「新妻奇遭曲~前編~」
私の目の前にいるのは………どうやら不幸な人達のようです。
◇◇◇
私がジークと結婚してから3週間が経った。
若干、流された感のある結婚ではあったが、それなりに幸せな新婚生活を送っている。…たぶん。
「ダメだ」
そう言って、ジークは私のお願いを一言で切って捨てた。
「どうしてですか?」
「街に行きたいなら俺が連れて行ってやる。まして、1人で行くなど論外だ」
「私は、小さい子どもじゃないんですよ。街くらい1人で行けます。
だいたい、ジークは仕事があるでしょう?」
ここ数日、副団長が悪い顔色をさらに悪くしながら書類を持って来てるの、知ってるんですからね。
一体、いつまで“新婚休暇”なんてふざけた休みを取るつもりですか…。
「別に、仕事などいつでもできる」
「…私、結婚してからジークが仕事に行くのを見たことがないんですが」
「……………」
おいっ!
やっぱりかっ!やっぱり、この3週間一度も仕事に行っていなかったんだな!!
「ジーク、あなたはちゃんと仕事に行ってください。
街には私1人で行きます。私だって、たまには1人で息抜きしたいんです」
「………………」
「………………」
「………はぁ」
先に沈黙に耐えられなくなったのはジークのほうだった。
……気付いてはいたが、この人は私に甘い。ものすごく甘い。
「わかった。俺は仕事に行ってくる。
…街に1人で行っても良いが、必ず日が暮れる前に帰って来い。あと、人通りの少ない道は避けろ」
ジークはその後も外出時の注意事項を繰り返し説明してきた。
だから、私は小さな子どもじゃないですってば。
◇◇◇
あの可笑しな着ぐるみを神獣と崇めているだけあって、このハイディングスフェルト王国は至って平和な国である。
ジーク曰く、この国の犯罪率の低さは世界でも1、2を争う程だとか。
……そんなに平和なのに、なぜ私1人での外出を渋るんだ。
「あれ、今日は1人かい?団長様はどうしたんだい?」
たまたま通りがかった露店のおばさんが声を掛けてきた。
「ジークは仕事に行かせましたよ。私はちょっとした息抜きです」
「あははっ!嬢ちゃんにかかると団長様も形無しだあねぇ」
そう言って、おばさんは楽しそうに笑う。
街にはジークと何度も来たことがあったが、その度にこうして声を掛けられることが多かった。
ジークは意外と街の人達から好かれているらしい。
どこに行っても、ほとんどの人が笑顔で話しかけて来る。
ジーク自身も、決して愛想が良いとは言えないが、街の人達に対する当たりは悪くなかった。
騎士団長として信頼されてるんでしょうね。
この国は平和だが、やはり犯罪がない訳ではない。
犯罪を未然に防ぎ、取り締まるのは騎士団の仕事である。その騎士団の団長であるジークは、街の人達にとっては尊敬できる人なのだろう。
………3週間も仕事をサボっていたが。
「ほら、これでも食べていきな!」
おばさんから売り物の串焼きを貰い、一口かじる。
美味しい!
ここの串焼きは本当に絶品ですね。
串に刺した鶏肉の表面をカリッと焼き、コクのあるタレに付け込んだ簡単なものだが、驚く程に美味しい。街に来ると必ず食べる、私の好物の1つである。
おばさんにお礼と素直な感想を伝え、2本目の串焼きを手に入れてから、私はまた街の散策へと戻った。
う~ん。どこに行きましょうか。
この間行ったケーキ屋さんも良いですが、アイスクリーム専門店も捨てがたい…。
そんな考え事をしていた所為だろうか、私はいつの間にか人通りの少ない路地へと入り込んでしまっていた…。
「へっへっへ、大人しくしてもらおうか、お嬢ちゃん?」
「何、じっとしててくれるなら危害は加えない」
「………………」
リアルに“へっへっへ”って笑う人、初めて見た…。
それが、この不幸な誘拐犯達に会ったときに抱いた感想だった。
◇◇◇
私は、路地裏らしきところから古ぼけた小屋へと連れて来られていた。
ガラの悪い2人はあまり手慣れていないのか、モタモタしながら私の手を縛っている。
………これ、ちょっと力を入れて動かしたら外れそうなんですが。
「いいか、声を出さずに大人しくしていろ」
「なぁに、オレ達は善良な誘拐犯だ。イイ子にしてりゃあ、傷なんて付けねぇよ」
………善良な誘拐犯って何だ。
私を誘拐したらしい2人組は、見るからに悪人と言う風情だった。
1人は先程、頭の悪そうな笑いを披露してくれた目の下に隈のある不健康そうな男。もう1人は、スキンヘッドで筋骨隆々といった感じの大男である。
とりあえず、この国の騎士団は職務質問をしないらしい。
見るからにアウトな外見だと思うのだが…。
「おい、怖がってんのか?安心しろ、ほんとに何もしねぇから。
ただ、アンタの家からほんのちょっと身代金ってヤツを頂くだけさ」
そんなことを聞いて安心できる人がいるのだろうか。
まあ、私に限って言えば、特に不安を抱いてはいないのだが。
「いえ、大丈夫です。お気遣いなく」
「………………。アンタ、ずいぶんと肝が据わってんだな」
私の平然とした態度に、誘拐犯達は少々戸惑っているようだ。
いや、だって。この人達は私の家族、つまりジークから身代金を取ろうとしているんですよね。
一応、あの人は王立騎士団団長ですよ。
………分が悪いどころじゃないと思うんですけど。
「まあ、話が早くて助かる。じゃあ、まずアンタの名前と家の場所を教えてもらおうか」
「えっ!?」
「何だ?」
「私のこと、何も知らないのに誘拐したんですか?」
あなた達、正気ですか?
「ああん?アンタのことなんざ、知らねぇよ。
金持ちそうなナリで、1人でフラフラ歩いてたから目ぇ付けただけだ」
目の下隈男が面倒くさそうに言う。
………………。
バ、バカだ。この人達は救いようのないバカだ。
ジークに恨みがあるとか、そんなことではなく、ただ目に付いた私を誘拐しただなんて。
なんて運が悪いんだ……。
「ほら、さっさと名前と家の場所を言わねえか」
「………ハルカ。私の名前はハルカです。
夫は――――ジークフリート・フォン・シリングス」
そう告げた瞬間の彼らの表情は、絶望の一言に尽きた。
「ジ、ジークフリートと言うのは、あの騎士団長の?」
スキンヘッドの男が蒼褪めた顔で問いかけてくる。
「はい、そのジークフリートです」
私は、何だか申し訳ない気持ちで頷いた。
◇◇◇
その部屋の空気は、お通夜よりも鬱々としていた。
私がジークの妻であると伝えてから、彼らは放心したかのように動かなくなった。
「あの、大丈夫ですか?」
もう30分は、何の反応もしていない彼らに控えめに声を掛けてみる。
「「………………」」
返事がない。ただの屍のようだ。
「ええっと、とりあえず私を解放してくれませんか?」
「………はは、短い人生だった…」
ダ、ダメだ。完全に絶望しちゃった目をしてる。
というか、目の下隈男は目を開けたまま気絶してませんか?
「あの、ジークのことだったら私が適当に誤魔化しておきますから」
私の言葉に顔を上げた2人は、力なく首を振った。
「ありがとうよぉ、嬢ちゃん。アンタは優しいなぁ」
「気持ちだけ受け取っとくよ……。
あの騎士団長が、自分の妻を誘拐したヤツを生かしておく訳がない」
「いや、いくらジークでも話くらいは聞いてくれると思いますが」
問答無用で殺しに来たりはしないと思いますよ。………自信はありませんが。
「下手な慰めはいらねぇ!!“アノ”騎士団長だぞっ!!
目付きが気に入らねえって、部下の目ん玉刳り貫いたり、母親の腹ん中から赤ん坊を引きずり出すような男だぞっ」
「きっと死んだほうがマシだ……」
「………………………」
2人は口々にそう言って、ガタガタ震えている。
私は、そんな恐ろしい男の妻になっていたのか……って、いくらジークでもそこまで極悪非道ではないはずだ。
何だ、その悪魔みたいな男は。
神官長が捏造した噂でも流しているのか。
「ええっと、ジークはそんな人ではないですよ」
ここは、妻として弁解しておくべきだろう。
だが、今や生きる気力を失ってしまったらしい2人は、私の言葉に淡く微笑んだ。
………しかし、悪人面だからか、儚い笑顔がまったく似合わなかった。
「いいんだよぉ、もういいんだ……。悪事に手を染めてまで金を儲けようなんて考えた罰が当たったんだ」
「………いや、確かにその通りなんですけどね」
どうやらジークは、自らの噂話だけで悪人を更生させてしまえるらしい。
ある意味、騎士は天職なのかもしれない…。
「お嬢ちゃんには本当に悪いことをしたな。詫びにもならないが、家まで送らせてくれ」
「………あなた達は、どうするんですか?」
「自首するよ。罪を犯したんだ、仕方ねぇ…」
ううっ、何だか色々間違っているような気もしますが……一応、この人達も反省している訳ですし、ここは見逃してあげても良いですよね。
もう犯罪に手を出したりもしないでしょうし。
「あの、私は別に怪我をした訳でもありませんし、今回の事はお互いにためにもなかったことにしましょう」
この誘拐事件(?)がジークにバレたら、私も今後、確実に1人での出歩きが禁止されてしまいますし。
ジークの過保護に拍車が掛かること請け合いです。
「アンタ、何て良いヤツなんだっ!!」
「め、女神だっ!!」
2人は今にも祈り始めそうな勢いで私を見つめている。…涙目で。
全然、覚悟決まってなかったんじゃないですか…。
何だか良い感じに話がまとまり掛けたとき…。
『ガッシャーン!!』
ものすごい音とともに小屋の扉………と言うよりも、もはや扉のあった壁ごと破壊されていた。
破壊の衝撃による土煙がもうもうと立ち込める中―――――その人は現れた。
暗黒よりもドス黒いオーラを背に。
「ハルカを返してもらおうか」
私の旦那様は、見たこともないような恐ろしい形相で立っていた。




