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第十話

 ガッルス隊の面々との会談が終わり、ベリンダたちは一休みしていた。


「結局、出ることになっちまったな」

「領地を取り戻すとなれば、断れません」

「この忙しい時に、面倒ネ」


 最初ベリンダが乗り気でなかったので、配下たちも何となくテンションが低い。

 けれども、ベリンダ本人には心情の変化があったようだ。


「あのサミュエルという男、ステキね」

「えっ」

「あの憂いを秘めた瞳……惹かれちゃうわ」


 ベリンダは両手で両頬を包み、乙女全開のポーズをとった。すこし赤くなった顔にそのポーズは似合う。が、だだっぴろい肩幅でクネクネされると、こちらの顔は真っ青になりそうだ。

 カイの背筋に、ぞく、と悪寒が走った。

 ベリンダのせいではなかった。クリス、ジョージア、ウルペースらのうしろから、凄まじい冷気が立ち上っている。「ズゴゴゴゴ……」と大地が揺れる音もしそうだ


「えっ、何この雰囲気」


 カイは思わずつぶやいた。エレナの顔も引きつっている。


「カイ、エレナ、そばに。クリス、アナタたちは下がりなさい」

「御・意!」


 やたら嫌そうな声だったのは、聞き間違いではないだろう。


「あの、レディ……」

「エレナ、サミュエル殿をお呼びして?」

「は、はい」


 ベリンダはうってかわってウキウキしている。


(なーんかいやな予感がするなぁ)


 エレナが件の男を連れてくる。

 男――サミュエルは一礼した。パチン、とベリンダが扇子を閉じる。そこで彼女の雰囲気が変わった。


「単刀直入に言うわ」


 浮かれていた名残は微塵もなく、ベリンダは剣に似た真顔で尋ねる。


「どういうネタで、バネン将軍を説得したの?」

「それは……我が帝国領オリュザに、魔物が棲みついたのですから、それを退治し奪われた土地を回復するのが」

「嘘おっしゃい」


 ベリンダは切り捨てる。


「アタシを誰だと思ってるの? 退魔軍序列第四位バルバ隊将軍ベリンダ・ヴァレリア・ローズノットよ」


 ベリンダがパラリと扇子を開き、目元だけで笑った。


「バネン将軍は、魔物退治にオリュザなんかに出兵するタマじゃないわ。だってオリュザは、領地として回復する意味がないのだから」

「!?」


 カイは思わず声を上げそうになった。

 エレナがそっとカイの腕を押さえ、自制を促す。


「オリュザは無霊地域なのよ」


 無霊地域――精霊のいない場所。

 精霊とは空気や水の中にいる目に見えない存在だ。天地の生命を守護しているという。

 けれども世界は広い。精霊が存在しない地域がある。人々はそれを「無霊地域」と呼んで、決して住もうとはしなかった。


「無霊地域は、死の世界。水は流れても浄化されず、草木は大きくならず、風も吹かない澱んだ場所よ。取り戻しても仕方がない」


 カイは血の気が引いていた。


(僕の故郷が、死の世界に……)


 風の噂で聞いたことはあった。けれどもこうもバッサリ「価値がない」と言われると、悲しい。心が凍てつくようだった。


「正直におっしゃい。バネン将軍は、何の目的でオリュザに行くの?」


 ルビーの瞳が、まっすぐにサミュエルを射すくめる。

 サミュエルはしばしその視線にさらされていたが、やがて小さくため息をついた。


「……古代文明の秘宝」

「!」


 ベリンダの目の色が変わった。


「オリュザが無霊地域となったのも、それが原因ではないかと」


 ベリンダは何か知っているようだが、カイには何のことかわからない。


(秘宝……? 何のことだろう?)


 すごそうなのだけはわかる。

 ベリンダが身を乗り出した。


「どうやってその情報を手に入れたの?」


 サミュエルは籠手を外し、袖をまくった。


「その入れ墨は!」


 サミュエルの腕には、漆黒の文様が刻まれていた。獣の爪でかき切られた傷を思わせる、禍々しいものだ。文様の周囲の皮膚はひきつり、痛々しい。


「退魔将軍ならご存知でしょう。これは、魔王軍が奴隷に施す毒印です」

「アナタ、奴隷だったのね」

「ええ。一年前まで」


 サミュエルは自分の過去を語り始める。


「私はもともと帝国軍の兵士でした。しかし戦闘中に孤立し、捕らわれて奴隷に……以来十数年、辱めを受けました」


 その顔の火傷はハッタリではない。彼もまた、壮絶な人生を送ってきたのだ。


「魔物は人間を家畜としか思っていません。逃げるとも考えない。だから平気で、奴隷の前で、次に襲う場所や目的を話しているんです。私は従順な奴隷のふりをして……さまざまな情報を集めました」

「そして脱走して、また帝国軍に戻ったと」

「はい」

「その顔の火傷はそのときの?」

「魔王軍からの追及を逃れるため、人相を変える必要がありました」

「みずから焼いたのね」

「はい」


 豪胆な男だ。そして淡々とした話の中に、魔物への憎しみが見え隠れする。

 カイもエレナも同じだ。魔物への消えぬ憎しみが、彼らの心の底に通っている。


「今もこの毒印は消えることがありません。私はいつこの毒が身を蝕み、私が私でなくなるのか……不安でたまらないのです」


 まくった袖を戻しながら、サミュエルは初めて弱音を吐いた。


「古代文明は、今の魔物でも人でもない、そもそも精霊術ですらない秘術……『魔法』を持っていたといいます。その術なら、あるいはこの呪いを解けるかもしれない」

「ふむ……」

「もしそうであれば……これは人間にとって福音です。同じように奴隷となった者を、この忌わしい毒の呪いから解き放つことができる!」

「それで、その秘宝のほかに金銀財宝もあるってバネン将軍を説得したのね」

「……はい。しかし、それも嘘ではありません」

「その財宝の前に立ちはだかる魔物は?」

「マリーヤ・ガデューカ。ご存知でしょう」

「ええ」


 妖女ガデューカ。美女とヴァイパーの姿を持つ魔物。


「一筋縄ではいかないわね」

「はい。ですから、貴女のお力が必要なのです。貴女は――」

「だいたいわかったわ。話してくれてありがとう」


 ベリンダはすっと立ち上がった。優雅な仕草で、サミュエルの肩にふれる。


「アナタ、ガッルス隊には惜しいわ。アタシの隊に入らない?」

「光栄です。しかし、今はバネン将軍にご恩があります」

「義理がたいのね。ますます気に入ったわ」


 ベリンダはますま嬉しそうに笑顔を深めた。


「今は、と言ったわね」


 今は駄目だ。しかし将来ならいい。サミュエルはそう言ったのだ。


「いつか必ず、アタシの思うとおりにする。心変わりしないでね、サミュエル・ディーアス」

「貴女のおっしゃる通りに」


 サミュエルは跪くと、ベリンダの手の甲にキスをした。

 カイは思わず目が点になった。サミュエルの所作は、まるで高貴な姫君に対する騎士のそれだ。ベリンダの筋骨隆々の体格を見れば、彼女が女でないことくらいすぐにわかるだろうに。


(大人の世界って、キビしいのかな……)


 思わず遠い目になる。

 と、侍女が入ってきてベリンダに何か告げた。


「サミュエル、ガッルス隊に納品する武具がそろったわ。バネン将軍を、陳列室に連れてきてもらえるかしら?」

「わかりました」

「アタシたちも行きましょう。カイ、エレナ、おいで」


 サミュエルと別れ、陳列室へ向かう。ジョージアが荷物を運び込ませていた。

 ベリンダは退魔将軍・ロサ領主であるとともに、こうした武具の商人でもあるそうだ。帝国中から注文を請け負い、その利益は莫大なものだという。

 間もなく、デルロイやアンジェリーナがやってきて荷を確かめ始めた。


「見事に革鎧ばっかり注文したな。レディが『しみったれ』って言うのもうなずけるぜ」


 ジョージアが小声でつぶやく。


「あれ、安いものなんですか?」

「まあロサの武具としては、安価な部類には入るかな。でも粗悪品(やすもん)じゃないぜ。素材も最高、技術も手間も最高、値段は帝都の数倍だぜ」

「へえ……」


 カイは、二人の将軍に目をやった。

 さんざんデルロイへの不満を垂れていたベリンダが、気味の悪いほど丁寧に応対している。商売人の裏表を見た気分だ。


「しかし……やはり革鎧では不安が残るか」


 荷物を確かめたデルロイがつぶやいた。


「魔物を相手にするのでしたら、もうすこしよい武具(もの)をお着けになった方がようございます。こちらのテッスイギュウの鎧などよろしゅうございますわよ」


 ベリンダは彫像のひとつが着る、鈍色(グレー)の鎧を示す。


「うむ……見事なものだ。だが、もうすこし安くはならんか?」

「ウチは職人の技術と手間に正当な報酬を与える方針ですの。安いものをお求めなら、帝都の量産工房にご用命なさいませ」

「な、なら、あとから必ず払う! この出兵が見事成功すれば、莫大な金が入る見込みなのだ。その時に支払うから……」

「いつもニコニコ現金払い、前金五割で仕事確実! も、ウチの方針でして」


 ベリンダは明らかに鼻白んでいた。扇子をヒラヒラさせながら、のらりくらりとデルロイの要求を躱している。


「ねえ!」


 アンジェリーナが声を荒げた。


「この出兵は皇帝陛下のご命令なの! 武具くらい譲ってくれてもいいでしょ!?」

「それとこれとは話が違いますのよ、姫君」


 わがまま姫も、薔薇の瞳はサラリとかわす。


「退魔将軍として最大限の努力はいたします。でも、この武具に関しては、ガッルス隊とロサの工房との売買契約ですわ。新しい武具をお求めなら、改めて対価をいただきませんと」

「結局、お金なの!?」

「地獄の沙汰を、お金である程度どうにかしてさしあげようというのです。この上なく良心的ですわよ?」


 ベリンダは泰然としているが、またピリピリした空気が漂い始めた。

 ジョージアあたりは思い切りデルロイを睨んでいる。

 そこにサミュエルが割りこんだ。


「注文通りの品、感謝します。残りの支払いは、すぐに届けさせましょう」

「お買い上げありがとうございました。また次もご用命くださいね?」


 とたんにベリンダはニッコニコーと最上の笑顔になる。礼はデルロイに向かっていたが、明らかにサミュエルを意識していた。

 それで終わればよかったのだが……。


(な、何か寒くなってきた!)


 カイはまた悪寒を感じた。例によって、ジョージアあたりから冷気が出ている。


(前途多難だなぁ)


 その時、彼はまだ自分にふりかかる多難を予想していなかった。

初出:2014年甲午01月24日

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