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持論の撤回

       *


 彼女を北の研究所から持ち出し日本へ持ち帰るのは容易だった。少なくとも私にとっては。伊達に裏世界を飛び回ってはいない。

 廃棄する裏業者に成りすまし彼女を手に入れ、輸送用コンテナに彼女を紛れ込ませて船旅を満喫した。これも人脈の成せる業、実にたやすい。

 もちろん肝心の仕事のほうも滞りなく進んだ。マフィアのボスにぴったりの巨漢の人間兵器が数日中には届くよう手配済みである。

 万事が順調のまま、私は母国日本へと帰ってきた。

 相変わらずゆるい空気に満たされた平和なんだか物騒なんだかよくわからない国だった。

 彼女はコンテナから出し、スタンバイモードで起動済みである。

 スタンバイモードだと表情は無表情で戦闘力は皆無、声を発することもできない状態ではあるが、とりあえず自立歩行できる。

 手を引いて歩けば、こちらの思う方向へちゃんとついてきてくれる。

 本当はちゃんと起動させたかったのだが、北の研究所の研究員に「くれぐれも自宅に帰る前に起動させないように」と注意を受けたのだ。

 プロトタイプだから、まだ機械っぽさが残って動作に人間らしさが欠けているのかもしれない。なるほど人前では起動させないほうがいいなと私は思った。

 けれど歩行に関しては問題なかった。ごく普通のヒトのそれである。

 彼女は年齢は二十歳前後に見える。私は二十五歳。

 手を繋いで歩けば、そこいらのカップルと見紛うこともないだろう。最近の日本ではそのような間柄をリア充と言うのだったか。やれやれ、暢気な国だ。

 私は彼女の手を引いて電車に乗り、最寄り駅に降り立った。それから自宅マンションへと歩みを進める途中でコンビニに寄った。

 コンビニの中でも彼女の手を引いて歩いていたが、誰も我々を見咎めなかった。彼女の外見が少々目立ってはいるが、金髪の外国人だからと言って騒ぐような阿呆はいなかった。

 アイスと菓子パンを買ってコンビニを出た。意外だと思われるだろうが、日本のパンはとても美味いのだ。食べられるうちに食べておきたい。

 自宅マンションに帰る。もはや寝るだけの場所なので住処とは到底言えないが。

 私は早速彼女をスタンバイモードから通常モードへと移行させる。

「スタンバイ、解除」

 私がそう口にすると、彼女は立ったまま少し肩を落とし、完全に沈黙した。目は閉じている。

「アクティブモード」

 続けてコマンドを唱える。すると彼女から空気が抜けるような音が漏れ聞こえてきた。それは徐々に大きくなったと思ったら、ピタリと止んだ。

 そして、瞳を開いた。

 青い眼球が私を捉えた。

 まるで金縛りにあったかのように、私は息をするのも忘れて彼女に見とれた。彼女が兵器だなんて、とてもじゃないが信じられ――

「ぇ――――」

 気がつくと、私は壁に背中を激突させていた。

 腹部に激痛が走っている。

 私は腹を押さえ、彼女のほうを見やる。彼女は右足を突き出した格好で静止していた。

 ――蹴られた?

 そう思った直後、彼女はさらなる蹴りを見舞うべく私に襲い掛かった。私は無我夢中でその場から離れた。彼女の蹴りが頬をかすり、そこだけヤスリでやすったような熱を持った。

「オアアアアアアァァァァァ!」

 彼女が吠えた。声音は女性なのだが、逆にそれが奇怪さを助長していた。

 やはり彼女は兵器だったようだ。

「お、おい。どうしたんだ!?」

「アアァ! アアアアー!」

 駄目だ、まるで言葉が通じない。

 もしや日本語だから通じないのかと思い、英語やフランス語、北の国の言葉も試したのだが、彼女は吠え返すだけでまともな言葉は一切発しなかった。

 私があれこれと色んな言語を試したせいだろうか。

 彼女はさらに苛立ちを増した様子で、形相を酷いものにしていた。美人が台無しである。

「ガアアアアアアアアアアアアァァァァウアァァァァァァァッッッ」

 彼女が飛び掛ってきた。

 チーターを思わせる俊敏な動作に、当然のことながら私はついていけず、彼女の強烈極まりないパンチを顔面に思い切りくらった。

 さらに腹部に膝蹴り、トドメといわんばかりに回し蹴りを右側面から首に向かって見舞われ、床を無様に転がった。

 体中の関節が軋み、息をするのも一苦労だった。骨は折れてはいないだろうが罅くらいは覚悟したほうがいいかもしれない。

 彼女が私に視線を落とした。その目はとても熱く燃えていたが、何も恋に燃えているわけではない。何かに怒っているのだ。でなければ、こんなに暴れるはずがない。

 なぜか私には彼女の怒り方が癇癪を起こしているようにしか思えなかった。

 どんなことにも理由があり、結果がある。それが私の持論だ。

 彼女が怒る何らかの理由があり、その結果がこの惨状なのだ。

 けれど理由がいったい何なのか見当もつかない。

 彼女が倒れ伏している私に近づいてくる。

 なんとか逃げ出せないかと思うも、体のあちこちが痛んで指先をピクリとさせるのがやっとだった。

 彼女が私の顔の上で足を持ち上げる。踏みつける気だ。

 でも、まあ、惚れた女に殺されるのならいいかもしれない。

 武器商人などやっていると、同業者の悲惨な死に方の話題など、枚挙にいとまがない。それにくらべればまだマシか。

 私は目を瞑り、誰にともなく祈った。

 だが、人生の終わりは一向にやってこない。

 十秒、二十秒と経過し、さすがにおかしいと思って目を開けてみると、まだ彼女の足は私の顔の前にあった。

 彼女は停止していた。

 私は痛い体にムチ打ってそろりそろりと移動し、身を起こした。意外にも腰が一番痛かった。

 彼女に目をやると、私の顔面を踏みつけようとしている姿勢のまま、視線はテーブルの上にあるコンビニの袋に注がれていた。

 袋からは菓子パンがのぞいていた。

 ……食べたいのか?

 人間兵器がヒトと同じように見せるために食事も普通にできることは聞いているが、それはあくまでカムフラージュのため。決して食欲という欲望はない、はず。

 私は立ち上がってコンビニの袋から菓子パンを取り出し、彼女に差し出した。すると彼女は恐る恐るといった態で受け取り、パンを包装のビニールに入ったままの状態で上から眺め蛍光灯に透かしたりしていた。

 そして、そのまま丸呑みした。

 咀嚼することなく、ゴクリと。

 彼女の喉が一瞬、膨らんだのを私は見逃さなかった。その光景は、まるで自分が食われているような気持ちにさせた。

「…………美味かったか?」

 私が問うと、彼女はニコリと微笑んだ。

 たぶん私が発した言葉が通じたんじゃなくて、パンが美味かっただけだとは思う。それでも、私は嬉しかった。

 この時、私は彼女に改めて惚れた。彼女のために生きていこうと、なぜか心に決めていた。

 理由は、わからない。

 結果的に私が恋をしたという、事実だけが理不尽に突きつけられた。

 私は持論を撤回した。

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