プロローグ 2
僕は朝霧の中で目を覚ました。
ふらりと立ち上がり村に向かって歩いた。
頭がぼんやりしていて何も考えられなかった。
ただ、家に帰らなくちゃ、と思った。
母さんが心配するんだ。
やがて村に近づいた時、何かに躓いて転んだ。
(!!)
それは斬り殺され焼かれた村人の死体だった。
「うぉえぇ……!」
僕はその場に嘔吐した。そして理解した。
そうだ。僕の村は焼かれたんだ。
家は燃やされ、村人は殺され何もかもを壊された。
僕は口元を手で拭い、ふらつきながら自分の家に向かった。
母さんはそこに居た。
正確には「母さんだったもの」がそこに居た。
焼け落ちた家の瓦礫に押しつぶされ、上半身だけ見える。
灰にまみれた姿はまるで粘土で作った人形みたいだった。
ふと母さんが何か握ってるのに気付く。
抜き取ってみると、それは何かの紙だった。
くしゃくしゃに丸められた紙は、きっと
母さんの手の中で炎から守られたのだろう。
僕はそれを広げた。
絵だった。
昔、僕が描いた絵だった。
父さんと母さんと僕が並んだ絵だった。
母さんの前で泣き崩れた。
涙が止まらなかった。
きっと母さんは最後まで僕を心配してたに違いない。
最後まで僕の無事を祈ったに違いない。
こんな事になるならば、どんな事をしてでも
王都に住めば良かったと後悔した。
「ご、めんっな……さいっ……!」
動かなくなった母さんに謝った。
意地を張ってごめんなさい。
助けられなくてごめんなさい。
どうしてこうなってしまった?
何がいけなかった?
父が死んだから?
オウル村に住んだから?
騎士が助けを拒んだから?
僕が商人になるのを嫌がったから?
本当は何が悪かったのかなんて今更どうでも良かった。
父を母を奪っていった魔族が憎かった。
村も母も見捨てた人間が憎かった。
何もできない自分が憎かった。
僕はこの世のありとあらゆるものを憎んだ。
そして心で強く願い祈る。
崇高なる神々。これは誓いじゃない。
呪いだ!
太陽は沈めばいい。
草木は枯れてしまえばいい。
岩石は砕けてしまえばいい。
そして
「人間も魔族も皆滅んでしまえばいい……!」
噛み閉めた唇から血が流れた。
僕は近くに落ちてある魔族の短剣を拾った。
黒い感情が渦を巻いて僕を駆り立てる。
行け。 と。
僕は駆け出した。
その足の向かう先は駐屯騎士団の兵舎だった。
不思議と疲れは感じなかった。
ただ、腕が、足が、体が、心が叫ぶ。
これは復讐だ。と。
朝霧に包まれた兵舎のドアを叩く。
僕はそっとドアを背に身を屈めてそれを待った。
やがて寝ぼけた顔した騎士がドアから顔を出した。
僕は勢いよく短剣で騎士の喉を突き上げた。
……違う。こいつじゃない。
僕は思った。
「うぅぶぁ……!?」
騎士は声にならない声をもらし短剣の刺さった喉を
カクカクと揺らす。
その騎士とドアの隙間から兵舎の中を覗くと
まだ後2人残っているのが分かる。
僕は殺した騎士の体を素早く兵舎とドアの間から外に出すとドアを閉めた。
部屋の中から「おい、どうした?」等の声が聞こえる。
今度はドアではなく兵舎の角に身を隠した。
ゆっくりとドアが開き騎士が出てくる。
(やっぱり剣を持ってるな)
異常に気付いたのか剣を構えた騎士が出てきた。
そして足元に転がる仲間の死体に目を向け声をかける。
「お、おい! だいじょ……おぉぶぇ」
兵舎の角から飛び出し、後ろから首めがけ一閃した。
先程殺した騎士の血で上手く首に刃が通らないが
剣に打たれた首はぐにゃりと曲がり、口から血の泡を吹いた。
転がったその死体を眺めてみたが今回も違う。こいつじゃない。
僕は再びドアを閉めた。
残るは後1人。間違いなく。殺す。
最後の1人は自分の窮地を察したのか出て来なかった。
窓からそっと覗いて見ると白い甲冑を身に纏い、臨戦体勢を整えていた。
壁を背に部屋の中全体を見渡せる位置にいる。
騎士相手にまともに戦えば負けは見えている。
だから僕はそんな真似はしない。
それは石というより岩だった。
それを騎士の立つ壁際の窓から騎士の後頭部めがけて、
思い切り投げ込んだ。
窓ガラスを割り、それは直撃した。
突然の衝撃になすすべなく倒れる騎士の後頭部から
おびたたしい程の血が流れた。
僕はその窓からひょいと中に飛び込むと、
倒れた最後の騎士の胸倉を掴み顔を上げた。
そして歪んだ笑みを浮かべるのだ。
見つけた。
こいつだ。と。
間違いない。
見間違えるわけがない。
一生忘れる事のない顔なのだ。
あの時僕を「クソガキ」と罵り、足蹴にし、母さんや村の皆を見殺しにした騎士だ。
脳震盪でも起こしているのであろうその騎士は
朦朧とした意識の中で喋る。
「助けてくれ……悪かった。償いは……する」
償い?
何をどう償えば救われるというのか。
母さんはもう戻って来ない。
村の人だって戻って来ない。
僕の日常はもう帰ってこないんだ!!
「分かった。それじゃあ償ってもらうよ」
そう言った僕はきっと笑っていたと思う。
狂気に歪み、憎悪に燃え、笑いながら
騎士の甲冑の隙間を縫うように短剣を腹に刺した。
「君の……命で……」
彼の腹から短剣を引き抜くと
ぞくぞくと体に電気のようなものが流れた。
それはおそらく歓喜だ。
彼の血の味、血の匂いに短剣が歓喜の声を上げたのだ。
――・――
僕はローブに付いたフードを深く被りなおし、
騎士団の兵舎から出た。
住む場所も、行く宛もなかった。
僕には何も無かった。
人を殺してしまった僕は、
もう普通の生活には戻れない。悲しくはなかった。
今でも胸の中には闇が渦を巻いている。
きっと僕は血塗られた復讐の道をただ歩いて行くしかない。
「ははっ……はははっ……」
笑いが込み上げて来る。
悪くない。と思った。
殺し、奪い、壊す。悪くない。
人の、本質は、悪だ。
僕は霧の中を歩いて行った。