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第十三話

 バルバ隊が発った日から、カイとエレナはロサ城で雑用に追われていた。

 二人とも大人しくその罰を受けているのかと思われていたが――。


「よし、できた」


 バルバ隊が発って三日後の夜、カイは荷物をまとめ終わった。衣装も、高級なシャツではなく、洗ってもどこか薄汚れた旅の服に戻っている。チビには鞍と手綱をつけ、いつでも出られる格好だ。


「見回りとか開門の時刻も調べたし……明け方、出るよ」

「みゃあ」


 チビが答えた。


 コンコン。


「!」


 ドアを叩く音がした。カイは思わず背筋を伸ばす。夜はかなり更けていて、誰かが訪ねてくるには遅い時間だ。カイは警戒しつつ、ドアをわずかに開けた。


「誰……エレナ?」

「ごめんなさい、こんな遅くに」

「な、何?」

「ちょっと、いいかしら?」


 返事も待たず、エレナは強引にドアを押した。


「ちょ、ちょっと待ってエレナ! いま荷物を整理してて……」

「いいから」


 カイは押し切られた。エレナはずかずかと部屋に入りこむ。


「旅支度……どこへ行くの?」


 綺麗にまとまった荷物を見て、エレナが尋ねた。


「いや、その、特に事情はないよ。僕はこの恰好が好きっていうか……」


 嘘だとしても苦しすぎる。エレナはただジッとカイを見つめた。


「う……」


 カイは言葉を失くした。まるで親に叱られたような気分になる。


「……オリュザに、行くの?」

「……うん」

「わたしも連れていって!」

「へ?」

「あ、あれ?」


 エレナが目に見えてとまどった。オロオロと緑色の目を泳がせる。


「あれ、どうしたんだろ。わたし、カイを止めようと思ってたのに。勝手に言葉が……」


 目が点になっていたカイは、徐々に笑顔になる。


「行こう、エレナ!」

「え、でも」

「エレナ、話してくれたよね。レディ・ベルに育てられたって。大事な人を、守りにいきたいんだよね?」

「え、ええ」

「行こう。チビなら、二人乗っても大丈夫。準備してきて」

「う、うん」


 今度は逆にカイが押し切った。



 初夏の朝がやってくる。

 ロサの街は、城壁に囲まれている。出入りできるのは、メインストリートの先の門だけだ。その開門に合わせて、カイとエレナは城を抜け出した。


「うまくいったね」

「ええ。でも何だか、こわい」

「大丈夫。きっとうまくいく」


 チビの背に乗って、二人はメインストリートを駆ける。


「そこの者、待て!」

「!?」


 まだ人気のないストリートに、鋭い声が響く。武装した集団がわきから出て、進路をふさぐ。その中から、隻腕の警備隊長レオナルドが一歩前に出た。


「どこへ行くつもりなのかな、エレナ、カイ?」

「……レディ・ベルのところへ」


 エレナが答えた。


「なぜレディがお前たちを置いていったか、わかっているか?」

「それは……わたしたちが未熟だから」

「わかっていて、レディのもとへ行こうというのか」

「…………」

「レオナルド殿」


 カイが一歩進み出た。


「信じられないかもしれないけど、レディが向かったオリュザは僕の故郷です」

「馬鹿な。オリュザは無霊地域。死の世界だ」

「違います。十年前までは、人が暮らしていました。田畑を耕し、牛を、ネコを飼い、平和に暮らしていました」


 それも十年前に終わった。魔物が街を襲い、人々が全滅するまでの話だ。


「今は死の世界でも、オリュザに魔物がいるなら、僕は行かなきゃいけない。行方不明の姉さんの手がかりだってきっとある!」

「しかし、レディはお前をその資格なしと言った」

「そうです。その通りです。ずっとずっと僕はオリュザに行くのが怖かった。でも……やっぱり今行かなきゃダメな気がするんです! お願いです、行かせてください!!」


 レオナルドは厳しい表情のまま、二人を見すえていた。気まずい静寂が流れる。


「フフッ……ハハハハハッ!」


 先に静寂を破ったのは、レオナルドだった。隻腕の男はカラカラと高らかに笑う。


「レオナルド殿……?」

「いや、あまりにレディのおっしゃった通りだからな。面白くて」

「え、ええっ!?」

「レディが言っておられたのさ。『あの二人は必ず追いかけてくる』と」


 カイとエレナは赤面した。

 あのベリンダを出し抜こうなど、百年早いのかもしれない。


「お前たちを置いていくのは、あの地に行けば、死ぬより恐ろしい試練があるかもしれないからだ。行くつもりなら、私のようになる覚悟はしたまえ」


 さらりと言ったようで、隻腕の警備隊長の言葉は重かった。


「お、そーだ。何を言ったってどうせ行くんだろ。レディに届け物をしてくれ」

「はい?」

「おーい、持ってきてくれー」


 物陰からドヤドヤと男たちが出てきた。ロサの職人たちだ。手に手に荷物を抱えている。数分やそこらで用意できる量ではない。おまけに荷馬車まで牽かれてくる。


「も、もしかして最初からそのつもりで……?」

「何のことかな?」


 レオナルドは涼しい顔だ。やはり彼もただものではない。


「おーあんたがバルバ隊の新入りか!」

「よくわかんねーけど、苦労したんだなー。頑張れよ!」

「うわープライベートだだもれー!」


 職人たちがはやしたて、カイは頭を抱えた。

 エレナが苦笑している。


「ほい、これが届けてほしい荷物な。目録もつけたが、一応見て覚えてくれ」

「こいつは先日の新素材で作られた靴。レディに」

「でっか!」


 ハイヒール型の脚甲だ。ベリンダの足に合わせてあるらしく、優美なデザインが消し飛びそうなくらいでかい。全体が白銀色で、踵は乳白色をしている。


「素材は、レディなら言わずともわかるだろう。んでこっちは新案のチェインメイル。ジョージア殿に。この矢はクリス殿に」

「この腕輪は?」

「カザンマリモの腕輪だ。これで水分をしばらく取らなくても平気になる」


 また新しく聞く素材だ。


「でー、こっちの鎧は新入り、あんたのだよ」

「着てみろ着てみろ」


 差し出された鎧にカイはとまどう。エレナに視線で助けを求めると、「大丈夫だから」と答えが返ってきた。今着ている鎧を外し、新しいものを着ける。


「あ、ぴったりだ! どうして?」

「お前はロサに来てこっち、よく気絶してたから、サイズが測りやすかったとレディがおっしゃっていたぞ」

「な……!」


 カイは絶句した。この街ではおちおち気絶もしてられないのか。


「気にするな。身を守るためだ」

「あ、ありがとうございます……」


 しかし、新しい鎧はありがたかった。


「ウルペース殿、お前も何かあるだろう?」

「もちろんなのヨネ」


 白髪の精霊使いウルペースもいた。


「我からも贈り物があるのネ」


 渡されたのは、二本のペンダントだった。つるりとした卵型の石がついた、シンプルなデザインだ。片方は黄色、片方は赤い石だった。


「これは?」

「精霊石のお守りネ」

「精霊石って、何ですか?」

「そのままの意味。精霊をちょっとだけ閉じこめた石なのネ。こっちの黄色は光と音を、こっちの赤は精霊火を出せるのヨネ」

「精霊火?」

「精霊が出す光と熱の塊。石が小さいから大きい火は出ないけど……常闇を数時間は照らせるはずなのネ」

「ウルペースさん、ありがとう。頼りにします」


 黄色をエレナが、赤い方はカイが身につけた。

 白髪の精霊使いは、ジッとカイを見つめた。


「レディがあんたを選んだ。だから我はあんたを信用する」

「あ、ありがとうございます」

「みんなを頼むのネ、カイ!」

「はい!」


 カイは威勢よく返事した。大人たちは笑って、二人を送り出してくれた。



 街道を西へ進む。


「結局、馬車で行くことになっちゃったね」


 二人は御者台に乗り、チビは屋根の上に丸まっている。


「追いつけるかなぁ」

「ガッルス隊は人数も荷物も多いから、進軍はさほど早くないだろうって」

「そうか、急げばいいな」


 二頭立ての屋根つき荷車は、チビほどの身軽さはない。それでも鈍足の軍に追いつくことはできるだろう。


「……レディ、怒るかな」

「怒らないだろ、全部わかってるって言ってたし」

「でも、わたしがしたことに怒ってるのはホント」


 不安そうにエレナはつぶやいた。

 カイはすこしだけ肩をすくめ――手綱を握り直した。


「たしかに、僕も無理はしてほしくないかな。でも、エレナが間違ってたとは思えない」

「え……」

「見ず知らずの人のために、エレナは命を懸けた。誰よりも早く飛び出した。それは間違いじゃないはずだ」


 ガタン、と大きく馬車が揺れた。エレナがカイの腕につかまる。


「大丈夫?」

「う、うん」

「ここ道が荒いから、つかまってて」


 ふと、小石の多い街道が古い記憶と重なった。カイはすこしだけうつむいた。


(お姉ちゃん……)


 自分を助けるために、姉は魔物の中へ飛び出した。カイは恐怖で身が動かなかった。だから助かった。けれども、あの時動けなかった自分を後悔したことは一度や二度ではない。


「カイ、どうしたの?」

「僕はずっと後悔してたんだ。もっと勇気があればよかったって。勇気があれば、姉さんと離れることもなかったって。だからエレナの勇気がうらやましい」

「うらやましいだなんて。わたしは何も」

「だから今度はエレナが無理をしても、僕がフォローする。いや、フォローなんておこがましいかもしれないけど」

「カイ……」


 エレナはぎゅっと強く抱きついた。

 カイは思わず彼女を見たが、明るい色の髪が顔にかかり、その表情は見れなかった。


(あ……)


 カイは、胸の中が熱くなるのを感じた。不思議な気持ちだった。

初出:2014年甲午03月08日

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