表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チャックのあるヒロインはいかがですか?  作者: 遊雨季
後日譚「着ぐるみを脱いだ後に」
34/37

「新妻奇遭曲~後編~」

 小屋の中は、まさに―――――地獄のようだった。



   ◇◇◇



 ………別に、ジークが誘拐犯達をいきなり血祭りにした訳ではない。

 雰囲気の話だ。


 ジークは魔王のようなオーラを発しながら、ジッとこちらを見つめている。

 ちなみに、私と誘拐犯の2人はあまりの恐怖に凍り付いて動けなかった。




「ちょ、ちょっと、先に行かないでくださいよ、団長!!」

「ぎゃーっ!?扉っていうか、壁そのものが壊れそうなんですけど!?」


 ジークに続いて小屋の中に入ってきたのは、騎士団の人達だった。

 何人か見覚えのある人もいるので、たぶんジーク直属の部下だろう。


「うわぁ…。ほんとに誘拐しちゃってるよ、団長の奥さん」

「この国にまだ、こんな強者(チャレンジャー)がいたとは…」

「自殺志願者か?頼むから、死ぬなら俺達の迷惑にならないところで勝手に死んでくれ」


 騎士達は口々に話しながら、誘拐犯達を観察している。

 ……その目に、憐みが浮かんでいるように見えるのは気のせいではないだろう。


 何だか、ずいぶんと大事になってるみたいですね。


 小屋の中に入ってきてから、まだ一度も言葉を発していないジークを見る。


 ……………み、見るんじゃなかった。て言うか、怖っ!!

 こんなに怒ってるジーク初めて見ました。


 ジークは普段から尊大で、宰相サマに対しても敬語など使わない。たぶん国王に対するときも同じだろう。

 そんな彼だが、実は怒ることはほとんどない。

 実際、私は出会ってから一度もジークが怒っている姿を見たことがなかった。

 …“アノ”神官長を切り刻んでいるときですら、イラついてはいても怒ってはいなかったのだ。


 そんなジークが怒っている。………それも、ものすごく。


「ジ、ジーク……」

「……………」


 意を決して、声を掛けてみたが何の反応も返って来なかった。


 ……っ!?ジークが私を無視した!?

 いつもは、どんなに邪険に扱っても甘ったるい顔で話しかけてくる、あのジークが!!


「ハルカ」

「はいっ!?」


 突然、ジークに名前を呼ばれ、思わず声が裏返ってしまった。

 ……どれだけ緊張してるんだ。


「怪我はないか?」

「ないです。…何の危害も加えられていません」

「………そうか」


 そう呟いたジークは、目に見えてホッとしていた。

 ずいぶんと心配を掛けてしまったらしい…。


「ごめんなさい」


 自然に、その言葉が口から漏れていた。


「お前の所為ではないだろう。気にするな。………無事で良かった」


 そう言って、ジークはいつものように甘い、けれど優しい顔で微笑んでくれた。


「今、そこのゴミを始末してやるからな」


 ええっ!?


「わああぁ!!団長、ダメですって!!」

「いくらなんでも、殺すのはマズイですよっ」


 先程からビミョーに居心地の悪い雰囲気に晒され続けていた騎士達が騒ぎ始めた。

 しかし、殺気立っているジークに近づく猛者はいない。


「罪人とはいえ、さすがに無抵抗の者を殺すのはどうかと思いますが…」

「そうですよ、団長。俺達の仕事は捕縛までですって。と言うか、誘拐未遂で死罪は重過ぎですよ」

「団長が勝手に罪人を殺しちゃったら、始末書を書かされるのは副団長なんですよっ。あの人、これ以上仕事増やされたら、マジで吐血しちゃうから!!」


 騎士達は、必死にジークを止めようとしている。………言葉で。


「煩い、黙れ」


 しかし、ジークの不機嫌MAXな声に騎士達はピタリと口を閉じた。

 おい、もうちょっと頑張れよ。


 ジークは剣を構えながら、私に一瞬だけ視線を向ける。


「ハルカ、血を見るのが嫌なら目を瞑っていろ。大丈夫だ、すぐに終わらせる」


 ………それ、微笑みながら言うセリフじゃないですよ。

 ほんとに怖いです。


 私はジークの言葉に従い、スッと目を閉じた。


「えええぇぇっ!?」

「なんで、そんな“申し訳ない”って顔して目ぇ閉じてんですかっ!?」

「うわぁ、躊躇いなく見捨てた……。さすが団長の奥さん」


 ウルサイですね。

 こんな状態のジークに逆らう程、命知らずじゃありませんよ。

 そんなに言うなら、自分達で止めたら良いんです。身体を張って。


「団長っ!!ほんっとに待ってくださいぃ~!!!」

「団長の奥さんも!マジで止めてくださいよっ!!」

「おいこら、そこの誘拐犯。なに腰抜かしてんだっ!さっさと逃げろよ!」


 …………………。

 わぁ、ものすごくカオスな状況ですね。


 魔王のようなオーラで剣を構えいるジーク。

 ジークが怖過ぎる所為か、すでに気絶しかけの誘拐犯2人組。

 そんな2人を必死で逃がそうとする騎士達。


 ………うん。どう見ても、ジークのほうが悪です。



   ◇◇◇



「団長を止めてください。お願いします」


 思いの外、近くから声が聞こえたことに驚いて目を開けると、騎士の1人がずいぶんと近づいて来ていた。………ジークを刺激しないようにか、1mくらいは離れていたが。


「あなたにしか団長は止められません」

「いや、私でも無理です」

「大丈夫です!団長はあなたの言うことなら聞きます!!」


 一体、何を根拠に。 

 私に押し付けるのはやめてください。


 チラリとジークのほうを見ると、いつの間にか騎士達に取り囲まれていた。………完全に犯人ポジションが入れ替わっている。

 ジークの目の前にいる騎士など今にも泣きそうだ。…あっ、殴られた。


「このままでは、犯人より先に俺達が殺されてしまいます」

「……………」

「お願いします!!」

「………はぁ。分かりました、一応やってみます。でも、止められないかもしれませんよ」

「ありがとうございます!!…あなたに止められなかったら、もう諦めるしかありません」


 諦めるのかよっ!?


 


 仕方がないので、ジークを説得するべく近付いていく。

 後ろにいる騎士からの期待を一身に受けながら、ジークに声を掛けた。


「ジーク」

「どうした、ハルカ」


 何人かの騎士を殴り飛ばしながら、ジークは私を見る。

 ……剣で切らないだけマシなのだろうか。

 今殴られた人、首が変な方向に曲がっていたが大丈夫か。


「ジーク、もうやめてください。殴られる騎士の人達も可哀想でしょう」

「邪魔をするこいつらが悪い。お前が気にする必要はないぞ。それとも、…どこかのバカにでも頼まれたのか?」


 鋭い。

 今のセリフを聞いた後ろの騎士は、きっと蒼褪めていることだろう。

 一応、否定しておいてあげよう。


「ちがいますよ。騎士の人達は関係ありません」

「なら、どうした?あそこのゴミが死んだところで、別に困らないだろう」

「あの人達は、別に私を誘拐しようとした訳じゃないんです。これは、その、ちょっとした手違いと言うか………」


 くっ、良い言い訳が思い浮かばない。

 というか、あの2人組は現行犯だからどんなに言い繕っても無駄な気がする…。


「ハルカ。そんなゴミを庇う必要はない。

 仮に、そこのゴミ達が何の罪も犯していないとしても、関係ない。俺が、その存在を許さんだけだ」


 うん。やっぱり、説得とか無理。


「ギャーっ!!諦めるの早いッス!!!」

「奥さん、頑張って!皆の命が掛かってるっ!!」


 騎士達から熱い声援をもらってしまった。

 ……いや、この人相手にどう頑張れと。


「やはりあのバカ共か。先にあいつらを黙らせて来る」


 ああっ、矛先が騎士達に向いてしまった!


「ジーク、本当にやめてください」

「いくらお前の頼みでも聞けないな。あいつらは未だしも、そこのゴミはハルカに手を出したんだ。許す訳がないだろう」

「手を出された私が、良いって言ってるんですよ」

「………チッ」


 今、小さく舌打ちしませんでしたか。


「お前に危害を加えるつもりだったヤツらを許すのか」

「危害なんて加えられていません。彼らも初めから、私に怪我をさせるつもりなんかなかったんです」

「ハッ、誘拐しておいてか」

「だから、それは手違いなんですって」


 ジークは胡散臭そうに私を見る。


 う~ん。

 やっぱり、こんな理由じゃあ納得しませんよね。


 何だか面倒になってきたので、とりあえず念を込めてジッと見つめてみた。


「……………」

「……………」

「…………はぁ。俺は、お前に甘いな」


 ジークの溜め息に思わず笑顔が漏れてしまった。

 勝った!


「そんなの、今更ですよ」

「………。この場で処罰することはしない。だが、そいつらが犯罪者であることは変わらん。

 このまま連行して、然るべき罰を与える。それで良いな」

「はい。ありがとうございます」

「………はぁ。帰るぞ」


 差しのべられたジークの手を取りながら、思う。


 ………この人は本当に、私に甘い。



 私達の後ろで、騎士達が“団長の奥さん怖い。てか、甘ったるい団長とかマジで怖い”と震えていたのは見なかったことにした。



   ◇◇◇



 あの後、不幸な誘拐犯2人組はあそこにいた騎士団の人達に“無事”連行されていったらしい。


 連行されるとき“彼らがものすごく安心した顔をしていたのが印象的だった”と騎士達が言っていた。………犯人のくせに、それでいいのか。

 いや、気持ちは分かるが。確かにジークは怖かった。


 ひょっとして、彼らの言っていた噂もあながち間違いじゃないのかも。

 ………怖いので、深く考えるのはやめておこう。




「いやぁ、でも奥さんが無事でマジ良かったッス!」


 騎士の1人が明るく話し掛けて来た。


「そうそう。奥さんがいなくなったって知ったときの団長は、ほんっとうに怖かった」

「マジで魔王でも現れたのかと思った」

「犯人でもない俺達が殺されそうだったよな」


 それを切っ掛けに、他の騎士達も口々に話し出した。


 ………ジークが迷惑を掛けて、本当に申し訳ないです。


 どうやら、騎士団の人達はジークの命令で私のことを街中探し回っていたらしい。

 しかも、攫われたかどうかも分かっていなかったのに…。


「本当にありがとうございました。私の所為でご迷惑を掛けてしまって」

「そんなことないッスよ」

「ええ、むしろ団長を止めてくださって本当に助かりました」

「奥さんが止めてくれなかったら、今頃、あの2人と一緒に俺達墓の中でした…」


 …………。

 み、見捨てそうになってゴメンナサイ。


「しかし、あの団長の奥さんを誘拐しようなんて、強者(チャレンジャー)がこの国にいたとはなぁ」

「ああ。あいつらの名前は、騎士団の歴史に深く刻まれることだろう」


 いや、彼らは私がジークの妻だとは知らなかったんですが。


 何だか騎士団の人達から感心されているが、あの誘拐犯は決して“強者(チャレンジャー)”などではなかった。

 まあ、歴史に名前を刻まれても良いレベルの人達ではあったが。……不幸という意味で。



「あの誘拐犯達はどうなったんですか?」


 私のその質問に、室内の空気が凍った。


 …まさか、死罪になったとかじゃないですよね。

 誘拐未遂の罪がそんなに重い訳ないと思うんですが。


「あいつらは………神殿送りになりました」


 ……………。

 えっ、なんですか。神殿送りって。

 そんなに悲痛な顔で語られる程、厳しい罰なんですか。


「本来ならば、罪人はその罪に相応しい牢へと送られて、罰を受けます。しかし、あいつらは“女神様を誘拐するなど許しがたい大罪です”と怒り狂った神官長が、神殿へと連れて行ってしまったので………」

「……………」


 ………彼らは、本当に不幸な人達のようです。



   ◇◇◇



 あの誘拐騒動以来、ジークがさらに過保護に………なったりはしなかった。

 相変わらず、仕事はサボっているが。………そのうち、本当に副団長の胃に穴が開くと思う。


「ハルカ、街に1人で行くなら、必ず日が暮れる前に帰って来い。あと、人通りの少ない道は避けろ。

 考え事をしながら、フラフラと路地裏なんぞに入るなよ」

「……………」 

「何だ?」

「1人で行くの、止めないんですか?」


 この間はあんなに、街に行くことを渋っていたのに。

 しかも、その後誘拐されてしまいましたし…。


「………1人で息抜きがしたいんだろう。一度許可したことを翻したりはしない」

「ジークって意外と律儀ですよね」

「それに、お前の望みはなるべく叶えてやりたいからな」

「ジーク…。じゃあ、寝室を分けても良いですか」

「却下」

「……………」


 おい、私の望みを叶えたいんじゃなかったのか。


「“なるべく”だと言っただろうが」

「心を読まないでください」


 くっ、殊勝なことを言っても、ジークはジークですね。

 何でそういうことに関してだけは、私の意見を聞かないんですか。………いや、強引で尊大なのは前からでした。


「とにかく、街には好きに行けば良い。今回の件で取り締まりを厳しくしたからな。

 もう、あんなゴミが湧いて出ることもないだろう」

「あっ、ジークもちゃんと仕事してたんですね」

「………お前は、一体俺を何だと思っている。騎士団長として、街の治安を守るのは当たり前だろう」


 ジークは、さも当然のように言っているが嘘くさ過ぎる。

 きっと、頑張って仕事をしているのは命令された部下の人達だけだろう。


 ………はぁ。

 騎士団の皆さん、本当にごめんなさい。



   ◇◇◇



「そういえば、あのときどうやって私を見つけたんですか?」

「カンだ」

「……………」

「部下共が“偵察に行って来るから待っていろ”などとバカなことを言うんでな、面倒になって壁ごとぶち壊して入った」

「……………」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ