おまけ「副神官長のライオン」
“副神官長素敵”って拍手でもらったので、調子に乗って書きました。
副神官長視点で「神官長のライオン様」の後日譚です。
―――デカい猫を引き取ることになった。
◇◇◇
久々の休日だ。
どっかのバカの所為で、最近休めなかったからな。…さて、何をするか。
わざわざ神殿ではなく城下に家を持っているのだから、たまには好きなことをしても許される気がする。…普段、鬱陶しい幼馴染のお守りもしていることだし。
休日の計画を立てていたら、いきなり扉が開かれた。
「レイっ!!ライオン様はどこですか!?」
コイツは他人の部屋の扉を壊す気だろうか。
いつも、いつも思っているが、傍迷惑なヤツである。
「アレン、近所迷惑だ」
戸口にいるアレンを“黙れ”とばかりに睨む。
「………すみません。少々、興奮してしまったようです」
少々?…まあ、いつも――女神サマがいるときよりはマシかもしれない。
神話オタクなのは元からだが、最近は前より酷くなっているんじゃないか。…変態性が。
「それで、ライオン様はどこにいらっしゃるのですか?」
ちっ、忘れてなかったのか。
アレンは自分の好きなものが絡むと面倒臭いので、正直相手をしたくない。
あのデカい猫ならあそこにいるが…、コイツに言うと騒ぎそうだ。
しかし、黙っている訳にもいかないので、猫のいる場所を指差す。
「アレ」
「……ああ、ライオン様!!なぜそんな隅に!?」
部屋をウロチョロしていたため“邪魔だ”と言ったら、勝手に隅に移動した。
…賢い猫だ。
「躾だ、躾」
「神獣であるライオン様に対して、躾とは…」
「ガウッ」
「ラ、ライオン様…」
長くなりそうなアレンの話を猫が遮った。
…本当に賢い猫だ。今日のメシは奮発してやろう。
「“神獣”じゃなくて“珍獣”だろうが。いい加減、諦めろ」
「…分かってはいます。しかし、私にとってライオン様が神獣であるということは変わりません」
本当に分かってはいるのだろう。
女神サマやあの騎士団長なんかには誤解されていそうだが、アレンはバカであっても愚かではない。
ただ、自分の中の“神”という存在が明確なだけだ。
そうでなければこんな変態とは縁を切っている。
「俺にとってはソイツはただのデカい猫だ。…それでも良いなら好きにしろ」
猫に跪いているだけなら実害はない。…外ではなく室内だから、ということもあるが。
何だかんだで俺はコイツに甘い気がする。
付き合いが長過ぎるのも考えものだ。
「ええ、ありがとうございます」
そう言って、すぐに猫に跪いた。
祈りを捧げているようだが、この姿を人に見られたら神殿が怪しい宗教団体だと誤解されそうだ。
もう、放っておこう。
そう決めて俺は外に出た。………幼馴染とペットを残して。
◇◇◇
「レイナルド様」
「何だ、ロイスか」
街を歩いていたら、神官長補佐のロイスに声を掛けられた。
なぜか、大量の荷物を持っている。
袋の中から覗いているのは……砂と動物のエサ?
「ロイス、それは何だ?」
「ああ、これですか?これは私のお姫様の食餌ですよ」
「…お姫様?………。そういえば、猫を飼ってるんだったか」
ロイスは大の動物好きで黒猫を飼っている、と聞いたことがある。
彼が神殿入りしてすぐに神殿に動物――猫や犬、小鳥などだろう――が増えたらしい。十中八九、ロイスの所為だ。しかも、彼は実家からペットを連れて来ていた。
ロイスの行動は、神殿で生き物を飼うのはどうなのかという物議を醸しだしたが、普段のんびりとしている彼が鬼気迫る勢いで抗議したため、神殿ではペットの飼育が可能になっている。
最近は神殿の案内にも“ペット可”と書かれているらしい。…どこの宿だ。
「ええ、黒猫のミリアです。ものすごーく、可愛いんですよ」
何だかデレデレしている。まるで、1人娘を持つ父親のようだ。
この場合も親バカっていうのか?……いや、飼い主バカ?
「そうか、いつか機会があれば会ってみたいものだな。
………ところで、ロイス。俺に猫の飼い方を教えてくれないか?」
「もちろん構いませんが……。その“猫”というのは、もしやライオン様のことですか?」
「ああ」
俺が頷くと、なぜかロイスは渋い顔をした。
「あのライオン様を猫の飼い方で飼うのは、少し無理があるのではないでしょうか…」
「そうか?」
「参考までにお聞きしたいのですが、餌は何を?」
「生肉」
「………………」
微妙そうな顔をされるが、そんな顔をされる覚えはない。
「女神サマに聞いたら“生肉じゃないですか”と言われたんだ。異世界の生き物らしいし、下手なものを食わせる訳にもいかんだろうが。……いかにも生肉食いそうだったしな」
「……ま、まあ、見た目がアレですからね」
「ああ、アレだな」
そう、猛獣っぽい。
飼ってみるとなかなか賢くておとなしい猫だと分かるが、初見だと斬り付けそうになる見た目だ。
牙も爪も鋭く、アレンじゃないが、確かに王者のような風格がある。
もう少し躾けたら、神殿の警備に使えそうだな。
「すみません。私ではお役に立てないようです」
「いや、そんなことはない」
「ありがとうございます。―――それより、レイナルド様。もうライオン様に名を付けられましたか?」
「名?……ライオンで良いだろう」
別に猫でも良いが。
「何をおっしゃるんです!“ライオン”というのは種族名だそうですから、きちんとした名を付けて差し上げなければ」
「そう言われてもな……」
「何か候補はないんですか?」
確か、以前に女神サマに聞いた名前があった気がする。
「…女神サマに聞いたところだと、ライオンの名は“レオ”か“シンバ”が普通らしい」
「“レオ”はマズイですね。レオンハルト殿下に対して、不敬ですから」
殿下の名にあやかるにしても、人ではなく獣はマズイ。
この国の王族は気さくな方ばかりであるため、何か言われることはないだろうが、対外的にマズイ。
あと、宰相殿に嫌味を言われるのもマズイ。
ただでさえアレンのことで迷惑を掛けているのだから、これ以上迷惑を掛ける訳にはいかない。…彼もヨシュア殿のような胃痛持ちになってしまう。
「“シンバ”の方はどうだ?」
「変わった響きですね、異世界特有の名でしょうか?」
「ああ、聞いたことのない名だからな。そうかもしれない」
「ライオン様は異世界の生き物ですし“シンバ”が良いのでは?」
「そうだな……」
まあ、猫の名前などどうでも良いし、それで良いかもしれない。
しかし、あの猫には“シンバ”なんていう大層そうな名前は似合わない気がする。
「……そういえば、女神サマが猫の名は“タマ”だと言っていたな」
「“タマ”ですか。なかなか可愛らしい響きですね」
「これの方がアイツには似合う気がする」
「……え」
「よし、あのライオンの名は“タマ”にしよう。
長い間すまなかったな、ロイス。お前のおかげでアレの名が決まった。感謝する」
「いえ、それは良いのですが……」
ロイスは何か言いたそうにしているが、アレンをあまり長時間放置する訳にもいかない。
「すまないが、アレンとタマを放ってきてるから、そろそろ帰るぞ」
「……ええ。お気をつけて」
「ああ、また明日にでも会おう」
そう言って、俺はロイスと別れた。
◇◇◇
現在、ハイディングスフェルト王国に1頭だけしか存在しない珍獣・ライオンは“タマ”という名で登録された。
―――苦労性の副神官長のネーミングセンスが壊滅的であることを知っているのは、幼馴染の神官長だけだった。
ライオンにタマと名付ける男、レイナルド。
……彼はかなりの猛者ですね。




