第十五話
合同部隊は、オリュザの直前まで進んでいた。
「精霊がすごくすくないの」
「精霊はいのちをまもるの」
「まもるものがないの」
「だから草が生えにくいの」
双子のいうとおり、あたりは岩肌の目立つ荒野になりつつあった。
やがて一団は、比較的細い道にさしかかった。道の両側を、岩山に挟まれた地形だ。
「いやな場所。こういうところは、待ち伏せするのに最適よ」
ベリンダがつぶやく。
チビが、またがるカイの指示もなしに、ぴたりと歩くのをやめた。ざわざわざわとその毛が逆立つ。尾を大きく振る。
「チビ、どうした?」
「フー……!」
チビがうなる。魔物が近くにいるときの声だった。
「レディ、敵が来ます!」
カイは怒鳴った。ベリンダがすぐ心得顔になった。
「クリス! 鏑矢を!」
クリストファーが弓をかまえ、大きな鏃のついた矢をつがえた。よく見れば鏃ではなく、特製の笛をつけた矢だ。放たれた矢は、甲高い音を立てた。
常軍の間にも緊張が走る。
「敵襲――!」
鏑矢の音が消えると同時に、岩陰から大量の魔物が飛び出してきた。
「リザードマンだ!」
トカゲに似た人型の魔物だ。その姿からリザードマンと呼ばれる。硬い茶色の鱗で全身をおおわれていて、力が強い。しかも群れで行動する習性がある。
リザードマンの群れは、あっという間に混乱をもたらした。
カイは剣を抜き、斬りつける。しかしザリッとした感触とともに、刃が弾き返された。
「か、硬い!」
「うまく攻撃をそらせるのよ! あとはアタシたちがやるわ!」
ベリンダたちは剣や弓ではなく鞭をふるう。リザードマンの鱗を弾き、肉を引き裂く。血潮が鞭の通ったあとを赤く染める。
けれども一気に劣勢に追い込まれた。常軍の連中が混乱しているからだ。剣も弓もきかない化け物に、次々と兵士が倒されていく。
「なんてもろいのかしら!」
ベリンダが戦いながら呆れていた。
常軍が弱い。士気が低い。化け物と対峙して、恐怖で我を見失っている。こうなると、バルバ隊にとってガッルス隊は巨大な足枷のようなものだった。
「レディ、どうします!?」
「リザードマンには長がいる。ほかと違う格好のがそうよ。見つけ出してすみやかに排除しなさい!」
「チビ!」
カイはチビを促す。
チビは兵士とリザードマンの間を風のように駆け抜ける。岩山を上り、一匹のリザードマンに肉薄した。鱗の色に濃淡があり、縞模様に見える。ほかとは違っていた。
「見つけた!」
カイはチビの上から飛んだ。その勢いのまま、ボスリザードに斬りかかる。鱗はやはり硬く、傷もつかない。
地面に降り立ったカイを、リザードマンの鋭い爪が襲う。それをひたすら避けた。
「ギイエエエッ!?」
突然、ボスリザードが苦悶の叫びを上げた。小さい目に矢が突き刺さっている。
「カイ!」
クリスの声がした。
カイは反射的に飛び下がった。
チビも気配を感じ、下がる。
ボスリザードの動きが止まる。腕に足に首に、鞭がからみついてた。ジョージア、クリス、エレナ、そしてベリンダが四方からボスの動きを封じていた。
「雑魚に用はないわ。退いてもらいましょうか!」
ベリンダが啖呵を切った。いっせいに鞭が四方に引かれる。
ボスリザードは、文字通り八つ裂きにされて地面に転がった。
ベリンダはその首をつかむと、高くかかげて叫んだ。
「~~~~!」
ベリンダの言葉は、おおよそ人間のものには聞こえなかった。しかしリザードマンたちには劇薬のような効果があった。戦闘をやめ、荒野の向こうへ逃げ去っていく。
「今の言葉は?」
「リザードマンの言葉よ。お前たちの長は、アタシが殺したってね」
「はあー」
魔物の言葉まで使えるのか。つくづく自分との差を感じる。
(でも、どこでそれを学んだんだろう)
ふと、疑っている自分がいる。
疑念を晴らしたいと思う。なのに、尋ねることができない自分がいる。
(なぜだ……?)
胸に引っかかっているものが、もやもやとした霞に包まれる。
ただそれを悟られないように、カイは内心ひやひやするしかなかった。
「あれが……」
「オリュザ。かつて農耕都市として栄えた、悲劇の地」
黒煙に似た濃灰色の雲が垂れこめている。ところどころに見える家はどれもぼろぼろだ。魔物の姿はまだ見えない。
合同部隊は陣を立てた。
「レイ、ライ、結界を張りなさい。精霊はすくないけど、できるわね?」
「まかせてなのー」
「結界をはるのー」
双子は陣の中央に立つと、向かい合って両手を組んだ。
「地の精霊」
「天の精霊よ」
「光と音を編み上げよ! 籠!」
双子の呪文とともに、雷に似た光が半円球型の結界を作り上げた。
「よし、これでふたたび襲われてもしばらく持つわ」
幕を張って、両部隊の幹部が集まった。ガッルス隊はバネン親子、サミュエルたち。バルバ隊は双子をのぞく全員が集まった。
「何ぃ!? 撤退だと!」
怒鳴り声が幕の中に響いた。
「どういうことだ、ローズノット将軍!?」
「そのままの意味ですわ、バネン将軍」
「おい、サミュエル! 何とか言え!」
「……私は愚かでした」
バネン将軍配下であるはずのサミュエルが、自嘲した。
「魔物への憎しみと自分が受けた呪いに焦ってしまった」
「な、何だと! どういう意味だ!?」
「…………」
「サミュエルには、言いづらいでしょうね」
ベリンダはフッと笑った。
「バネン将軍、アナタがこの出陣を進めた理由、わかっておりますのよ」
いつの間にか手にした扇子をわずかに開き、ベリンダは口元に当てた。目を細める。
「アナタは解任寸前だそうですわね。軍の訓練を怠り、戦功もろくすっぽなし。いくら常軍末席とはいえ、将軍の怠慢は許されない罪」
どこから手に入れていたのか。ベリンダはデルロイの無能を暴露した。
「だからアタシと組み、領地と秘宝を手に入れて汚名返上しようとした。そうですわね?」
「…………」
「な、何を言うの! 嘘よ、パパ!」
アンジェリーナが声を荒げたが、デルロイは答えない。顔色が悪い。
「でも、将軍。我ら退魔軍にも分というものがありますのよ。これだけ大量の魔物を相手にするなら、雑魚は常軍で始末してくださいませんと」
「魔物退治は退魔軍の仕事じゃないの!?」
「いいえ。この場合、アタクシどもは、常軍ではどうにもならない大物の相手をつとめるのがセオリーなのですよ、アンジェリーナ姫?」
「サミュエル……!」
「嘘ではありません、お嬢様」
サミュエルが答えた。
「ガッルス隊は、雑魚にも戦意を喪失しました。とうてい共同作戦をできるような状況ではありません」
「しかし、サミュエル、それでは俺は……!」
「我々は負けたのです! たとえ一時は追い払ったとしても、これでは勝ち目がない!」
サミュエルが怒鳴った。
「ローズノット将軍、そして兵士たちにも申し訳ない……ここは撤退を」
「サミュエル、貴様!」
デルロイが怒りにまかせて剣を抜こうとかまえる。
陣内に緊張が走ったその時、精霊使いの双子が幕の中に駆けこんできた。
「レイ、ライ、どうし――」
「レディ・ベル!」
「はやくそこから離れてー!」
何かを察知したベリンダが、いち早く動いた。デルロイとアンジェリーナをうしろから抱きこみ、飛び下がる。
カイやエレナもそれにならった。
そして土がわずかに盛り上がった――次の瞬間、大穴が現われて卓を飲みこむ。穴の中から、無数の蟲が飛び出してくる。陣幕を破り、蟲は飛びまわってあたりを黒に変える。
「うわッ!」
「きゃあああ!」
あたりが黒くなりほどの蟲の大群だった。飛び回り、人をかすめ噛みつく。
「な、何だ!?」
「敵襲――!」
ガッルス隊の兵士たちが、ふたたびパニックに陥る。
「ぎゃああ――あがが……!」
「た、助けてく……!」
口を開いた兵士の顔が、真っ黒になる。蟲がたかっている。蟲は口の中に入りこみ、次々と兵士たちを窒息させた。
(エレナ、チビ!)
それに気づいたカイは、片手で口をおおい、片手で蟲をはらう。
エレナも同じだ。チビは地面を転がって、前足で蟲をはらっている。
(レディは!?)
ベリンダはぐっと口をつぐみ、両腕でバネン親子の口をふさいでいる。
バネン親子は両腕をばたばたさせて暴れている。
あの親子を抑えこんでいるあたり、ベリンダの腕力は推して知るべきだろう。
その三人をかばうように、サミュエルが剣とマントを振って、蟲を追い払っていた。
精霊使いの双子も、口を押さえて地面に這いつくばり、蟲を払っている。
(そうか、精霊術が使えない!)
精霊術は、その発動に言葉という音を必要とする。言葉を、呪文を唱えなければ精霊術は発動させられない。
(この蟲は、精霊術を防ぐための……魔物のさしがねだ!)
精霊の結界がおよばない、土の中をもぐってきた。敵はこちらが結界を張って籠ることを見抜いていたのだろう。
(くそ、何とかして、呪文を――!)
カイがそう思ったとき、突如として、黄金の光が閃いた。光は帯状に伸びて鞭のように蟲を薙ぎ、焼く。一瞬、皆の周囲から蟲が消えた。
「レイ、ライ!」
ベリンダが叫んだ。双子は即座に応じる。
「天の精霊、地の精霊、われらの声に応え、光と音に乱舞せよ! 嵐!」
大気の中を、先ほどより強い光が広がった。雷のように激しく波うって輝き、蟲を焼き飛ばす。まさに嵐の雲の中のような光景だった。
「エレナ、大丈夫か?」
「え、ええ」
蟲はほぼすべて焼き尽くされた。
カイはエレナを助け起こす。エレナはふう、とため息をついた。
(しかし、さっきの光は何だ?)
レイ・ライ姉妹の精霊術の前に、黄金の光が閃いた。双子の術だろうか。
(違う。何かが、違う気がする)
カイの胸に、何かがつかえた。
(僕のに似た、金色の光……)
「カイ、エレナ! 離れて!」
「ああッ!?」
蟲の穴から、巨大な蛇が躍り上がった。鎌首があたりを薙ぎ払う。
ベリンダたちとカイは飛んだが、エレナが一瞬遅れた。蛇はエレナを飲みこみ、穴の中に消えた。
「エ、エレナ――ッ!」
カイは反射的に、穴に飛びこんだ。
チビがそれにならう。
「カイ!」
ベリンダはカイを止めようと鞭を振るった。しかしそれがカイをとらえる前に、穴が崩落を起こした。土砂で穴が埋まり、鞭を阻む。
「カイ! エレナ!」
「ローズノット将軍! 駄目です!」
サミュエルがベリンダを止める。
「カ――イ! エレナ――!!」
その叫びは、虚しく荒野にこだました。
初出:2014年甲午03月09日




