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◇2


「どういう事なの…?」



自分のデスクに戻るなり突っ伏して、冷たい板相手にぼやいた。


「何がどういう事なのなの?」


問いかけに答えてくれるのは、やはり隣にいる同僚なわけで。

起き上がれば首を傾げて私を覗き込んでいる瞳があった。


『実は昼休みに男と2人きりで足や尻を触らせ合い(今の所一方通行だが)をして、今日は足を頬擦りされたあげく足にキス(?)されそうになりました』


なんて言ってもいいのだろうか。

いや言えない。

流石の私でもそこは分別ある大人、わきまえられる。

その証に、同僚にはただ『(カレ)を捜して彷徨う旅人さ』なんて上手く言ってはぐらかしているのだから!


「…別に…何でもないの」

「ふーん?まぁ、言いたくなった言いなさいね。相談くらい乗れるから」


そう言って私の頭を軽く叩いて仕事の準備にとりかかっていった。

ああ!これだよこれ!こうやって無理に根堀葉堀聞かないイイ大人の女…!素敵…!

こうやって優しくされると私は喋ってしまうタイプなんだよね。

うん。きっといつか全部喋ってしまうだろう。今言わなかったのも奇跡だよ。

尊敬と感動が溢れるまま同僚のお尻を触ると速攻で叩き落とされた。


「私のお尻は彼氏の物なんだからね」


知っているよ!入社して半年でゲットしたダンディな彼氏だという事はね!

だけど『気安く触らないでよね!』とツンと言われてしまえば逆に燃え上がってしまうという事を知らないのだろうか全く。けしからん。

…けしからんのはヤツもだ。

ニヤニヤと気分が上がっていたのも、ヤツの事を再び思い出して急降下していく。


「…それにしても。どういうつもりなのよあいつは…」


額に手を当てるとまたため息が出た。

次からどういう顔して会えばいいんだろうか。





目の前の扉には『第5会議室』の文字。

その扉を開ければ今日もヤツがいる。いつもの光景なのに、ドアノブを回す手が動かない。


今日も昨日みたいにされてしまうんじゃないかとビビッっている自分がいる。

そして何故か“そうしたその理由”を少し期待してしまっている自分もいた。

だってほら、嫌われるより好かれる方がやっぱり嬉しいし?普通だよね?

と、悶々と考えているうちに寝る事が出来ず朝を迎えてしまったようで、私の目の下にはクマが大量発生中だ。


「…ふぅー…」


迷っているならこのまま帰ってしまえばいいのに。

長い溜息が口を出た時、触れられなかった扉が開いた。


「こんにちは。入らないんですか?」

「…こんにちは。入りますとも」


私の足に愛を囁くヤツの声が頭上から落ちて来る。

それはいつも通りの挨拶で、柔らかい声色で、昨日の事で悩んでいる私とは大違いのものだった。


なんか、無性に腹が立つ…!


ああ、そうか、ヤツにとってあれはいつも通り愛でる表現だったんですね!足をね!!

そう問題が解決したら一気に気分が軽くなった。

足取り軽く部屋に入ろうとすると、ヤツがすっと身を引いてどうぞ、と室内へと促された。

軽く頭を下げて前を通ると、香水のいい香りがした。…男のくせにいい香り漂わせやがって。私を誘っているつもりなのか?ガードが固いくせに…!

部屋に入って悔しさに立ち止まる私を見届けたのか、ガチャリと鍵を閉めヤツは中央の机の元へ歩き腰かける。


「さぁ、ジャンケンしましょう。今日も勝たせて頂きますよ」

「望む所です。今日こそ私が勝ちますから」


ご無沙汰でごめんねお尻ちゃん、といつものようにターゲットをロックオンして臨戦態勢に入ると、ふふっとヤツが笑った。

何がオカシイのだと視線を上げると、ヤツの薄い唇が視界を占拠する。

おおう。その薄紅色のツヤツヤ唇が昨日思わせぶりに私を惑わせたのか。けしからん。

するとその唇が薄く開き『どうしました?』と形取るのが分かり、ガン見しているのがバレて恥ずかしくなって慌てて視線を逸らした。

ヤバい心臓がバクバク言っている。

尻を見つめても収まらない動悸のまま『最初はグー』と言ってきた。慌ててグー出してジャンケンほいと再び出したら、私はグーで、ヤツはパー。

その手を顔の横でひらひらと振り、にっこりと笑った。


「はい、私の勝ちです。生足希望です」


そして、小さな会議室に私の絶叫が響き渡った。




「あれ、どうしたの?むくんでない?」


ふくらはぎを揉みしだきながらヤツが言った。あ、ストッキングは死守できたぞ!イェイ!

ちなみに今、私の両足はヤツの肩の上に乗せられ御神輿状態だ。

パンツには興味はなさそうだが、そのまま見せておくと女としての何かが減ってしまう気がしたので、しっかり膝を閉じ死守する事にした。

すると必然的に内股になりヤツの顔を絞める事になってしまって謝ったのだが、嬉しそうに笑うヤツの顔を見てどうやらそれも計算済みのようだと気づいた。くそっ!


「…むくんでる?」

「うん。勿体ない。1.2cm程増えてる。お酒の飲みすぎとか立ちすぎは駄目だよ!折角のラインが崩れちゃうから!」


ぷんぷんとでも言うかのように、一生懸命私のふくらはぎのマッサージを始める。

私の足を思って言っているんだろうが、その理由の根源であるヤツに言われたくない。

こちとらあのキス(されるかと思った)未遂事件で寝不足なんだよ!

そんな事は言えるわけもなく、甘んじてマッサージをうける。


…が、存外気持ちよすぎて焦ってきた。

パンパンに張っている足を滑らかに、かつポイントを強く押されればくすぐったがりの私は我慢が出来ず、声が漏れてしまう。


「…んんっ」


温かく大きな手が膝裏に滑り込ませるもんだから、その気持ちよさに全身が熱を持ち始める。

くるぶしに時折当るヤツの頬の熱とか、ふくらはぎにかかる息が私の思考をおかしくさせた。

慌てて足を引くと足首を掴まれ、親指で足裏のくぼみを撫でられる。


「コラ。ああもう。逃げちゃ駄目だよ」

「…ちょ、っと…。も、もうやめ…っ」


息も絶え絶えに訴えると、顔をあげたヤツと目が合う。


「気持ち良かった?」


にっこりと笑うヤツの顔からいやらしさの欠片も見当たらない。

その純度100%の笑顔に、自分だけハァハァしていたなんて恥ずかしいじゃないか…!

一気に顔に熱が集まり、見られたくなくて顔を逸らすと、ゴメン、という声がかけられる。


「ちょっと強くしすぎちゃったのかな?ストッキング…伝線しちゃった」


ゴメンとか言っておきながら凄く嬉しそうにそのスジに爪を立て、穴を開けた。


「こ、こら!何してるのよ!?」

「んー…折角だし触らせて?」


そう言うなり小さな穴から侵入してくる指が、直接私の肌を滑る。


「ぅひゃ…っ!ちょ…、イイなんて言ってな…」

「大丈夫。予備はココにあるから」


開いている手でポケットをトントンと叩く。

な、なんじゃこの男!予備とか!最近の男はストッキングの予備を持ち歩くのか!?

私が困惑してる間にも穴は徐々に広がり、素肌の面積が増えていく。

嬉しそうにそこから視線を逸らさないヤツを見て、毛を剃っていてよかった、だなんて呑気に思っちゃいました!ふん!


「…ああ、やっべぇ。この穴エロすぎ…。盛り上がるこの際とかもうたまんねぇ」


恍惚とした表情でため息を吐いた。

…網タイツよりストッキングビリビリ派だったのですかね?この男は。

半分呆れていると、もう片方の足にも手が回され思いっきり破られる。


「なんて勢い!」

「やってみたかったんだよー!うわーすげー!超楽しいっ!!俺今日まで生きてきて今が一番幸せだよ!!もう死んでもいい!!」


おおおい!誰か…キャッキャイキイキと破いていくヤツを止める術があったら誰か教えてくれ…!

そう言っておきながら蹴って逃げようとしないチキンな私を誰か殴ってくれ!


端から見たらかなり常軌を逸してる光景に、残念ながらツッコんでくれる人はいなかった。

昼休みを終える鐘が鳴るまでそれは続いた。





ぐったりと会議室から戻った私に、同僚がかけよってきてくれた。


「どうしたの?顔赤いしなんか疲れてない?」

「そ…っ、そんな事ないよ!?」

「ふぅ~ん?」


じぃっと睫毛びっしりのくりくりの目で見て来て焦った。

こんなキレイな子の瞳は今の汚れた(笑)私には眩しすぎる。

両手で頬を押えて顔を逸らすと、先程の事件が再び思考を侵してくる。




「―――ほら、最後までやらせてください」



ぐったりと机に座った私の足元に座り、自分の太ももを叩いて私の足を誘う。


「ここに足を乗せて。私が穿かせてあげますと言うかさせてくださいお願いします」

「いえ1人で穿けますので」

「そういう問題ではありません。そんな美味しい事をさせないおつもりですか貴女は」


足を引っこめつつあった私の足を強引に自分の太ももに乗せた。

すると『あっ』と色気を含んだ声を出されて正直そのままグリグリ踏みつぶしたい衝動に駆られた。だがそこは思い留まった。更に悦ばせるだけだからな。

ようやく私の足から手を離したヤツはビリ、とパッケージを破いて新品のストッキングを出すと、器用にくるくると輪を作って私のつま先に被せた。…なんかこなれているような気がするんだけど。


視線が合わないのを分かってじっとヤツを見つめる。

するすると上がっていく布の感触と時折当るヤツの手の感触が、なんとも言えない気持ちにさせる。


軽く言えばセレブ(笑)

重く言えば女王様(笑)


…この男は一体私をどうしたいのか。


足フェチだから触りたいというのは分かる。私もそうだからだ。

だからと言って、普通こんな風に淑女(笑)の足を飽きずに触り続けられるものだろうか。私はできるが。


「どうした?」


目を細め、私を見上げてくる。

パッと目を逸らして辿りついた先の唇は、昨日と同じ、変わらず笑みを携えている。


だけど。

手の平から伝わる熱は、いつもより少し熱かった。


太ももまで這いあがってくる感触にドキッとした。

ヤツと触れ合う場所から熱が染み込んでくるかのように、全身が粟立ち顔に熱が上ってくる。

心臓が煩いくらいに音を立て始め、押えようと両手で胸を押えると、足を下ろされた。

ぷらぷらと揺れる途中まで履かされた足を眺めていると、ふわりといい香りが鼻をくすぐる。

この部屋に入る前に嗅いだ香りだなぁとぼんやり思った時、目の前に深い緑のネクタイが見えた。


「いいんですか?最後までやってしまいますよ?」


囁くように、私に変態的発言を落としてくる。

我に返り、目の前の黒スーツを押しのけ身体を反転させる。


「ああああっち向いてください!!っていうかもう時間ですので!帰ってはいかがですか!?」


そう促したならば、くすくすと笑っていつものように『また明日』と言って出て行った。

私はその場にへたりこみ、静かになった部屋で熱を失って冷えたストッキングを穿いた。


だけど、私の心臓はまだ熱を持っている。


キス(勘違いだったけど)されそうになった時のように、私をざわつかせる。

それが酷く癪に障る。


じたじたと穿いた足で地面を踏みつけた。



…よく分からないんだけど!

あの男め!!



って言うかさっき押しのけた時に尻触ってしまえばよかった!!!

バカ!自分のバカ!!




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