戸田達也
全体の担当地区を決め終わると、その後は淡々と進んでいった。
俺がパイプ椅子の上で、これは夢か、そうか夢なんだ! とか。逆に考えろ、これが俺が大活躍する現場を! とか、妄想している間に、偉そうな中年がステージに上りクリスマスの成り立ち等についての話していた。
その後、現場への集合時間、各地区のリーダーの紹介があった。我らが再前線地区たる渋谷は、先程の金髪巨乳の女性、鶴島彩さんならしい。
そして、やっと説明会は終わった。ほとんど必要事項は聞かされず、なおかつ、話の途中にこちらが断れるタイミングは一切なかった。
一点に集まっていた照明はまた大きく分散し、まわりの木漏れ日を模した光も朝を告げるかのように光り出した。
会場は先程と雰囲気が大きく変わっていた。気が遠くなるほど吹っ飛んだ話だったが、それが話しの種となり、会場は大きく盛り上がっている。最初のギスギスした雰囲気はなく、運命共同体となったというのも相乗効果となったのか、他人同士でさえわいわいがやがやと楽しそうに談笑している。
出口の案内がアナウンスされ、続々と人が去っていく。
俺達の担当地区、渋谷――ここである。
移動が必要でもない俺は、重い腰をまだ上げる気はなく、会場の様子をぼんやりと眺めていた。
人がまだまだ、出口に列を作っているので、当分はでることがないだろう。創りこまれた込まれた空間のお陰で不自然がないが、ここは地下なことを忘れてはいけない。エスカレーターか、エレベーターか帰る手段は知らないが、やはりどちらであってもまだかかるだろう。
ボケーッとしていると、興奮が収まらないのか隣の学生がしきりに立ち上がって出口の様子を伺っていた。
何となく鬱陶しさがあったので声をかける。
「落ち着けって、俺達の担当地区はここ、渋谷なんだから。移動する必要がないしな」
明日のプレゼントが楽しみで寝れない、そんな少年のような眼差しで学生は俺の言葉に答える。
「いやー、待ち遠しくて! 楽しみじゃないっすか! えーっと……」
そう言って軽く視線をちらつかせる学生。
「おっと、自己紹介がまだだった。俺は志木真、大学生だぜ」
「オレは戸田達也、高校生やってるっす。達也でいいっすよ!」
自己紹介を終えると、達也は仕切りなおして、と前置きをし話し始める。
「志木さんもわくわくしなかったすか!? あの金髪のお姉さんの超人技。いや-あれは超人なんてもんじゃないっすね。超超人っすよ!」
「いや、もう人じゃないだろあれ……」
「人ですよ、人! 人間やればできるんすね!」
「人間の定義ってなんだろうな」
「あれじゃないっすか! えーっと――そう、直立二足歩行!」
「なんかもうそれ、ペンギンも含まれそうだけどなー」
「世界史の教科書が怒りますよ?」
「世界史といえばさ、あれだな、マルクス・アウレリウス・アントニヌス」
「そうっすね、プラトンすねっ!」
主題が迷子になった話を続ける俺と達也。しかし、達也は特にそのことを気にする様子はなく、世界史の格好良さについて語りはじめた。
「ちょっとストップ。空いてきたな」
数分後。相変わらず、話が引っ切り無しに出てくる達也の言葉を遮り周りを見渡した。沢山いた人たちはおおよそ移動し、会場は閑散としていた。逆に寂しさを感じるほど、その空間と人数は不釣り合いだ。
渋谷が担当地区の人達も動き出したらしく、会場に残る人数は数人しかいない。
「わわ! 人がいねぇ!」
今やっと気づいた達也が驚きを声にだす。
って、おい。
「気づいてなかったのかよ!」
「恥ずかしながら……」
と、照れをあらわにする達也。本当に自分の中に入ってしまうタイプなんだな……
「まぁ、退屈しなかったから――っていねぇ!」
次の瞬間には達也はそこにはいなかった。会場を見渡すと、先ほどまで鶴島彩さんがいたところ、ステージの上に立っていた。
「ここからだったら、お姉さんの真似ができるきがするぜ!」
そう言い、深呼吸をすると、
「うおおぉぉ!」
飛んだ。
そして、落ちた。
どんがらがっしゃーんと、派手な音を立ててパイプ椅子の中に突っ込む達也。
数秒間、静寂。会場全体に耳鳴りがしてきそうな静寂が訪れた。
いや、ここ、君だけの空間じゃないからね? 他の人少ないけど居るからね? 口にせずに突っ込んでおく。口に出したら、俺にまで避難の目が飛んできちまう……
しかし、俺の意図を読めなかったのか――いやわかってたけどさ! ――達也はいきなり立ち上がり、俺の名を呼びながら、
「志木さん! なんで出来ないんすか!?」
若干キレ気味である。
えぇぇ……
「知らねえよ……」
俺は、ざわざわと会場がなる前に、重かった腰を跳ね上げ、未だ寝っ転がっている達也の襟首を掴み出口に走りだした。