第1話
作者に着ぐるみについての知識はありません。
チャックを閉じると―――そこは異世界でした。
◇◇◇
一口にバイトと言っても色々あるが、花の女子大生として、このバイトを選択したことは間違いだったとしか言えない。
まず第一に、暑い。夏にする仕事ではない。次に、汗臭い。しかも年季の入った匂いがする。そして、重い。素材がイマイチ不明なのだが、綿ではないのだろうか…。
この仕事には笑顔は必要ない。どれほど不機嫌顔で舌打ちしても、相手にはまったく伝わらないからだ。目の前を覆う壁は厚い。
そう、私は着ぐるみを着ている。
雇われの身で言うのもなんだが、バイト先の遊園地は寂れている。
大して上がりも下がりもしない、ジェットコースター。なぜか馬ではなくロバを使っている、メリーゴーランド。過剰なまでのピンクアピールが痛々しい、観覧車。そのすべてが園長の趣味だ。
もちろん私が着ている着ぐるみも園長がデザインしたもので、いわく、「ユニコーンとハムスターの奇跡のコラボレーション!その名も“ユニ☆スター”」らしい…。ちなみに、全体の9割はハムスターで、ユニコーンの要素は額の角のみである。背中に付いている謎の羽については
「えっ、ユニコーンって羽付いてるじゃん」
…どうやらペガサスと混同しているようだ。
チャームポイントはハムスターと掛けたと言う星マーク。本当にセンスがない。
その日、私はいつもの様に更衣室で、すっかり相棒となった着ぐるみを身に着け、チャックを閉めようとしていた。
―――そして、話は冒頭に戻る。
◇◇◇
私は、よく他人から「冷静だ」「落ち着いている」などと評価されるが、これほどまでに混乱したことがあっただろうか。いや、ない。
わたしはこんらんしている。
なぜ、周りの景色が更衣室内からいきなり屋外に変わっているのか。
なぜ、澄みわたった青い空に太陽が二つもあるのか。
なぜ、園長の趣味のようなピンクの綿菓子雲が浮かんでいるのか。
夢を見ているか、園長の脳内世界に迷い込んだのでなければ、ここは異世界…なのだろう。…たぶん。
迷子の鉄則はその場から動かないことだが、この場合は状況把握を優先しようと、私は一歩踏み出した。
『ピィー』
何も分からない私ですらマズイと思う音が鳴り響く。
私の異世界での小さいと思っていた第一歩は、なかなか大きかったようだ。
◇◇◇
「あれは何だっ」
「ま、魔物か?」
「なぜ結界が反応しないっ!?」
現れた4人の男の職業は私にも分かる。騎士だ。間違いなく騎士だ。
3人は何やら私のことで揉めているようだが、上官のように見える男は冷静に探るような視線を向けてきている。
とりあえず、敵意がないことを示すために両手を挙げようとして、揉めていた3人に剣を抜かれてしまった。なぜだ、うら若き乙女がそんなに危険に見えるのか。
怯んで、思わず後退さった。
『ピッカーン』
眩い光が辺りを包む。
…もう私は動かないほうが良いのかもしれない。
◇◇◇
光が収まった後、私の目に映ったのは7人の男だった。
3人増えてる!?しかもお前ら神官だろ!!
…しまった、冷静さを欠いていたようだ。
「神獣様!?」
「なんと神々しい!!」
「光り輝いていらっしゃる」
「ただのトラップだろ…」
神官達は口々に私を褒め称えてくるが、私は最後の騎士の意見に同意したい。
ちなみに、剣を向けていた3人は額を地面に擦り付けながら、許しを乞うている。
私は今、何だかアホの集団に囲まれているようです。
ピィー(音)とピッカーン(光)は魔法によるトラップです。
魔法の出番はほぼないと思います。