「神官長のライオン様」
タイトルに「神官長の~」って付いているのに、あんまり神官長が目立っていないという謎。…解せぬ。
新しい神獣サマが降臨したようです。
◇◇◇
ジークと結婚してから1週間が経った、ある日。
王宮を散策していると、宰相に捉まってしまった。
どうやら、私に渡す書類が溜まっていたらしい。
何もここで渡さなくても………邸に来てもジークに追い返されたのかもしれない。
「神殿の要望により、あなたを女神として国民登録しました。………前代未聞ですよ、女神だなんて」
女神を国民登録できたのか。…すごいな、この国。
「これがその証明書です。
詳しいことはそちらの書類を見れば分かりますが、何かあればここの文官に聞いてください。
…聞きにくいようでしたら、私でも構いません」
じゃあ、ローレンスさんに聞こう。
「そして、こちらは“ジークフリートとの婚姻について”です。
ハイディングスフェルト王国の婚姻制度を纏めたものも用意しましたので、参考にどうぞ」
…そういうのは結婚する前に欲しかった。
離婚できないとかだったら、どうしよう。
「コウノ」
何も言わない私をどう思ったのか、宰相は真面目な顔で切り出してきた。
「正直、あなたとジークフリートが結婚するとは思いませんでした。結婚の準備期間もかなり短かったようですし……………あなたは本当にジークフリートとの結婚を承諾していたのですか?」
この人は私の何なのだろう。…父親か?
「まあ、一応?」
「……………………」
私の返答の何がいけなかったのか、彼は渋い顔をしてしまった。
「あなたが納得しているなら良いのです。
……彼はくせの強い男ですが、有事の際には頼りになります。騎士団長として部下や城下の民に慕われてもいますし、地位だけでなく侯爵家の次男という身分もあります」
「…………はあ」
宰相は何がしたいのだろうか。
ジークのフォローか?いや、売り込み?…売り込まれても買う気はないのだが。
そんなことを言われなくても、ジークのことなら分かっているつもりだ。…どうしようもない男だと。
「何より、あなたを愛しているようですし」
宰相の話はまだ続いていたようだ。
しまった、話を聞いていなかった。
「ですから、あなたには妻として彼を支えて頂きたいと……」
『バァーン!!』
宰相の言葉は、突然の闖入者によって遮られてしまった。
この国の人々は扉を破壊したいのだろうか?
「女神様っ!!!お久しぶりですっ!!」
何か白いモノが来たと思ったら、神官長だったようだ。
久しぶりと言われても、正直私は一生会いたくなかった。
彼は相変わらず気持ち悪い。いつ見ても気持ち悪い。
…………勝手に跪かないでください。
「アレン殿。いきなり入って来ないでく…」
「ああ、女神様!!今日も、なんとお美しい……。
あの悪魔と暮らしているとお聞きしてから、このアレン、心労で倒れそうでした」
悪魔ってジークのことですか?
間違いとも言い切れないような……。
「私と共に神殿に行きましょう。神殿ならば悪魔からでもあなたを守れます」
「死んでください」
ああ、言い間違えました。
消えてください。
「………アレン殿、コウノはもうジークフリートの妻ですよ。
神殿に連れて行こうとするのは止めてください」
「女神様があの男と結婚したなどという妄言は信じません!!」
「…………………。あなたのその言葉が妄言です」
だんだんヒートアップする神官長と面倒臭そうに相手をする宰相を見ていると、無性に帰りたくなって来る。
これなら、邸でジークの顔でも見ていたほうがマシだ。
そんなことを思いながら、2人の言い合い(?)を傍観していたのだが……。
『ピッカーン』
眩い光が辺りを包むが、すぐに光は収束した。
何かこの光、見たことあるような…。
「今の光は……窓の外からですね。トラップが発動したのでしょうか?」
「女神様は下がっていてください。もしかすると侵入者かもしれません」
宰相と神官長はそう言って、窓から外の様子を窺った。
窓の外には一匹の獣がいた。
少し遠目からなので分かりにくいが、たぶんライオンだろう。
「あああぁぁ!!!!!あの方はっ!!!」
何故か神官長が叫びだした。…うるさい。
「黄金の鬣!あの堂々たる王者の風格!……まさしく、神獣様!!」
この国には―――いや、神官長の頭の中にはどれだけ神獣サマがいるのだろう。
「アレン殿っ!!窓から外に出ないでください!」
宰相が止めたが、神官長はばっさばっさと裾を翻して向こうへ行ってしまった。
もう、向こう側からそのまま帰って来ないで欲しい。永遠に。
そんなことを思っていると、宰相が話し掛けてきた。
「コウノ。……私は騙されませんよ。アレもハリボテなのでしょう?」
彼はどこまで行っても“迷”探偵だった。
この世界には、ライオンは存在しないのだろうか?
異世界との文化の差はここにもあったようだ。
「あれはハリボテじゃありませんよ。ライオンです」
「ライオン?……アレはあなたの世界の生き物ですか?」
「はい。有名な猛獣ですね」
「…………………。コウノ、私は用事ができました。
アレが何であれ、神殿の対応によっては国としてもアレを“神獣”として認知しなければなりません」
宰相はそう言って去って行ったが、どうせ間違えたのが恥ずかしかったのだろう。
「ああっ!!!神獣様!」
見ていない間に神官長が噛まれそうになっていた。
彼なら噛まれても治癒魔法で勝手に回復するだろうが、一応声は掛けておこう。…聞こえるかどうかは分からないが。
「神官長ー。それはライオンですよー」
「女神様!ありがとうございます!!――この神獣様はライオン様とおっしゃるのですね!!!」
ライオンは種族名だ。
私では彼――たぶんオスだ――の名前は分からない。
「ライオン様っ!!これは私への試練なのですね!」
あ、神官長が噛まれた。まずそうだ…じゃなかった、痛そうだ。
腕が無くなっても生えてくる光景はホラーにしか見えない。
彼はゾンビか何かなのだろうか。
倒れても立ち上がってくる。
「ああっ、ライオン様っ!!あなたから受ける傷なら治らなくても構いません!!!」
……そのまま死ねばいいのに。
神官長はどんどん血塗れに――――。
◇◇◇
血塗れの神官長の周りには騎士達が集まっているが、誰も手を出さない…いや、手を出せない。
今日の当直の騎士が気の毒過ぎる。
「アレンっ!!…お前、いつまで遊んでいるんだ!さっさと帰って仕事しろ」
そこに救世主――もとい、副神官長が現れた。
「レイっ!!ライオン様が、ライオン様が……」
「ああん?……んなもん、知るか。そこの猫も一緒で良いから、行くぞ」
そう言って、神官長とライオンを引きずって行く。
少々キレているのか、いつもより数段口が悪い。
しかし、ライオンも持って帰ってくれるあたりに彼の優しさを感じる。…この後の神官長が面倒臭いだけかもしれないが。
それにしても、ライオンを猫とは……。彼はかなりの猛者のようだ。
「騎士の諸君、うちのバカが失礼した。コレはこの猫ともども神殿で引き取ろう」
最後に、騎士達に礼を言って去って行く。
そんな副神官長を騎士達は感謝の目で見つめ……あ、誰か拝んでいる人がいる。
どうやら、騒ぎは終わったようだ。
「おい、ハルカ。勝手に俺の傍を離れるな」
騎士達の後片付けを何となく見つめていると、いつの間にかジークが隣に立っていた。
勝手に邸を抜け出したのに気付いたらしい。
「ジーク、どうしてここに?」
それにしても居場所がバレるのが早すぎる。……発信機でも付けられているのか。
「アホな宰相から使いが来た。それに、王宮で異変が起これば俺のところに知らせが来る。
また“神獣”が現れたらしいな」
「神獣じゃなくて、ライオン……私が元いた世界の動物です。まあ、神官長は神獣だと言っていたので神殿で認めるのかもしれませんが」
神官長のあの様子だとライオンを手放しそうにないですし。
「ほお、それはよかったな。新しい神獣が手に入ったのなら、あの変態もお前の周りに出没しなくなるかもしれん」
「ぜひ、そうなってほしいですね…」
「ならないようなら、いい加減海にでも沈めてやる」
どんな傷でも回復してしまうらしい神官長を消そうと思ったら、それぐらいしか方法はないかもしれない。………副神官長が潜って助けに行きそうだが。
「もう帰るぞ、ハルカ」
そう言って、手を繋いでくるジークを振り払おうとしたができなかった。
…仕方ない、このまま帰るか。
しかし、王宮での出来事はジークに報告が行くんですね。
次に散策に行くときは街にしましょう。
◇◇◇
結局、あのライオンは神獣として認められなかったらしい。
私が着ていた着ぐるみは多くの文献に載っていたそうだが、ライオンについては地方に伝わるおとぎ話程度にしか載っていなかったため、神殿でも神獣だと認めなかったようだ。
神官長だけが神獣だと言い張っているが、今は珍獣として国に登録されている。
ただし、副神官長に懐いてしまったため、彼が飼うことになってしまった。
―――神官長と副神官長の間に大きいのか小さいのか分からない溝ができるのは、また別の話。
まだまだ人気投票やってますよ!!
この話を読んで「神官長ステキ!」と思った人がいたら、ぜひ投票してあげてください。
いつも読んでくださり、ありがとうございます!!




