第十一話
魔王と人間との戦いは、実に五百年にわたって続いていた。
五百年よりすこし前、人類の高度な文明が滅びたのち、突如として闇から生まれた者たちがいる。それが魔物だ。魔物たちは魔王に統率され、世界を恐怖で支配した。
その支配のさなか、人間の中に勇者が生まれた。勇者は魔物を倒し、魔王を追い詰めた。魔王は闇に隠れ姿を消した。
勇者は弱体化していた人間の小国群を統一し、国土を復興させ、帝王となった。それがアダマース帝国の始まりである。
それからまた百年ほどして、魔王が復活した。帝国の領土を切り取り、魔王領として支配した。世界の半分が、ふたたび魔物の世界となった。
それから人間と魔王は、おたがいに押され押し戻されを続けている。
「オリュザは無霊地域。変わりないわね?」
「間違いないのヨネ。どうやっても、オリュザの様子を精霊術では見れないカラ」
それでも、人間も魔物も相手にしない土地がある。両者の力の根源である、精霊のいない地域だ。なぜそんな地域が生まれるのか。それはいまだ謎に包まれている。
「さて、今回の出陣に連れていく人間を決めるわよ」
「全員、ではないのですか?」
「いろいろ、事情があるからね」
ベリンダはバルバ隊の面々だけを集め、準備にとりかかっていた。
「ウルペースはロサに残りなさい」
「連れていかないのか、レディ?」
「アタシたちの留守のあいだ、魔物の襲撃がないとも限らないし。精霊の結界を解くわけにはいかないわ」
「それに、精霊術の使えない場所に行っても、ウチら役立たずネ」
「レイとライは?」
「連れていくわ」
「え、でも……」
「常軍の連中を守るには、ね」
ベリンダは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「何とかバネン将軍を誘導して、常軍の連中は精霊のいる地域に残るようにするわ。そこで精霊の結界を作るの。だから、レイとライは必要」
「必要なのー」
「まもるのー」
双子はキャッキャと笑う。事の深刻さをわかっているのかいないのか。
(だけど……レディは優しいところもあるんだな)
あれだけ不満を垂れていたのに、ガッルス隊を守ると言う。退魔将軍としての責務だとしても、カイはそこに彼女のカリスマ性を見る。
「それからエレナ、そしてカイはロサに残りなさい」
「えっ!?」
「レディ、それはどういうことです!?」
その命令は心外だった。カイがベリンダにつめよる。
ベリンダは眉一つ動かさなかった。
「エレナは先日、ガデューカ相手に無駄な危険を冒した罰よ」
「……!」
「命をいたずらに無駄にする者は許さない。頭を冷やしなさい」
「はい……」
エレナの落胆は目に見えていた。
「それからカイは、オリュザを恐れているから」
「え……!?」
「その名を聞いた時、明らかに動揺してるわね。緊張して、体が固くなってる。恐怖があるからよ。だから身がすくみ、憎しみにかられて暴走する恐れがある」
「そんな! あ、あなたはバルバ隊にいれば、僕の姉も探す手伝いになるって……」
「我慢なさい。オリュザが安全な地になったら、必ず連れていってあげる。だから今は」
「嫌です! 連れていってください! 僕は恐れたりしません!」
カイは食い下がった。
「納得できないならこうしましょう。カイ、今からアタシと勝負なさい。アタシに一太刀でも浴びせられたら、連れてってあ・げ・る」
「望むところです!」
「カイ、だめよ!」
エレナがカイの腕をつかむ。
「エレナ、お願いだ。やらせてくれ。僕だって腕には覚えがある!」
石畳をひいた中庭へと、全員が移動した。
「ほーんじゃ、木刀で軽くいこうぜ」
ジョージアが審判役になったが、今ひとつやる気が感じられない。
「はじめー」
間の抜けた合図とともに、カイとベリンダが対峙する。
ベリンダがスッと目を細めた。その瞬間、ルビーの瞳がカイを射すくめる。
(何だ、この迫力!)
「スキありっ!」
ベリンダが打ちこんでくる。
カイはそれを防ぎ、逆に切り返す。木刀のぶつかる音が高らかに響いた。
「ふふ、この程度? じゃあ、これはどう!?」
「うわっ!?」
大剣を得物とするベリンダの一撃は、腕が痺れるほど重かった。カイは一気に押される。
「ハッ!」
ガッとひときわ大きな音とともに、カイは思い切りうしろへ突き飛ばされた。
間合いが開く。ベリンダが木刀を捨て、助走をつけて飛ぶ。空中で一回転し、両脚を広げてカイへ突進する。
「うぶ!?」
防御するヒマもなかった。顔面への衝撃とともに、カイは仰向けに倒れた。すぐさま起きようとしたが、頭をがっちりホールドされている。
「あ、あ……?」
「アタシの勝ち? 負けを認める?」
ベリンダの楽しげな声が降ってくる。
そこでカイは、頭をホールドしているのがベリンダの太ももだと気づいた。
「うぎゃああああ!」
二人は、俗にいう顔面騎乗のポーズになっていた。もちろん、乗っているのがベリンダ、乗られているのがカイだ。
「ほーらほらーもっと締めちゃうわよー」
「ぎゃあああ! やめてください! 参りました! ああ当たってる当たってる!」
ジタバタ足をばたつかせる。
ジョージアやウルペースはケラケラ笑い、エレナは赤面して頭を抱えていた。
「はい、レディの勝ち。わかりきってだけど、面白かったや」
「留守番のあいだは、勉強とでもしてらっしゃい。レオナルドには話しておくから、何か仕事が回ってくるかもしれないけど。ね、エレナ?」
「は、はい」
「あ、その前にアタシらの手伝いもしてね? カイ、聞いてる?」
カイはぶくぶくと泡を噴いていた。
初出:2014年甲午03月05日




