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チャックのあるヒロインはいかがですか?  作者: 遊雨季
小話「チャックを開けてみませんか?」
27/37

「結婚前から奥様と呼ばれていたワケ」

 ハルカの正体(?)がバレた日の夜―――。


「おい、ノルベルト。この邸に女を住まわせることにした。近い中に妻にする女だ、そのつもりで準備しろ」

「…かしこまりました」


 突然過ぎる主のセリフにも、ノルベルトはいつも通りの無表情で答えた。


 妻?………まさか、噂の神獣だろうか。

 神獣を“妻”になどできるのか?

 …まあ、何であれ、それがジーク様の望みであるならば叶えるだけだ。


 ジークフリートの有能な執事は内心そんなことを思いながら、主の命令に従い部屋を出て行った。

 …彼が神獣の中身について知るのは、この数日後である。



   ◇◇◇



「へえぇ~。旦那様が連れて来た美人さん、噂の“女神様”なんですか」


 パウルはのんびりとそう言った。


「ええっ!?そうなんッスか!?

 …女神様って、神殿にいるんじゃなかったんッスか?」

「あはは、攫って来ちゃったのかもしれませんねぇ」


 不安気な顔をしたトーマスの言葉に彼は朗らかに笑う。

 …その内容は、決して笑えるようなものではないが。


「それってヤバイッスよっ!!笑い事じゃないッスよ」

「トーマス、そんな訳がないでしょう。

 女神様はジーク様を選ばれたのです。まあ、当然のことですが」


 そう言って、2人の上司たるノルベルトは“女神様”の説明を始めた。


 ちなみに、彼は主至上主義である。ジークフリートがこの世で1番素晴らしいと言って憚らない。

 ………その盲目的なところは、どこぞの神官長に似ているかもしれない。


「ジーク様はあの方を妻になさるおつもりです。あなた達もそのつもりで女神様にお仕えするように」

「“妻に”って、女神様と結婚するつもりなんスか?

 ………騎士団のトトカルチョって、まだ間に合うんッスかね?」 

「間に合いますよ。僕、一昨日賭けて来ましたから。

 しかし、ジーク様が結婚されるとはねぇ。意外と言うか、何と言うか…」


 しかし、2人は上司の話をよそに“騎士団のトトカルチョ”の話題で盛り上がっていく。


「パウルさん、ズルいッス!何でオレを誘ってくれないんッスか」

「いやぁ、だってトーマス君はジーク様に賭けるんでしょう?

 僕の儲けが減っちゃった嫌ですから」

「ヒドイっ!!…つか、オレは王子に賭けちゃいました」

「………ドンマイ」

「ええっ!?な、何かダメなんスか、あの人。

 …女の人って、ああいうキラキラした顔好きじゃないッスか」

「ああ、トーマス君知らなかったんですか?殿下は、あんなお顔で虫を食べたりする人ですよ。

 なんと言うか………残念な人なんです」

「…え?」


 どうやら、王宮の外にまで王子の残念っぷりは伝わってきているようだ。

 まあ、王子の実態を知っていても“何か可哀想”と賭けている騎士達もいたりするが。


「いい加減にしてください。いつまで無駄話をしているつもりですか。

 …いいですか、女神様はこの邸の奥方となられるお方です。くれぐれも失礼のないように。

 結婚式まであまり日がありませんし、しっかりと働いてください」


 ノルベルトの言葉にトーマスは首を傾げる。


「日がないって、いつの予定なんッスか?」

「1か月後です」

「はあぁ!?1か月ぅ!?

 旦那様って一応侯爵家の次男ッスよね。そんな急ごしらえな式とかありなんッスか?」


 そう、ジークフリートは由緒ある侯爵家の次男坊であり、この国の王立騎士団団長である。

 普通ならば、招待客の選別や案内状の送付だけでもかなりの時間が必要なのだ。

 ただ式場を準備すれば良いというものではない。


「もちろん式は侯爵家の名に恥じないものにしますとも。

 ジーク様の結婚式なのですよ。当たり前です」


 当たり前に無茶なことを言ってのけるノルベルトは、どこまでもジークフリート第一であった。

 彼は、主がやれと言ったらどんなことでも実行する男だ。




「でも、そのためにはジーク様の恋を成就させないと」


 そんな3人の会話に割って入ったのは、この邸のメイド長を勤めるマーラであった。

 ちなみに、ノルベルトの姉でもある。


「姉さん」


 突然の姉の登場にノルベルトは戸惑った声を上げる。…表情は全く変わらないが。

 しかし、彼女は弟の様子を無視して話を続ける。


「ハルカちゃんは、別にジーク様と結婚するつもりはないみたいだし。

 さっさと外堀から埋めて行かないとダメよ」

「ハルカちゃんって、誰ッスか?えっ、外堀…?」


 トーマスは話に付いていけないらしく頭の上に疑問符を浮かべている。

 だが、やはりマーラは相手の様子を気にすることなく答えた。

 ………彼女はかなりマイペースな人のようだ。


「女神様のお名前よ。教えてもらったの」

「…そんなことより、女神様に“ジーク様との結婚の意思がない”とはどう言うことですか?

 ジーク様は妻となる女性だと仰っていましたが」


 ノルベルトには、女神の名前よりも“ジーク様の結婚話”の方が気になるようだ。


「ジーク様の言うことを真に受けるんじゃありません。

 たぶん、それは“妻にしたいと思っている女性”って言うだけだと思うわ。

 別に結婚の約束をしているとかじゃないみたいだし」

「ええっ!?じゃあ、ほんとに神殿から攫って来ちゃったんッスか!?」


 マーラの衝撃(?)発言にトーマスは顔色を変える。

 …もしそうなら、神官長が邸を襲撃しに来るかもしれない。


「………今すぐ、邸の結界を強化しましょう」


 ノルベルトも同じ考えに至ったのか、緊張を孕んだ声でそう言った。


 本当に女神を誘拐したのなら間違いなくジークフリートの方が悪なのだが、彼の頭にはそんな考えはないのだろう。

 どこまでも主のために生きる男、ノルベルト。


「あはは、本当に攫っちゃったんですねぇ」

「もう、バカなことばかり言わないの。パウルさんも2人を煽らないでください。

 いくらジーク様でも攫って来たりはしないわよ。…多少強引だったかもしれないけど」


 マーラの言葉にあからさまにホッとする2人。

 …パウルがどことなくつまらなそうなのは、たぶん目の錯覚だ。


 ちなみに、ことの真相は“親切ぶって言いくるめた”だった。


「はぁ、話が逸れちゃったじゃない。

 良い?ハルカちゃんは別にジーク様と結婚する気はないらしいの」

「ええっと、じゃあ旦那様の“片思い”ってことッスか?」


 あのジークフリートが片思い………に、似合わない。

 なぜだろう、寒気がしてきた。


「そんなっ!?ジーク様を好きにならない女性などいませんっ!」 

「うーん。まあ、脈はあるみたいなのよね」


 無表情で興奮している弟を無視して、マーラは自分の考えを話す。


「え、脈アリなんですか?つまらないですねぇ。

 振られて落ち込むジーク様とか、ちょっと見たかったんですけど」

「ひぃぃ、そんなもの見たくないッス!!」


 怖いもの知らずなパウルの発言に、トーマスはビビりまくりだ。

 落ち込むジークフリートとかホラーにしかならない。あるいは、辺り一面を地獄に変える生物兵器とか…。


「ハルカちゃんは割と流されやすそうだし、“奥様”って呼んでお嫁さん扱いしてたら、そのうち諦めて結婚してくれそう」

「うわぁ、“諦めて結婚”とか不幸な響きですねぇ」

「諦めは大事よ。それに結婚生活なんて、妥協が7割なんだから」

「な、7割も妥協なんスか……」


 マーラの言葉は、前途ある若者の結婚への憧れをぶち壊してしまったようだ。

 …だいぶ極端な考え方なのだが。


「いけませんっ!!」


 先程からずっと、1人で主の魅力を語っていたノルベルトが復活した。


「うわっ!?…突然どうしたんスか、ノルベルトさん」

「無表情で叫ばれると何か怖いですよねぇ」

「ほんとに落ち着きのない子だわ」


 三者三様の反応を返すが、ヒートアップしてしまったらしいノルベルトは止まらない。止められない。


「ジーク様が振られることなど、あってはいけません。

 ここは姉さんの言う通り、なんとしてでも女神様に奥方となって頂かなければ」




 ―――こうして、“女神様を奥方にし隊”が秘かに(?)発足した。





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