
「ああ……」
忘れかけていた記憶が、戻った。
働き者の父、優しい母、穏やかな祖父母――頭の中をひらめいていく。
「父さん……母さん……ばあちゃん、じいちゃん……!」
人見知りした記憶、チビのように小さいと言われた記憶。無意識のうちに家の中に入って、呆然とあたりを見回した。
「カイ」
エレナがドアのところに立った。逆光になった彼女を見て、また何かひらめく。
(おねえちゃんは……いつも、そこに立っていた)
姉の記憶――いくつも閃く。
しかしどの記憶も、ドアから始まる。
いつもあそこに立って、「遊ぼう」と言って、カイを連れ出して。
「おねえちゃん……?」
馬鹿な。彼女は自分と同じ歳だ。姉であるはずはない。
けれども――。
「エレナ・ファー……エレナおねえちゃん」
「そうよ、カイ」
泣きそうな顔で、エレナが笑った。
「よく、おままごとしたわね。カイは男の子たちと遊ぶのが苦手だったから」
「うん」
「でもお母さん役は、いつもはす向かいのアンがしてた。だからわたしはおねえちゃん役だった」
「うん……」
「カイは一番下の弟役だったね。体が小さかったから」
おねえちゃんがいる、と思っていた。その幼い日の記憶は、どこかで霞んだものだった。
エレナの言葉が、ひとつひとつその霞を取り去っていく。
「わたしも、カイのこと、弟だと思って……だから」
エレナの明るい色の髪が、カイの記憶に色彩をつけていく。
「だから、生きてほしかった……」
カイの脳裏に、あの日がひらめいた。
オリュザの悲劇――この街が滅んだ日のことだ。街は魔物に襲われ、大人が殺され、子供が喰われた。家々は破壊された。
(おねえちゃん)
親を目の前で失った。子供たちは魔物を前にして、抱き合ってただおびえるばかりだった。
その時だった。目の前を黄金の光が貫き、二人を覆った。二人だけではない。街中を光で染めた。魔物たちは逃げ去り、二人は瓦礫のすきまに隠れた。
(おねえちゃん)
息をひそめ、自分の心臓の音にさえおびえた。
(おねえちゃん。魔物がきた)
光が完全に失われたあと、魔物たちはふたたび襲来した。生き残りがいないか探すように、闇に包まれた街を徘徊した。
(おねえちゃん)
(ここにいてね)
(かくれていてね)
魔物に見つかりそうになって、エレナが瓦礫から飛び出した。エレナは囮となったのだ。そのまま彼女は魔物にさらわれた。
(おねえちゃん)
カイは動けなかった。数日後、退魔軍がやってきて彼を見つけてくれるまで。
「君は……知ってたの?」
「うん……」
「いつから?」
「最初から。あなたを、ずっと探してた。レディに頼んで、あなたを……」
エレナは真実を言い出せなかった、と言った。
カイが自分を覚えているかもわからなかった。実際に――出会った時も、カイは記憶の中のエレナを「実姉」だと思いこんでいた。
「エレナ……ごめん、ごめんなさい」
「いいの、カイ。思い出してくれた。それでいいよ」
「こんなに近くにいたのに……僕はバカだ」
カイはこみ上げる涙を止められなかった。
エレナは、カイをそっと抱きしめた。
カイの脚から力が抜けた。
「エレナ、ごめん。本当にごめん!」
たまらなかった。記憶の奔流に押し潰されそうだ。肩が震えていた。
「カイ」
エレナは優しくカイの頭をなでた。
「苦しまないで、カイ。こうして会えたの。わたしはそれが一番嬉しい」
「でも……!」
「罪悪感なんて、感じないで。申し訳ない、なんて思わないで。悲しいから」
「…………」
「大丈夫、わたしが……守るわ」
「だめだ!」
カイは頭を横に振った。
「今度は俺が守る。僕は、僕はもう……」
顔を上げる。笑う。きっと泣き笑いのような、情けない顔になっていただろう。
「君より、大きいからさ」
「……うん」
エレナが笑う。
「ありがとう、カイ」
二人はたがいの手を握り合った。十年の歳月を埋めるように、しばらくそうしていた。
初出:2014年03月14日




