第十二話
忙しい一日も、終わりを告げる。
「はあ……」
カイは何度目かのため息をついた。
あのあと無事復活したはいいが、置いてけぼりは決定した。それでも出陣の準備に駆り出され、陽が暮れるまで動きっぱなしだった。精神と肉体の両方が疲れている。
(やめようかな、ここ……)
「にゃう」
「いや、それもできないか」
そのとき、ドアを叩く音がした。
「はい?」
「やっほ~。カイ君、元気かい?」
ジョージアだった。
「何かご用ですか?」
「ちょっと話がしたくってな。差し入れもあるし、入っていい?」
「いえ、その……もう夜ですし」
「カタいこと言いっこなし。せっかく来たんだから」
ジョージアはするりとカイの部屋に入り込んだ。持ってきた酒壺とグラスを手際よく卓に置く。酒を注ぎ、カイに差し出した。
「飲みな」
「あ、はあ……」
強い酒だった。カイはすこしずつ舐め舐め、ジョージアをうかがう。
「元気出せよ。レディだって、本気でお前らのこと怒ってるんじゃねーから」
三杯目に突入したジョージアが、ニッと笑った。クロヒョウに似た笑みだった。
「それは……どういうことですか?」
「大事に思うからこその判断さ。アンタはレディに選ばれたんだから、胸を張って待ってな」
「はは……」
「あーそれにしても、あのサミュエルとかいう男、気に入らねー!」
「でも、レディはお気に召したみたいでしたけど?」
「よけー気に入らない!」
「やきもち、ですか」
言ってしまってから、カイは口をつぐんだ。
けれども、ジョージアは我が意得たりとうなずいた。
「あったりまえじゃん! オレらのレディには手を出させないから!」
「はは……レディのこと、大好きなんですね」
「あたりまえーレディはオレらの太陽なのー」
(だいぶ酔ってるなぁ)
ジョージアはカイの何倍ものペースで飲んでいた。酔うのも無理はない。
「あの、そのくらいにした方が」
酒壺を遠ざけようとしたカイの手を、ジョージアがガッとつかんだ。
「え?」
スッとジョージアが身を寄せる。あっという間に、カイはジョージアの胸の中に抱きこまれた。
「うおっぷ!」
「だからさぁ、興味あるなぁー……坊やに、レディが入れこむ理由」
ジョージアは豊満な胸でカイを押しつぶしながら、ベッドに押し倒した。酔っ払いとは思えない力だ。
「ジョ、ジョージアさん!?」
「うふふふふふふふ」
褐色の肌の美女は、獲物を見つけた肉食獣のように目を細める。ぷっくり熟れた唇を、艶めかしい舌でなめる。
カイはカッと頬が熱くなるのを感じた。
「だめ――――っ!!」
ばーん! と勢いよく扉が開いた。
エレナだった。
「だ、だめ! だめですよ、ジョージアさん!」
「あによぉ、エレナ。いいじゃん、ちょっとくらい味見したってぇーん」
「味見!?」
「だめですってば!」
エレナはカイからジョージアをひっぺがす。
カイはサッとベッドから離れた。
「いやん、珍しい。エレナがそんなに執着するなんて、こりゃ坊やにホの字ってやつ?」
「ジョージアさん! 酔ってますね!?」
「わるいかー?」
にへにへにへとジョージアは笑ったが、そのスキを突いてエレナが足払いをかけた。ジョージアはずってんどう、とすっ転ぶ。そのまま床に沈んだ。
「大丈夫? 何もされてない?」
「ああ、うん」
カイは呆然としつつ答えた。襟元が乱れたくらいだ。
「エレナーひどいじゃんー」
ジョージアが尻をさすりながら起き上った。体の丈夫さは折り紙つきのようだ。
「こら、ジョージア! またお前か!」
「いやークリスきたー!」
騒ぎを聞きつけたのか、今度はクリストファーが乱入してきた。
「お前はいつもそうだ! 出陣前に酒を飲むのはやめろと言っただろう!」
「へへーん、わたさーねーぜー!」
「ジョージア!」
酒壺を取り上げようとするクリスと、それを阻止しようとするジョージアがもつれあう。
クリスがジョージアの腕をつかんだ瞬間、二人のバランスが崩れた。
ざぱー!
「あ」
クリスが、頭から酒をかぶった。クリスはしばらく立ちすくんでいたが、ぐらっと揺れたかと思うと床に崩れ落ちた。
「クリスさん!」
「あっははは、クリスもそうなっちゃカタナ……シ……」
ジョージアも崩れ落ちた。グースカいびきをかいている。
「もおぉ……」
エレナががっくりと肩を落とした。
「え、えと、どうなったんだ?」
「クリスさん、お酒は一滴も飲めないのよ」
「ああ、それで……」
「ジョージアさんはわたしが何とかするから、クリスさんを頼んでいい?」
「あ、うん」
カイはクリスを助け起こした。朦朧としているが、まだ意識はあるようだ。
「ああ、すまない……うっぷ」
「だ、大丈夫ですか」
クリスに自分の肩を貸し、カイはよたよたと部屋を出た。
「へ、平気だ……部屋に寝かせてくれ……」
何とかクリスの部屋にたどりつく。ベッドにゆっくり寝かせた。
「苦しい……」
腕を目元に当てて、クリスがつぶやく。きっちりシャツを着ているせいだろうか。
「ちょっと失礼。襟元、ゆるめますよ」
カイはクリスの首元に手を伸ばした。シャツの襟に通されたリボンをほどき、ボタンを外す。
「へっ!?」
ぱらり、と白いシャツの前が開いて――カイはすっとんきょうな声を上げた。クリスの体には、コルセットががっちり締められている。そしてそれが圧迫しているのは、まぎれもなく女の乳房乳房だった。
「う、ん……」
「お、おんなっ? クリスさんって、女だったの!?」
アワアワとカイは手をさまよわせる。女とわかった以上、さわるのはためらわれた。
「カぁぁぁぁイぃぃぃ?」
ズゴゴゴゴ……と地鳴りが聞こえた気がした。カイはぴた、と動きを止める。
「エレ、ナ?」
「心配だから見に来たのに……何してるの、カイ!」
「ま、待って! 違う! これはちょっとした手違いで!」
ごんっ。
殴打音が響いた。
「うう……だから誤解なんだよ。僕は、てっきり男の人だと思ってて」
「どうしてそう思ったの?」
「だってクリストファーって男の名前じゃないか!」
「あ……そういえばそうね」
カイの部屋に戻って、カイはエレナから詰問されていた。頭にわかりやすいタンコブをつけている。
「ごめんね、わたしたちには周知のことだったから」
「いや、むしろ早めにわかってよかったよ……。ウルペースさんも、女性なんだよね?」
「ええ」
カイはふう、とため息をついた。
「バルバ隊は女だらけ」その噂は本当だった。男はカイとベリンダだけだ。ベリンダは自分を男だとは思っていないだろうが。
「わたしが言うのも変なんだけど……女性もいろいろだから、気をつけてね。特にジョージアさんはよく男の人をからかってるから」
「ああ、うん。そうだと思ったよ」
カイはあの豊満な肉体を思い出して、頬を染めた。
それを見て、エレナがぽつんとつぶやいた。
「やっぱり……おっきいほうがいいのかな」
「え、おっきい?」
「…………」
「…………」
「ご、ごめんね! もう戻るね!」
「あ、うん! 何か、こっちもゴメン!」
夜は夜であわただしい。
カイはすっかり、置いてけぼりの憂鬱を忘れていた。
初出:2014年甲午03月05日




