偶像 1
「し、深淵の魔術師……!」
そう残して、その男は死んだ。
深淵の魔術師? 僕の事か。
ふふふ。僕にはお似合いの呼び名だな。
深い深い奈落の淵に住む魔術師。
それが僕か……。
――・――
数多くの村を破壊した僕は、いつの間にか
そう呼ばれ、人間にも魔族にも恐れられていた。
けれどそうじゃない。
僕がしたいのは恐れさせる事ではない。
滅ぼしたいのだ。
人を魔族を国を種族を。
そのためにはもっともっと強大な力が必要だ。
僕個人の魔法で村や砦を襲ったところで
この世界は変らない。
「深淵の魔術師」という勢力が必要だった。
この世界、神に反旗を翻す勢力が……。
そのためには領土が必要だった。
多くの食料が必要だった。
莫大な資金が必要だった。
精悍な精鋭が必要だった。
しかし僕には何もない。
荒れ果てた廃墟と狂気に燃える闇の力だけが僕の持ち物だった。
僕は沿岸商業都市ホールに向かった。
――・――
沿岸商業都市ホール。
それは海岸沿いに作られた街だ。
立地的にはハイランド王国の端にあるが
交易に優れた街で、その権力は
王政よりも商人が強く握っていた。
僕はその中でも最も有力な商人の所へ向かった。
夜中、闇に溶け商人の屋敷にしのび込む。
行列のように並んだ私兵団は商人の財力と権力の
象徴にも見える。
(ご苦労な事だ――)
しかし僕には意味がない。
音も立てずにドアを開く。
商人は立てられた蝋燭の下、山のような書類に
ひたすらサインを書き続けている。
僕はその蝋燭にふっと息を吹きかけた。
「な、なんだ!?」
完全な闇に商人が慌てる。
雲の隙間から月がゆっくり顔を出した時、
その月光は僕の姿が映した。
「深淵の魔術師!?」
「大きい声をだすな。 死ぬよ?」
商人は両手で口をぐっと押さえた。
「お前を殺すつもりはない」
「僕は領土、民、城が欲しい」
「僕にはできないが……」
口をつむぐ商人にぐっと顔を寄せる。
「お前なら出来るはずだ」
商人の顔がぶるぶると震える。
「出来るのか……?」
何度も頷く商人。
僕はここから神に挑む。
そして世界に復讐するのだ。