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北の研究所

       *


 彼女と同棲する以前、私はフリーの武器商人だった。

 元々は組織に属していたのだが、仕事をしていくうちにゲリラやマフィア、テロリスト相手に個人的に武器を売ったほうが儲かることを知り、私は組織を脱退、フリーとなって世界を飛び回った。もちろんリスクは大いにあったが。

 世界は武器を渇望していた。

 これほど需要がある商品は、ほかにないだろう。

 争いが争いを呼び、憎しみが憎しみを生む。

 よくそんなことをもっともらしく口にする輩がいるが、武器商人をやっていた私にとってその言は鼻で笑える。

 武器が争いを呼び。

 武器が憎しみを生む。

 そして争いが武器を呼び。

 憎しみが新たな武器を生むのだ。

 これが正しい見方だ。同時に武器は富をも生む。私は争いと憎しみの間をすり抜けるようにして富だけを得ていた。

 巨万の富、と言いたいところだが、残念なことにそこまで資産を大きくはできなかった。それでも私一人ならば十分に、たとえ結婚して家族が増えても全く問題なく食べていけるだけの蓄えを、私は二十五歳にして築いていた。

 そんなある日のこと、私は〝人間兵器〟を調達するために某国に赴いていた。とあるマフィアのボスから護身用に一体欲しいという依頼があったのだ。

 驚く方もいるだろうが、既に人型の兵器がこの国では配備されている。秘密裏にではあるが。

 なぜ未だ表沙汰になっていないのかというと、彼らの姿が本物の人間そのものだからだ。兵士の格好をさせれば、それはもう誰がどう見ても一般の兵士と変わらない。中身が精密部品で構成されているのが違いといえば違いだ。

 完全なる機械――モノだ。

 ヒトではない。

 だが世間に露見するのはもう時間の問題だと私は睨んでいる。

 何せこの国は敵国を挑発することを趣味としているから。

 表立って国名を明かすと私の命も危ない。よってここでは便宜的に〝北の研究所〟としておく。

 私が〝北の研究所〟に買い付けにいけたのは、これまでの人脈あってのことだ。これもまた公表するわけにもいかないので割愛するが。

 北の研究所の研究員たちは思いのほかにこやかに私に人間兵器を見せてくれた。

 研究所は死体安置所のようにひっそりと冷たく清潔な場所だった。人間兵器はそこに簡易なベッドに寝かされていた。その数は全部で十二体。

「ようやく量産にごぎつけたんですよ」

 研究員の男は得意げに言った。

 それから彼はスペックや主だった機能を説明し始めた。

 私は彼の話を聞きつつ、人間兵器の顔を観察していた。どれも同じ迷彩服を着せられているが、それぞれ顔は異なっていた。面長のモノもいれば卵型の顔の形をしたモノもいる。

 太ったモノもいれば痩せたモノもいる。

 男もいれば女もいる。

 彼の説明が一息ついたところで、私は質問した。

「容姿がそれぞれ違っているが、どれも同じスペックなのですか?」

「そうです」

「なぜ容姿に個体差を与えたんですか?」

 この質問は純粋な興味だった。

「例えば個体差を与えずどれも同じ顔にして生産したとしましょう。すると、戦場に同じ顔をした兵士が大勢いることになる。ヘルメットを被って同じ軍服を着れば、まあ個性など人間でも随分薄れますが、それでも無個性にはならないのです」

 男はそれ以上語らず、唇を三日月のような形にひん曲げた。奇妙な笑い方だった。

「あぁ、なるほど」

 私は納得した。

 要は、同じ顔した兵士が大勢いては、早い段階で人間兵器が世界に露見してしまうということだ。けれど、人間兵器といえど無敵というわけではない。

 銃弾の一発や二発で機能停止はしないだろうが、撃たれ続ければいずれはダウンする。そうなったとき、敵にその骸を確認されたら終わりだろう。

 銃弾を受けて血が流れないヒトは、ヒトではない。

 私と研究員は値段の交渉に入った。依頼人から窺っている予算は膨大な額なので、はっきり言って交渉に手間取ることはない。

 しかも研究員が最初に言った値が私の予想を遥かに下回る額だったので、危うく驚いた顔をさらすところだった。

 迂闊に相手の言い値に即決してしまうと、向こうも自分が提示した値が安いと気付くかもしれない。

 私は困ったような表情を浮かべ、考える素振りを見せた。

 男は私のそんな様子を不安げな表情で見守っている。余程外貨が欲しいのか。

 それとなく十二体の人間兵器に視線を走らせた。

 そういえば人間兵器を買うのはいいが、いったいどんな容姿のものがいいんだろう。依頼人からは特に指定はなかった。おそらく人間兵器の容姿に個体差があるとは思わなかったのだろう。私だって思わなかった。

 けれどやはり頑強な体つきの男がいいはずだ。

 今回の依頼人はマフィアのボス。ボスの弾除けになる人間が、もやしのような男では敵に舐められてしまう。

「少し考える時間をくれませんか」

「ど、どうぞ」

 研究員は緊張の面持ちで答えた。この商談を失敗すると、とある将軍に強制労働所送りを言いつけられるのかもしれない。

 私は気の毒な研究員をよそに、ベッドの上の十二体の人間兵器を一体ずつじっくりと観察する。

 弾除けにするなら太ったタイプにするべきか。

 それとも秘書のような趣のこの女タイプにするのも有りか。

 そんなふうにして順番にベッドからベッドへ移動して、私は最後の十二体目の人間兵器のベッドに歩みを進めたとき、何かにつまづいて転んだ。

 膝をしたたか打って苦痛に顔をゆがめつつ、何につまづいたのか見てみると、それは腕だった。ほっそりとした、きれいな白い肌の。

 ひと目見て女性のそれだとわかった。

 ベッドの下に目をやると、そこには金髪の女が裸で横になっていた。

 こちらに顔を向けていた。

 とても、きれいだと思った。

 瞬間的に、私の心は華やいだ。

 ――と、研究員が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「それに触れてはいけません!」

「あ、あの、この女性は?」

「…………それは、プロトタイプです」

「ははー」

 私は体を起こさず、マングースのような格好でベッドの下を覗き込みながら頷いた。

 つまりこの女性も人間兵器で、しかも試作品ということだ。

 そしてこの扱い。

「失敗作、ですか」

 私が口にすると、研究員は渋々といった具合に「はい」と答えた。「明日には破棄します。それまでは適当に転がしておけと上が」

「なるほど、上が」

 ここの研究所の程度が知れた。人間兵器の品質に一抹の不安を抱かずにはいられない。

 私の心中を察したのか、研究員が「ぷっ、プロトタイプは失敗作ですが、こちらの十二体には問題ありませんっ」と焦って言った。

 問題ないなどと言ってしまえるあたりが北クオリティだった。

 人間兵器はまだまだ未知の領域を秘めた兵器なのだ。実戦に投入してみなければわからない問題も多くあるに違いないのだ。

 けれど、生憎人間兵器を扱っているのは世界広しといえどこの国だけ。そして依頼人は買えと言っているので、私としてはもうここ以外で調達する以外にはなかった。

 結局、私は身長百九十センチ近くの巨漢タイプを購入した。弾除けにはぴったりだ。

 研究員はようやく商談がまとまったことに安堵しているのか、隠すことなくホッと息をついていた。

 けれど私の商談はまだ終わってなどいなかった。

「ところで、あのプロトタイプはいくらですか?」

「えっ――」

 虚を突かれたらしく、男は一瞬呼吸を止めてしまったようだ。直後、ブハッとまとまった鼻息を撒き散らした。

「ええと、それはいったいどういう……」

「欲しいのさ、プロトタイプがね」

 そこで私は砕けた口調に変えた。

 ここからは私個人の取引という意味を、そして裏取引だという意味も込めて。

 研究員はそれを察し、小声で話し始めた。周囲には誰もいないし、監視カメラもないのだが。それとも録音でもされているのだろうか。

「あんた、アレに惚れたね」

 男が品のない笑みを近づけてきた。彼も本性を発揮したようだ。鬱陶しいことこの上ないが、ここは我慢しよう。

「好きに想像してくれ」

「ふふふ、まあ気持ちはわかるがね。けれどやめたほうがいい。きっと後悔するよ」

「後悔なんてしないさ」

「それにね、あれを売るとなると、色々と面倒なことになるんだよ。破棄しろと上から言われているし」

「上からねぇ」

 私は男の言葉を繰り返しつつ、彼の手を掴み、彼がもっとも欲しがりそうなものを握らせた。

 研究員は掌の中を確かめ、表情をいやしいものから驚愕へと変えた。想像以上の額に、驚きを隠せないようだ。

 武器商人を舐めないで欲しい。

「商談成立、でいいかな?」

 私が訊くと、男は首をぶんぶんと縦に振った。

 私と男はひっそりと握手を交わした。

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