広告――世界を救いませんか
『彼女、彼氏がいない方! クリスマスに予定がない君! 今この広告をここまで見ちゃった図星なあ・な・た! そんな貴方に朗報です! 世界を救いませんか!? 興味を持ちましたら――』
「うわぁ、胡散臭ぇ……」
俺は思わず呟いてしまった。
時は降誕祭――世間一般ではクリスマスとか言うらしい――の前々日。少し人が多い場所では赤と白の装飾やモミの木に似せた、樹木が乱立している。まだ降誕祭前日ではないのに、お揃いのマフラーを着た男女一組が量産型ザ○のように大量発生し、幸せそうな家族連れが「今年もサンタさんくるかなぁ!」とはしゃぎ回る子どもたちがいたりと普段の商店街からは想像できない盛り上がりようだ。
そんな盛り上がりを見せる中に、俺は自転車を一人で漕いでいて、冬の寒さに根負けし自販機の前で止まった。
ここぞとばかりに大盛況ぶりを発揮するおもちゃ屋の隣。温度がガラリと変わったシャッターが閉まったお店にソレは貼られていた。
クリスマスを楽しんでいる人――おっと、降誕祭だった、ソーリーソーリー。
そんな人達にはおもちゃ屋や爛々と光るイルミネーションの装飾に目が行き、こんなシケた場所には意識が向くことはないだろう。そんな眩しい光景から目を背けたものだけが広告を見るように計算された配置だった。
先ほど買った暖かいコーンポタージュを一気に飲み干し、もう一度広告を見る。特に目立つ色合いの広告ではなく、町内会の看板のような無愛想な白と黒と赤のみのB4サイズの広告だ。その内容は、
『彼女彼氏がいない方以下云々』
う……うぜぇ、となるがまあ良い。あ・な・た! ら辺でわざわざはがして破り捨ててやろうか、と思うがまあ良い。そんなことより次の文だ。
『世界を救いませんか!?』
おいおい……
そこのアナタ! 今卵安いよ、もう一個買って行きませんか!? そんなノリで世界の運命を任せてしまっていいのだろうか。
胡散臭ぇ……
俺はすっかり冷えた空き缶をゴミ箱に投げ入れた。そして慣れた手つきで人の波をくぐり抜け、自転車用の道に入り、ペダルを漕ぎ始めた。
周囲の雰囲気は違うが、俺自身の行動に変化はない、いつもの大学からの帰り道。
つい昨日課題も終え、今日は家でのんびりしようとほっこりしていたのに、妙に落ち着かなかった。クリスマスに大した用事がないからだろうか、こんな些細なイベントなのにそれに自分が乗り遅れているのが嫌なのか――それとも、あの奇っ怪な広告のせいなのか。
思わず目が周りの人間が見ないような場所に目を向ける。そこにはB4の地味な広告がところどころに貼ってある。
これが、恋ってやつですかね……、違いますね、分かります。
そんな意味のわからない問答が脳内で繰り広げられ、俺はひとつの答えを出した。
奇妙奇天烈摩訶不思議な広告、そして人を煽るような文頭、そしてセールスのような一文。
しかし、その広告は俺の心を引き止めていた。ただのイタズラかもしれないと思いつつも、どこか俺の特に予定もない降誕祭に『世界に平和をプレゼント』できるサンタにしてくれるのではないかと。
俺はすぐに自転車を止め、広告を一枚ひっぺがし、いつもより急ぎ足で家に向かった。