「彼が彼女に恋したワケ」
…ひょっとしたら、ずいぶん前から“コイツ”の声が聴きたかったのかもしれない。
◇◇◇
ジークフリートという男は、基本的に他人――人や物、すべてかもしれないが――に興味がない。仮に、何かに興味を抱くことがあったとしても、それが継続することはなかった。
彼が打ち込んでいることなど、たぶん剣術くらいではないだろうか。
目下のところ、そんなジークフリートの興味を一身に引いているソレは、同時に彼の“お気に入り”でもあった。
彼が、ハリボテの護衛という名の暇つぶしを始めてから3か月が経とうとしている。
………副団長の過労もそろそろピークかもしれない。
そう、最初は暇つぶしだったのだ。
退屈な毎日に現れたちょっとした刺激――そんなつもりで傍にいただけだった。
…今は、今は少し庇護欲をそそられている。
もちろん見た目にではない。…ましてや、どこぞの神官長のようにハリボテを崇めだした訳でもない。
ただ、アレの中の人間に惹きつけられていたのだ。
自分で思うよりもずっと。
◇◇◇
「じゅ、準備中です」
“神獣”の部屋の中にいた女は戸惑ったように、そう言った。
確かに、彼女は準備をしていたのだろう。…皮――あるいは、ハリボテ――を被る準備を。
しかし、ジークフリートの目は見慣れてしまったハリボテではなく、彼女の姿に釘付けだった。
今の彼相手ならば、襲撃も成功するかもしれない。………いや、やはり無理だ。
不意に、彼女がこちらの方を見た。
彼女と目が合った瞬間、ジークフリートは動き出した。邪魔な連中を排除するために。
邪魔な2人――宰相は、彼が見惚れている間に消えていた――を扉の向こうに捨て、キッチリと鍵まで掛けた男は、固まってしまっている彼女を見る。
美しい女だった。
この国では、珍しい髪と瞳の色をしている。
………まあ、どんな容姿であれ“ハリボテ”以上に変わった姿はないだろう。
コツコツと彼の足音が室内に響いている。
ジークフリートは彼女から目を逸らすことなく、ゆったりとした足取りで近付いて行った。
「あんなふざけたハリボテの中身が、まさかこんな美人だったとはな」
まさに、“中身”は彼の好みそのものだと言えた。
「女だろうとは思っていたが、これは嬉しい誤算だな」
思っていたと言うよりも、彼は“確認して”知っていたのだが。
………無断で部屋に侵入されていたことを知ったら、彼女はどうするのだろうか。今更、どうしようもないのかもしれない。
「どうした?ようやく話ができるんだ。かわいい声を聞かせてみろ」
先程から一言も話さない彼女に、ジークフリートは甘く囁き掛けた。
彼らの距離は、あと数㎝もなくなっている。………しかし、心の距離は果てしなく遠いと思われる。
「か、顔が近いのですが」
漸く答えた彼女に微笑みながら、そっと口付けた。
自分の想いを伝えるかのように。
残念だな。もうお前は俺のモノだ………。永遠に、な。
彼女――ハルカとの、ある意味2度目となる出会いの後。
ジークフリートは着々と“ある準備”を進めていた。
ハルカが彼と結婚するまで、あと1か月―――。




