新しい仕事
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彼女と生活してからというもの、私は仕事をしなくなった。
仕事なんかするよりも、一秒でも多くの時間を彼女といっしょに過ごしたかった。たとえ殴られても。
知ってのとおり私はフリーの武器商人だ。得意先はもちろん抱えているが、では私がいなくなって彼らが困るのかというと、別にそういうこともない。
ほかの武器商人が私の脱落を聞きつけて、営業をしかけることだろう。世界は私なしでも勝手に回っていくのだ。
蓄えもあるし、問題はなかった。
けれど、そんな私に仕事を紹介してきた奇異な人物がいた。私の大学時代の友人で、最近出版社を立ち上げた男である。
私の武器商人の経験を、本にしてみないかと誘ってきたのだ。
その提案を私は即採用した。執筆なら自宅でできるし、彼女から離れることも最小限に留めることができるだろう。
蓄えはあると言っても、やはり金は多く持っていることに越したことはない。何があるかわからないのだ。もしかしたら彼女の暴走が極まって、このマンションの住民全てを虐殺する可能性だってゼロとは言い切れない。
もちろん賠償ではなく逃走資金だ。
――さて。
執筆は思いのほか順調に進んだ。
取材はするまでもなく私の頭の中に経験として蓄積されているし、時間は膨大にある。文章は電子辞書と格闘して貧弱な語彙をカバーしつつ言葉を紡いでどうにかなっている。
ふむ、案外私には文才があるのかもしれない。ノンフィクション作家としての道を模索するのも有りかも。
などと自画自賛する余裕もあった。
まあ、彼女がノートパソコンを七回殴り壊したことはいささか頭が痛かったが。こまめにバックアップを取ったのは言うまでもない。
そんなふうにして、彼女と執筆の二つの歯車が私の生活の中で回っていた。もっとも、その二つは決してかみ合うことなく、しばしば彼女が執筆の歯車を弾き飛ばしてしまったが。
そして今日もまた、いつものように彼女が機嫌を悪くして私の執筆活動を中断させた。
けれど、それが〝いつものように〟などと暢気に構えられる状態でないことは、彼女が筆箱のふたを開けたことによって明らかとなった。
ハサミにカッター、あと千枚通しも入れたんだっけか。
せめて千枚通しはこっそり抜いておくべきだったな。うん。