◇3
私の連敗記録は既に20を超えていた。
「なんでやねん!!」
思わずベタに関西人ツッコミをしたくなる位、不勝神話に私は頭を抱えた。
「どうしたのよ。いきなり尻フェチから芸人にジョブチェンジ?」
髭フェチの同僚が隣からツッコんでくれた。
どうどうと肩に手を置かれ宥められるが、それで気が収まったら警察はいらないというもの。
私は目の前のカレンダーにつけられたバツ印を見て、震える拳を握りしめた。
「どうして…勝てないのよ…!あの国民的長寿アニメの最後のジャンケンに1ヶ月勝ち続けた事もあるのに…!!」
「いや関係ないでしょ」
ていうか4回くらい何さと笑う同僚。
結局私は同僚に相談をしていた。正し詳細は除く。
ただ“憧れの尻と出会ったはいいが何故かジャンケンをしなければ近づけない状況に”という非常にザックリとした説明で『そう、よかったね』と納得した同僚は凄いと思う。
そして私はヤツとの勝負を思い出す。
あの素晴らしい尻をもう一度と意気揚々とジャンケンに望むも、いまいち死合に集中出来ていない。
いつもなら少しでも視界に沢山入れておこうと尻を見つめながらのジャンケンなのだが、どうしてもヤツのやる事なす事気になるのだ。ちらちら顔を伺おうものなら薄紅のソレは形を三日月に変え笑われているのに気付く。
挙動不審な自分が笑われているようで恥ずかしくて、一瞬でも尻から目線を逸らした『浮気者』と笑われているようで悔しいのとで、私の思考はショートする。
そして主人にお手をするが如く、握りしめたまま固まった拳はそのままヤツの前に力なく吸い寄せられ、綺麗な長い指に私は連日足を抱かれるのだ。
「せめて…あと2本指が出ればヤツに勝てるのに…!そして全てを開いたならばそのままかわゆいお尻チャンを揉みしだき―――」
「はいはいストップ捕まるよー。お昼の鐘が鳴りましたよー」
そう同僚が言えば鐘の音が私の耳にようやく届いてくる。
「はい、今日のお茶当番。ジャンケンするよ」
そして優しくジャンケンを促してくる。うう、もうジャンケンは嫌なんだよ…!
なんて入社時からの恒例だから嫌とは言えず、しぶしぶ勝負をすると、やはり負けてしまった。
この握り締めたままの右手が憎い…!
「私には濃い~のヨロシク」
とウインク交じりに言ったその卑猥さが滲んだセリフに心が癒され、給湯室へ行った。
彼女の少し大きめなぽってりとしたお尻に濃いn…ではなくお茶でしたな。給湯室に入り、茶葉が入っている缶を手にする。
やかんに水を入れて火をつけて、自分と彼女の湯飲みの用意をすると、手が空き暇になった思考にヤツが出てきた。
憎たらしい程に無邪気に笑う顔と、私の足を嬲る長い指。
それを上から眺める変な支配感―――
鮮明に思い出される行為に慌てて頭を振って追い払う。
会合の前に思考を乱されてどうする自分…!
お湯を注ぎ出来上がったお茶を持って部屋の隅にある休憩スペースに行き、少し小さめのソファーに腰掛ける。
日課となった弁当早食いを済ませ、歯を磨き、消臭スプレーを振り撒き、軽く手をならして自分の部署を出た。
会議室に向っていると、丁度ヤツが入ろうとした所だった。
「こんにちは。早いですね」
「こんにちは。そちらこそ」
早い。早すぎる。
着々と私の早食いスキルが上がっていっているというのにまだ遅いという事か。全てにおいて嫌味な男だな…!
扉を開けて、またもや自然に身体を引き私の入室を促された。
通りすがり際に睨む為に上を向くと、にこやかに笑っているヤツと目が合い、何故だか目を見開かれる。
その顔は少し幼く可愛い印象を受けた。
「…何で驚くんですか?」
「…いえ…。珍しいなぁと思いまして」
何をだろうと首を傾げていると、『貴女が私を見上げる事がですよ』と返された。
確かに、いつもヤツは私の眼下にいるから見上げる必要はない。
だからといって何故頬が赤くなっているんだろうか。実は上がり症なのか?足フェチで足に頬擦りするくせに?
面白くなって、立ち止まって目を逸らしたヤツの上から下まで全身をくまなくをガン見すれば、知らなかった事が沢山あったのに気付いた。
第一にイケメンだった。
いや、今まで顔は見ていたけど興味なさすぎてイケメンだったのに気づかなかったというか。
そして少し茶色く染められた柔らかそうな髪を耳にかけ、ばさばさの睫毛に覆われた色素の薄い瞳。
垂れ気味の優しげな目元に、左側には泣きボクロがひとつ。整っている顔に1つアクセントを置いているようなさりげなさだ。
視線を落とせば意外と太めな首に、大きな喉仏が襟から覗き上下する。
今日のネクタイは黒に近い紺色で、どこか地味な配色ばかり選んでいる気がする。
黒いスーツから伸びる手足はスラッとして、でもがっしりと大きく、かつ太くて私のものとは全然違った。
…そこで一つ疑問が。
何故こんな優良物件が変t…いやいや、自分の性癖に身を委ね私なんかの足元に跪いているんだろう…。
頭一つ高い所からこれでもかと顎を引き、視線を私の足に合わせようと必死になっているだなんて事、あってもいいのだろうか。
私の思考が飛んでいる今だってきっと、これ幸とガン見しているに違いない―――そうヤツの方へ視線を上げると、薄い色の瞳とぶつかった。
「っ」
真っ直ぐに見据えられ、私の頭が真っ白になった。
思っていたよりもさっきより顔が近い。
イケメンだと頭が認識してしまったせいか、耐性がない私には破壊力抜群の改心の一撃だ。
「なに!?何で私の顔を見ているの!!」
「…いえ。何やらいろんな事を考えていそうだなぁと思いまして」
ふふ、と小さく笑ってまた一歩距離を縮められる。
距離を開けようと下がれば壁にぶつかった。反動に反射的に目が閉じ、顔を背ければその前に手がついた気配があった。
そろりと目を開ければ、視界いっぱいにとろけそうな程優しく笑うヤツの顔が入ってくる。
「あ、あの、ジャ…ジャンケ―――」
「―――何を、考えていたんです?」
私の逃げの提案はやんわりとスルーされ、イケメンの変態だったんですね、なんて返事をする事は出来ず口をぱくぱくしていると、反対にも手をつかれ完全に包囲された。私は完全に包囲されている!
ガッシリと合った視線は逸らす事が出来ない。内心お手上げ状態のまま固まっていると、クスクスと笑いながらヤツは言った。
「…あの時のキスの続き、してもいいですか?」
「!!」
やややっぱりあの時キスするつもりだったのーー!!!??
なんでよ!嫌がらせか!?それとも舐めまわしたい位好きなのこの足!!
くっそー…!貴様だけ想いを成就させやがって…!!こちとら欲求不満で溜まってるんじゃあ!!
「…もう勝負も我慢もどうでもいい!私の好きにやらせてもらう!」
「…え…っ?」
ヤツが僅かに身を固まらせ、顔を引いた。
「隙アリっっ!!!」
両手をヤツの後ろに伸ばし、無防備な尻を両手で鷲掴む。
目の前にある喉仏が上下したのを見て、ヤツが小さく息を飲んだのが分かった。
ふふん!両手を壁に付けていたお前が悪い!
剥がされないようヤツの懐に潜り込み、より一層力を込め全身全霊指をかっ開いて感触を楽しんだ。
薬指で尻と太ももの付け根のラインをなぞり、男特有の尻えくぼを親指でつつく。
するとビクッと小さく揺れる大きな身体。
身を捩り逃げようとすると同時に大きな手で私の手を掴んできたが、悲しいかな、引く力は押す力には劣るのだよ!
ましてや数週間ぶりの恋しかった感触に、私の飢えた手腕は何者にも止められやしない!
寄せてすくう様に手のひらを動かせば、相変わらず素直についてくる尻肉。
寄せられた頂に指を這わせれば、私の気分もマックスまで登頂した。
押しては戻る弾力に、女の子よりも真っ直ぐなラインに、弄る指も元気になる。
フハハハハと心の中で高らかに笑い、手のひらは縦横無尽に尻を這いまわらせる。
すいませんもう変態でいいですよ私は今この時の為に生きてきたんですからぁー!
おっとうっかり溝に入ってしまったが事故なので気にせず突き進むぜー!
決して堅いだけではないハリのある尻を悦ったまま揉んでいると、私の手を掴んでいたやつの両手が離れ、何故か私の背中に絡みついた。
「何…っ?」
最初のお触りにもなかった事にビックリして顔を上げると、鼻がヤツの首筋に当った。
「!ご、ごめんなさい…!」
「っ」
どうやら首をもたげ身を丸めているせいでの至近距離だったらしい。
危うく唇が当るとこだった!
そう謝る私の息も当るらしく、唇を噛み締めその嫌悪を堪えている。時折小さく聞こえる洩れる息がどれだけなのか私に教えてくれた。
「す…、すみません、私調子に乗りました。名残惜しいけd…いえすぐ離れますので―――」
なるべく刺激しないようそっと手を離し身を引こうとすると、何故だか逆に力を込められた。
肩と背中に回る腕から熱いくらいの体温が伝わってくる。
「あ…あの―――…」
そのままじっとして動かないヤツに呼びかけようとして止まった。
あ、そう言えば私、この人の名前を知らなかった。社会人として結構駄目だよね、これ。いくら変態的な会合でもさ。ん?だからこそか?
まぁそんな過ぎた事は置いておいて、まずはこの変な状況を打破しないとだ。
嫌なら離してくれればいいのに変な人だよ全く。
「あの、大丈夫ですか?嫌ならばもう触りませんので離してくださ―――」
「離さない」
「っ」
さっきよりも強い力が込められ、息が詰まりそうになった。
というか詰まった。驚いたのもあるけれど。
立場が逆転し、今度は私が腕をはがそうとする番になったけど、やはりそれは難しかった。ちっともびくともしない…!
ヤツ情報追加!腕も意外と筋肉しっかりしてまっせ!
「…あんなに弄られて、私が無事だとでも思っているのですか?貴女は」
…無事…じゃないんですか…?
どこが…とは聞いていいんですかねあああやっぱやめておいた方がいい気が致しますハイ。
ていうか嫌悪系のお怒りではなかったみたい、かな?よ、よかった…。とにかく凄く安心した。
「ご…ごめんなさ…?」
「それはどういう意味の謝罪ですか?」
すり、と耳の後ろに顔を合わせ至近距離で囁かれ、身体中にゾクッとしたものが駆け巡った。
そんな私の反応が分かったのか、小さくくすりと笑い唇が耳に触れたと思った瞬間―――
「なんでこの俺が準備を…。ならこんな辺鄙な所で会議すんなっつーの」
ガチャリと扉を開けて入って来たのは、この会社の人事部長だった。
「…お前ら、何をしているんだ?」
そういえば鍵をするのを忘れていました。