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チャックのあるヒロインはいかがですか?  作者: 遊雨季
小話「チャックを開けてみませんか?」
30/37

「王子の冒険」

 地味王子レオンハルト、まさかの主役2回目!?

 ………クリフに存在感を食われていないことを祈ります。

 王宮の南に位置する森の中に、幼い少年の声が響き渡る。


「兄上ーっ!!ど、どこですかーっ!?」


 ハイディングスフェルト王国第3王子レオンハルトは、絶賛遭難中であった。



   ◇◇◇



 彼の不幸は、2番目の兄クリストフのある提案から始まった。


「レオン、冒険の旅に出かけるぞ!」


 この国の第2王子であるクリストフは、兄弟の中で最も性格が父親に似ていた。…迷惑なことに。

 そして、その迷惑の最大の被害者は間違いなく弟のレオンハルトだった。


「あ、兄上?どうしたんですか、突然。…先生が“自習しておきなさい”って言っていましたよ。

 勝手に遊びに行ったりしたら、また怒られてしまいますっ!」


 レオンハルトは兄に付き合わされ、毎日のように怒られている不憫な少年であった。

 

 彼は“また怒られるのはイヤだ”とばかりに首を振っている。

 しかも、怒られるのはなぜか自分ばかりなのだ。そんな理不尽は耐えられない。…ちなみに、クリストフは要領よく逃げ切っていた。

 

 しかし、弟の言葉に従うようなクリストフではない。


「何を言っているんだ、レオン。

 あの教師(ジジィ)は“自習”をしておけと言ったんだぞ。自習とは自ら学習することだ。

 そして、旅とは社会勉強の1つだ!冒険の旅に出かけることも勉強だ!!」

「ええ~っ!?そ、そうだったんですか!?」


 そんな訳あるか。


 兄のなんちゃって屁理屈に丸め込まれるレオンハルト。

 彼は、今まで何度も兄の言うことを真に受けて痛い目に遭ってきたのだが、全く学習していないようだ。

 まあ、ある意味素直なのかもしれない。…バカが付く程の。


「そうだぞ、知らなかったとは情けない」

「うっ、すみません」

「まあ良い。レオン、お前ももう8歳だ。父上も“若かりし頃はよく旅に行っていた”らしい。

 僕らも、尊敬する父上のように旅に出ようではないか!」


 確かに、国王アレクサンダーは“よく”旅に行っている。…王になってからも頻繁に。


 クリストフは尊敬するべき人を間違っているのかもしれない。

 というか、尊敬するべきところを間違っている。

 

 遊びに行く前に勉強しろよ。


 尤も、“尊敬する父上のように”というフレーズは少年の胸に響いてしまったらしい。

 彼も父親を尊敬しているようだ。


「…っ、はいっ!!」


 レオンハルトは、兄に向って元気いっぱいに返事をした。 

 …もう少し自分で考えるようにした方が良いよ。

 



 ―――こうして、2人は旅に出ることになったのだった。



 ◇◇◇



 大きな木々が生い茂るその森は、昼間であっても薄暗くどこかひんやりとしていた。

 

 ここは、王宮から2㎞程離れた“眠りの森”と呼ばれる場所であった。…別に美女の死体があったり、茨の城がある訳ではない。ただ、催眠効果のある薬草が群生しているだけだ。


「兄上、何だか薄気味悪いです…」 


 レオンハルトは兄の服の裾をしっかりと掴みながら、不安気に森の奥を見つめる。


 子どもの足で2㎞もの距離を歩いて来たわりに疲れた様子はない。

 意外と体力があるのだろうか。…まあ、いつもクリストフに引っ張り回されていれば当然かもしれない。


「おおっ、予想以上だ!!

 きっと、この森には何か秘密があるに違いない!」


 クリストフは、そんな弟の様子に気づくことなくキラキラと輝く瞳を森へと向けていた。


 実は、彼が冒険の旅の行先をこの森に決めたのは“危ないから子どもは近寄っちゃいけません”と言う大人達から秘密の匂いを嗅ぎ取ったからだった。

 ちなみに、“危ない”のは入り組んだ深い森であるからであって、決して“何か秘密”があるからではない。


「さあ、行くぞ!付いて来い、レオン!!」

「ちょ、ちょっと待ってください、兄上~」


 クリストフとレオンハルトは冒険への記念すべき第一歩を踏み出した。

 ………弟の方は、完全に腰が引けていたが。




「あ、兄上ぇ~っ!!」


 冒険を開始して、約2時間が経過した。


「兄上ぇ~、兄上ぇ~!」


 レオンハルトは1人、泣きながら森の中を彷徨っている。

 そう、彼は不幸なことに兄とはぐれてしまったのだ。


 小さな彼にとってはこの森の木々はとても大きく、今にも襲いかかって来そうな程不気味に見えた。

 しかも、夜が近付くにつれ辺りの暗さは増してきている。


「うわあぁぁ~!!兄上、どこですか~!!」


 とうとう恐怖が限界に達したのか、レオンハルトはその場に蹲ってしまった。


「兄上のバカーっ!おたんこなすっ!方向音痴っ!!」


 どうやら、さすがに兄に対する文句が出てきたらしい。

 ………遅過ぎる気もするが。


 そんな悪口が聞こえたからではないだろうが、諸悪の根源たるクリストフが現れた。


「コラ、誰が方向音痴だ。勝手に迷ったのはお前だろう」

「…っ!?あ、兄上っ!!」


 レオンハルトが顔を上げた先には、呆れたような兄の顔があった。


「兄上っ、どこに行っていたんですか!?」 

「ん?森のもっと奥の方だ。虹色に輝く滝など、なかなか珍しいものがあったぞ!」


 ………………。

 兄の方は、本当に冒険の旅をしていようだ。

 なんて行動力のある11歳なんだ、末恐ろしい…。


「わ、私を置いて行くなんてヒドイですよっ!」

「あはははっ」


 レオンハルトの尤もな抗議をクリストフは笑って誤魔化した。

 …決して、笑い事ではない。


「まあまあ、良いじゃないか。細かいことは気にするな」


 それはお前が言って良いセリフじゃないぞ、クリストフ。


 レオンハルトもそう思っているのか、どことなく不満気な顔をしている。

 唇を尖らせて、兄を睨んでいるが………涙目なのが悔しいところだ。


「さあ、これからどうするか…」

「ええっ!?帰るんじゃないんですか?」


 思案気に呟いた兄に、レオンハルトは驚きの声を上げる。


 そろそろ日も暮れてきており、今から王宮へと帰っても夕食には間に合わないだろう。

 下手をすると夜中になってしまうかもしれない。


「ふむ、しかしだな弟よ」

「……………」


 クリストフの改まった顔に嫌な予感がする。

 この兄がこんなふうに話を切り出すときは碌なことがなかった。


「僕は、帰り道など分からないぞ」

「……………………」


 彼らの冒険はまだまだ続くようだ。



   ◇◇◇



 遭難2日目となった今日、レオンハルトは空腹との壮絶な戦いの真っ最中であった。


『ぎゅるるるぅぅ』


 なんの鳴き声だ、というような音が彼の腹から絶えず聞こえてきている。


「お、お腹減った…」


 レオンハルトは王宮を出発してからマトモに食事を取っていなかった。

 つまり、昨日の朝食が最後の食事だったのだ。


「全く、情けないヤツだ。

 そんなに腹が減っているなら、どうして僕が捕ってやった兎を一緒に食べなかったんだ?」


 そう、なんとクリストフは夜のうちにお手製の罠を作り、見事兎を捕まえて見せたのだ。


 ………コイツは本当に11歳なのか?

 学習する項目が偏り過ぎているだろう。そんなにサバイバルスキルを磨いてどうする。


 しかし、弟には兎を食べるのはハードルが高かったようだ。


「…っ、あんなに可愛い生き物を食べるなんてっ!…わ、私にはできません」


 まあ、肉の状態になっているならまだしも、つぶらな瞳をした小動物を食べるのには抵抗があって当然だ。

 まして、レオンハルトはまだ8歳の少年。

 もし嬉々として兎を食べたなら、むしろ情操教育に問題がある。


「ふぅ、ワガママなヤツだな。豚や牛は食べるのに、兎はダメなのか?

 好き嫌いは良くないぞ」

「…………もう、良いです…」


 仕方がないとばかりに首を振る兄に、レオンハルトはもう文句を言う元気もなかった。


 しかし、クリストフの教育係は誰だ。

 コイツの情操教育には多大な問題があるだろう。責任者、出て来い!


「大丈夫だ、レオン!優秀な騎士団がすぐに助けに来てくれるさ!!

 このそうなん…冒険の旅もあとちょっとだ」


 おい、今遭難って言いかけただろ。

 どこが旅なんだ。完全に救出待ちの迷子じゃないか。


『ぎゅるるるぅぅ』

 

 森の中に、レオンハルトの腹の虫がどこか物悲しげに響いている。


「……………」

「……………」

「うん、僕が何かレオンにも食べられる物を探して来よう!」


 さすがのクリストフも罪悪感を感じたのかもしれない。

 彼は、もう話す元気もなくなってしまったレオンハルトのために食糧を探しに森の中へと入って行った。




 レオンハルトが空腹で目眩を感じ始めた頃、クリストフは漸く帰って来た。

 ………少なくとも3時間は経過しているぞ。何してたんだ、一体。


「いやぁ、遅くなって悪かったな。

 だが、この優秀な兄がお前も食べられそうなモノをちゃんと捕って来てやったぞ!」


 レオンハルトには、そう言ったクリストフの背に後光が差して見えた。

 …そろそろ正常な判断力がなくなってきたのかもしれない。


「あ、兄上っ、ありがとうございますっ!!」

「ああ、好きなだけ食べると良い」


 やっと食事が取れるっ!


 もはや空腹を満たすことしか考えられなくなってきているレオンハルトは、兄が差し出した掌の上にあったモノを見て固まった。


「………………っ」

「んん?どうした、食べないのか?」


 クリストフの掌には………ウネウネと蠢く芋虫がいた。それも大量に。


「あ、兄上………コレは?」

「芋虫だな。他にも何かないかと色々と探したんだが、木の実や果実などは落ちていなかった」

「コ、コレを食べろと…?」

「ああ、そうだ。僕は食べたことがないが、別に食べられないことはないだろう」


 ああ、兎を食べておけば良かった…。


 そのとき、レオンハルトは“可哀想だ”と兎を食べなかったことを心底後悔した。


 しかし、後悔先に立たず。

 彼の目の前にある“(げんじつ)”は決して消えない。


「あ、あの兎とか………」


 一縷の望みを賭けたレオンハルトの問いかけは、兄によって無残にも打ち砕かれた。


「あんなもの、そう簡単に捕まえられる訳がないだろう。昨日は運が良かったんだ」

「………………………」

 

『ぎゅるるるぅぅ』


 レオンハルトの腹が、まるで催促するかのように鳴る。

 目の前にある“食糧”は虫だけ。


 彼は今、究極の選択を迫られていた。


「………っ」




 騎士団の救出部隊が来たのは、その日の夜のことだった。



   ◇◇◇



「で、食べたんすか?」


 リックの質問に、レオンハルトは笑いながら首を横に振った。


「いや、食べれなかったんだ。だから、最終的にクリフ兄上が私の口に押し込んで食べさせた」

「………それは、お気の毒です」


 その場面を想像したのか、カイルが少し顔を青くしながら慰めの言葉を口にした。


「そんなことはないぞ。あのとき虫を食べさせられなかったら、私はきっと空腹で倒れていた。

 兄上の判断は正しかったんだ」


 そのときのことを思い出すように、懐かし気な表情になるレオンハルト。

 ………そんな、穏やかな顔で語るような思い出話ではないだろう。絶対に。


「えっ、でも、その後にすぐ救出されたんだろ?」

「しかもクリストフ殿下は、自分だけ兎を食べてますね」

「………鬼畜」


 小声でささやき合う3人に気付いていないのか、レオンハルトは兄との“冒険の旅”の結末について話し出す。


「騎士団に見つけてもらって、漸く王宮へ帰ることができたんだが、なぜか私だけが怒られたのだ。

 どうやら、説明に行き違いがあったらしく“兄上は私を助けに行った”ことになっていた」


 ……………。

 それは、クリストフの言い訳に利用されたのでは…。


「「「………………」」」


 あまりの第2王子の所業に、3人は言葉もないようだ。


「では、レオンハルト殿下が“虫”を食べられるようになったのはそのことが原因ですか?」

「まあ、そうだな。虫の大切さに気付いたというか…」

 

 彼は、何か開いてはいけない扉を開けてしまったようだ。

 幼少期のトラウマとはなんと恐ろしい。


「…ガンバレ」

「クート、それ何に対する励まし?」

「イロイロ」



 なぜか第3王子も参加した、第1小隊の野営訓練の夜はこうして更けていった。 




 拍手小話も8個目を更新してますよ!


 あっ、あとメッセージ欄の下に、簡易アンケートも新しく付けているので、読みたい話があったらボタンを押してもらえると嬉しいです。

 


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