「新妻奇遭曲~後編~」
小屋の中は、まさに―――――地獄のようだった。
◇◇◇
………別に、ジークが誘拐犯達をいきなり血祭りにした訳ではない。
雰囲気の話だ。
ジークは魔王のようなオーラを発しながら、ジッとこちらを見つめている。
ちなみに、私と誘拐犯の2人はあまりの恐怖に凍り付いて動けなかった。
「ちょ、ちょっと、先に行かないでくださいよ、団長!!」
「ぎゃーっ!?扉っていうか、壁そのものが壊れそうなんですけど!?」
ジークに続いて小屋の中に入ってきたのは、騎士団の人達だった。
何人か見覚えのある人もいるので、たぶんジーク直属の部下だろう。
「うわぁ…。ほんとに誘拐しちゃってるよ、団長の奥さん」
「この国にまだ、こんな強者がいたとは…」
「自殺志願者か?頼むから、死ぬなら俺達の迷惑にならないところで勝手に死んでくれ」
騎士達は口々に話しながら、誘拐犯達を観察している。
……その目に、憐みが浮かんでいるように見えるのは気のせいではないだろう。
何だか、ずいぶんと大事になってるみたいですね。
小屋の中に入ってきてから、まだ一度も言葉を発していないジークを見る。
……………み、見るんじゃなかった。て言うか、怖っ!!
こんなに怒ってるジーク初めて見ました。
ジークは普段から尊大で、宰相サマに対しても敬語など使わない。たぶん国王に対するときも同じだろう。
そんな彼だが、実は怒ることはほとんどない。
実際、私は出会ってから一度もジークが怒っている姿を見たことがなかった。
…“アノ”神官長を切り刻んでいるときですら、イラついてはいても怒ってはいなかったのだ。
そんなジークが怒っている。………それも、ものすごく。
「ジ、ジーク……」
「……………」
意を決して、声を掛けてみたが何の反応も返って来なかった。
……っ!?ジークが私を無視した!?
いつもは、どんなに邪険に扱っても甘ったるい顔で話しかけてくる、あのジークが!!
「ハルカ」
「はいっ!?」
突然、ジークに名前を呼ばれ、思わず声が裏返ってしまった。
……どれだけ緊張してるんだ。
「怪我はないか?」
「ないです。…何の危害も加えられていません」
「………そうか」
そう呟いたジークは、目に見えてホッとしていた。
ずいぶんと心配を掛けてしまったらしい…。
「ごめんなさい」
自然に、その言葉が口から漏れていた。
「お前の所為ではないだろう。気にするな。………無事で良かった」
そう言って、ジークはいつものように甘い、けれど優しい顔で微笑んでくれた。
「今、そこのゴミを始末してやるからな」
ええっ!?
「わああぁ!!団長、ダメですって!!」
「いくらなんでも、殺すのはマズイですよっ」
先程からビミョーに居心地の悪い雰囲気に晒され続けていた騎士達が騒ぎ始めた。
しかし、殺気立っているジークに近づく猛者はいない。
「罪人とはいえ、さすがに無抵抗の者を殺すのはどうかと思いますが…」
「そうですよ、団長。俺達の仕事は捕縛までですって。と言うか、誘拐未遂で死罪は重過ぎですよ」
「団長が勝手に罪人を殺しちゃったら、始末書を書かされるのは副団長なんですよっ。あの人、これ以上仕事増やされたら、マジで吐血しちゃうから!!」
騎士達は、必死にジークを止めようとしている。………言葉で。
「煩い、黙れ」
しかし、ジークの不機嫌MAXな声に騎士達はピタリと口を閉じた。
おい、もうちょっと頑張れよ。
ジークは剣を構えながら、私に一瞬だけ視線を向ける。
「ハルカ、血を見るのが嫌なら目を瞑っていろ。大丈夫だ、すぐに終わらせる」
………それ、微笑みながら言うセリフじゃないですよ。
ほんとに怖いです。
私はジークの言葉に従い、スッと目を閉じた。
「えええぇぇっ!?」
「なんで、そんな“申し訳ない”って顔して目ぇ閉じてんですかっ!?」
「うわぁ、躊躇いなく見捨てた……。さすが団長の奥さん」
ウルサイですね。
こんな状態のジークに逆らう程、命知らずじゃありませんよ。
そんなに言うなら、自分達で止めたら良いんです。身体を張って。
「団長っ!!ほんっとに待ってくださいぃ~!!!」
「団長の奥さんも!マジで止めてくださいよっ!!」
「おいこら、そこの誘拐犯。なに腰抜かしてんだっ!さっさと逃げろよ!」
…………………。
わぁ、ものすごくカオスな状況ですね。
魔王のようなオーラで剣を構えいるジーク。
ジークが怖過ぎる所為か、すでに気絶しかけの誘拐犯2人組。
そんな2人を必死で逃がそうとする騎士達。
………うん。どう見ても、ジークのほうが悪です。
◇◇◇
「団長を止めてください。お願いします」
思いの外、近くから声が聞こえたことに驚いて目を開けると、騎士の1人がずいぶんと近づいて来ていた。………ジークを刺激しないようにか、1mくらいは離れていたが。
「あなたにしか団長は止められません」
「いや、私でも無理です」
「大丈夫です!団長はあなたの言うことなら聞きます!!」
一体、何を根拠に。
私に押し付けるのはやめてください。
チラリとジークのほうを見ると、いつの間にか騎士達に取り囲まれていた。………完全に犯人ポジションが入れ替わっている。
ジークの目の前にいる騎士など今にも泣きそうだ。…あっ、殴られた。
「このままでは、犯人より先に俺達が殺されてしまいます」
「……………」
「お願いします!!」
「………はぁ。分かりました、一応やってみます。でも、止められないかもしれませんよ」
「ありがとうございます!!…あなたに止められなかったら、もう諦めるしかありません」
諦めるのかよっ!?
仕方がないので、ジークを説得するべく近付いていく。
後ろにいる騎士からの期待を一身に受けながら、ジークに声を掛けた。
「ジーク」
「どうした、ハルカ」
何人かの騎士を殴り飛ばしながら、ジークは私を見る。
……剣で切らないだけマシなのだろうか。
今殴られた人、首が変な方向に曲がっていたが大丈夫か。
「ジーク、もうやめてください。殴られる騎士の人達も可哀想でしょう」
「邪魔をするこいつらが悪い。お前が気にする必要はないぞ。それとも、…どこかのバカにでも頼まれたのか?」
鋭い。
今のセリフを聞いた後ろの騎士は、きっと蒼褪めていることだろう。
一応、否定しておいてあげよう。
「ちがいますよ。騎士の人達は関係ありません」
「なら、どうした?あそこのゴミが死んだところで、別に困らないだろう」
「あの人達は、別に私を誘拐しようとした訳じゃないんです。これは、その、ちょっとした手違いと言うか………」
くっ、良い言い訳が思い浮かばない。
というか、あの2人組は現行犯だからどんなに言い繕っても無駄な気がする…。
「ハルカ。そんなゴミを庇う必要はない。
仮に、そこのゴミ達が何の罪も犯していないとしても、関係ない。俺が、その存在を許さんだけだ」
うん。やっぱり、説得とか無理。
「ギャーっ!!諦めるの早いッス!!!」
「奥さん、頑張って!皆の命が掛かってるっ!!」
騎士達から熱い声援をもらってしまった。
……いや、この人相手にどう頑張れと。
「やはりあのバカ共か。先にあいつらを黙らせて来る」
ああっ、矛先が騎士達に向いてしまった!
「ジーク、本当にやめてください」
「いくらお前の頼みでも聞けないな。あいつらは未だしも、そこのゴミはハルカに手を出したんだ。許す訳がないだろう」
「手を出された私が、良いって言ってるんですよ」
「………チッ」
今、小さく舌打ちしませんでしたか。
「お前に危害を加えるつもりだったヤツらを許すのか」
「危害なんて加えられていません。彼らも初めから、私に怪我をさせるつもりなんかなかったんです」
「ハッ、誘拐しておいてか」
「だから、それは手違いなんですって」
ジークは胡散臭そうに私を見る。
う~ん。
やっぱり、こんな理由じゃあ納得しませんよね。
何だか面倒になってきたので、とりあえず念を込めてジッと見つめてみた。
「……………」
「……………」
「…………はぁ。俺は、お前に甘いな」
ジークの溜め息に思わず笑顔が漏れてしまった。
勝った!
「そんなの、今更ですよ」
「………。この場で処罰することはしない。だが、そいつらが犯罪者であることは変わらん。
このまま連行して、然るべき罰を与える。それで良いな」
「はい。ありがとうございます」
「………はぁ。帰るぞ」
差しのべられたジークの手を取りながら、思う。
………この人は本当に、私に甘い。
私達の後ろで、騎士達が“団長の奥さん怖い。てか、甘ったるい団長とかマジで怖い”と震えていたのは見なかったことにした。
◇◇◇
あの後、不幸な誘拐犯2人組はあそこにいた騎士団の人達に“無事”連行されていったらしい。
連行されるとき“彼らがものすごく安心した顔をしていたのが印象的だった”と騎士達が言っていた。………犯人のくせに、それでいいのか。
いや、気持ちは分かるが。確かにジークは怖かった。
ひょっとして、彼らの言っていた噂もあながち間違いじゃないのかも。
………怖いので、深く考えるのはやめておこう。
「いやぁ、でも奥さんが無事でマジ良かったッス!」
騎士の1人が明るく話し掛けて来た。
「そうそう。奥さんがいなくなったって知ったときの団長は、ほんっとうに怖かった」
「マジで魔王でも現れたのかと思った」
「犯人でもない俺達が殺されそうだったよな」
それを切っ掛けに、他の騎士達も口々に話し出した。
………ジークが迷惑を掛けて、本当に申し訳ないです。
どうやら、騎士団の人達はジークの命令で私のことを街中探し回っていたらしい。
しかも、攫われたかどうかも分かっていなかったのに…。
「本当にありがとうございました。私の所為でご迷惑を掛けてしまって」
「そんなことないッスよ」
「ええ、むしろ団長を止めてくださって本当に助かりました」
「奥さんが止めてくれなかったら、今頃、あの2人と一緒に俺達墓の中でした…」
…………。
み、見捨てそうになってゴメンナサイ。
「しかし、あの団長の奥さんを誘拐しようなんて、強者がこの国にいたとはなぁ」
「ああ。あいつらの名前は、騎士団の歴史に深く刻まれることだろう」
いや、彼らは私がジークの妻だとは知らなかったんですが。
何だか騎士団の人達から感心されているが、あの誘拐犯は決して“強者”などではなかった。
まあ、歴史に名前を刻まれても良いレベルの人達ではあったが。……不幸という意味で。
「あの誘拐犯達はどうなったんですか?」
私のその質問に、室内の空気が凍った。
…まさか、死罪になったとかじゃないですよね。
誘拐未遂の罪がそんなに重い訳ないと思うんですが。
「あいつらは………神殿送りになりました」
……………。
えっ、なんですか。神殿送りって。
そんなに悲痛な顔で語られる程、厳しい罰なんですか。
「本来ならば、罪人はその罪に相応しい牢へと送られて、罰を受けます。しかし、あいつらは“女神様を誘拐するなど許しがたい大罪です”と怒り狂った神官長が、神殿へと連れて行ってしまったので………」
「……………」
………彼らは、本当に不幸な人達のようです。
◇◇◇
あの誘拐騒動以来、ジークがさらに過保護に………なったりはしなかった。
相変わらず、仕事はサボっているが。………そのうち、本当に副団長の胃に穴が開くと思う。
「ハルカ、街に1人で行くなら、必ず日が暮れる前に帰って来い。あと、人通りの少ない道は避けろ。
考え事をしながら、フラフラと路地裏なんぞに入るなよ」
「……………」
「何だ?」
「1人で行くの、止めないんですか?」
この間はあんなに、街に行くことを渋っていたのに。
しかも、その後誘拐されてしまいましたし…。
「………1人で息抜きがしたいんだろう。一度許可したことを翻したりはしない」
「ジークって意外と律儀ですよね」
「それに、お前の望みはなるべく叶えてやりたいからな」
「ジーク…。じゃあ、寝室を分けても良いですか」
「却下」
「……………」
おい、私の望みを叶えたいんじゃなかったのか。
「“なるべく”だと言っただろうが」
「心を読まないでください」
くっ、殊勝なことを言っても、ジークはジークですね。
何でそういうことに関してだけは、私の意見を聞かないんですか。………いや、強引で尊大なのは前からでした。
「とにかく、街には好きに行けば良い。今回の件で取り締まりを厳しくしたからな。
もう、あんなゴミが湧いて出ることもないだろう」
「あっ、ジークもちゃんと仕事してたんですね」
「………お前は、一体俺を何だと思っている。騎士団長として、街の治安を守るのは当たり前だろう」
ジークは、さも当然のように言っているが嘘くさ過ぎる。
きっと、頑張って仕事をしているのは命令された部下の人達だけだろう。
………はぁ。
騎士団の皆さん、本当にごめんなさい。
◇◇◇
「そういえば、あのときどうやって私を見つけたんですか?」
「カンだ」
「……………」
「部下共が“偵察に行って来るから待っていろ”などとバカなことを言うんでな、面倒になって壁ごとぶち壊して入った」
「……………」




