シルバーリング
午後6時半
僕がテレビを見ているとチャイムが鳴った。
母さんは夕食の準備中で父さんからの帰るコールはまだだからおそらく父さんではない。
「秀ちゃんでてちょうだい」
母さんが大きな声を二階にいる僕に言う。
「うん」
僕は自分の部屋を出て玄関に向かい
「どちらさまですか」
と声をかけた。
「坂口です」
「……!」
僕は朝、恵理様を自転車の後部に乗せて通学したことを思い出した。玄関を開けて即謝る。
「惠理様、申し訳ございません」
「早退したらしいじゃない」
「熱がありまして」
「わたくしに報告すべきじゃないの」
僕は助けを求めるように後ろを向くと母さんがエプロンで手についた水を拭いながら来た。母さんが女神に見える。
「坂口さん、 どうしたの」
「わたくしの自転車が故障しまして朝、 秀一くんに乗せてもらって学校に行ったのですけど秀一くんが早退してしまって心配で伺いましたの」
「秀ちゃん、 今日早退したの?」
「……うん」
「なんでまた」
「熱があったんだ」
「でもそれなら坂口さんに言っておかないとね。 付き合ってるんだから」
「わたくし心配で心配で」
モジモジと可愛らしい仕草をする。
「秀ちゃん彼女を困らせないの。坂口さん上がってちょうだい。お詫びに今日も母さんが坂口さんを送って行くから」
「僕は自分の部屋で寝るからね。まだ体がきついもん」
「坂口さんも上で待ってて」
一人になりたいんです。
「はい、お母様」
恵理様の足取りは軽く僕の足取りは重い。
話しかけられないように僕は気分の悪いふりをしベッドに横になった。
「お熱あるのかな?」
恵理様が額をつけてくる。
「熱はないみたいね。顔は赤いけど」
恵理様は計算なのか天然なのか異性をどきりとさせる行動をする。
母さんがいるとはいえ自分の部屋で恵理様と二人きりは緊張する。僕は眠ったふりをする。
…………
「んっ?」
ほんの数分、僕は本当に眠ってしまっていたようだ。そしてなぜか背中が重くて寝返りが打てない。
「なんなの」
首をねじ曲げて後ろを見ると恵理様もベッドに入っていた。
「わっ!」
僕の眠気が一気に覚める。
恵理様は寝息を立てて寝ている。唇の色がなんとも扇情的で僕は欲望に負けてしまい恵理様の唇に人差し指を当てる。
なんて柔らかいんだ、これが女の人の唇。
ガチャ……
母さんがおかゆを持って僕の部屋に入ってきた。
「あーら、お邪魔だったかしら」
ニヤニヤしやがって。
「これ、これは」
言葉が浮かばない。
「風船貸そうか?」
「風船?」
「コンドーさんよ」
「違うって、違う違う」
情けなく動揺する。
「どう違うのよ、どう見てもそういう状況じゃない」
「恵理様起きてください恵理様」
僕は恵理様をおこそうと体を揺する。
「恵理様? 秀ちゃん坂口さんのことそう呼んでるの?」
リアル蟻地獄だー。
「恵理様ねえ」
さらに倍、ニヤニヤが増してやがる。絶対父さんに報告されるぞ。
「僕が恵理様をどう呼ぼうと勝手じゃないか」
逆ギレです。テンパってます。
「うんうん、いいのよ別にね。これ二人で食べなさい」
母さんはおかゆをおいて出ていこうとするが途中で止まり。
「コンドーさんホントにいらない」
と、念を押してきた。
「いるわけ無いだろ」
母さんを見送り恵理様見ると目をぱっちりと開けて起きている。
「恵理様、起きていたの」
「うん、私の唇に興味が有るんだ?」
その時から起きてらっしゃったんですか?
「指よりもこっちが気持ちいいわよ」
「んっ!」
恵理様はキスをしてきた。
これが……キス。
体の力が抜ける。柔らかくてキメが細かくて……気持ちがいい。
僕は体がとろけてしまわないうちに唇を離す。二人とも息づかいが荒くなっている。
「秀ちゃん、キスが嫌いなの」
「そんな」
「ファーストキスだったんだ?」
洋介にいとの事は言えるわけもなく
「……はい」
と、僕は頷いた。恵理様は満足そうに笑顔を浮かべる
「秀ちゃん可愛い」
僕に抱きつき押し倒してきてまたキスをする。僕もさすがに男であって、このままではふしだらなことをしてしまいかねない。
「母さんがおかゆを作ってきてるんですよ」
恵理様を振りほどいて僕はベッドから出て台の上に置いてあるおかゆを食べ始める。
そういえばいまの光景はさっきの洋介にいの家での出来事と似ている。
「恵理様は食べますか?」
言った後、お椀がひとつしか無いことに気付いく。
「そうね、 せっかくだしいただこうかしら」
「お椀取ってきますね」
恵理様は僕の手を掴む。
「お椀なんていらないわ」
「スプーンも一つなんですよ」
「キスしておいて今さら何を言ってるのかしら。お椀とスプーンを共用すればいいですわ。わたくしに食べさせなさい」
Sの時の口調になる。僕は言われたとおり恵理様の口にスプーンを運ぶ。
「熱いですわ」
「ごめんなさい」
これまたさっき似たようななことがあったよな。僕は丁寧にフーフーし、恵理様の口に一口一口運ぶ。
「おいしかったですわ」
僕と恵理様はおかゆをたいらげた。
「恵理様、今日はごめんなさい」
改めてもう一度僕は頭を下げた。
「いいのよ、 秀ちゃんは天然さんだから。わざとでしたら痛いお仕置きをいたしますけど」
最後の一言がリアルで怖い。
「そういえば恵理様はネットゲームをなさるのですか?」
「ええ」
「母さんが送って行くって言ってるしゲームでもしませんか?」
僕の作戦は恵理様にネットゲームに集中させ変な気を紛らわせることだ。僕はいそいそとパソコンを立ち上げゲームにログインする。
「このゲームは知りませんわ」
「結構単純ですから」
強引にゲームをさせる。そして僕はクッションに座り宿題をする。
ピンポーン……
父さんが帰ってきたのかな? ああ、さっきのことを報告される。
「秀ちゃん、麻里子ちゃんが来てるわよ。上がってもらうから」
母さんが声をかけてくる。なんで麻里ちゃんが来るんだろう?珍しいことだ。まもなく麻里ちゃんが僕の部屋に入ってきた。
「どうしたの? 麻里ちゃん」
「こんばんは」
「酒井さんでしたっけ」
なんとも辿たどしく会話する。この二人の醸し出す雰囲気に僕は息が詰まりそうになる。麻里ちゃんは仏頂面で僕を見る。
「仲がよろしいことで」
「ええ、とっても」
恵理様が僕に変わり笑顔でこたえる。
「男の部屋に二人きりはまずいんじゃないですか? 坂口さん」
「仰る意味がよくわかりませんが何が言いたいのです?」
「このバカだって一応男なんですから気をつけたほうがいいんじゃないですか」
「そんな、もう……ねえ、秀ちゃん」
恵理様が僕の顔を見てさらに笑う。僕は愛想笑いをしておく。
「なっ、なんですって!」
麻里ちゃんは般若の顔になる。
「こういうことですわ」
恵理様が僕の頬に軽くキスをする。
「くっ……あんた約束を忘れたの?」
赤鬼になった。この二人気が合わないんだろうな。約束って何?
「あんたたちのバカップルぶりに忘れるところだったわ洋にいがこれ渡しておいてくれって」
麻里ちゃんが封筒を投げつけてくる。
「寝る前に開けろってさ、私帰るから」
帰っていった。僕は封筒を机の引き出しにしまい込む。
「麻里ちゃんはなんでいつも怒ってるんだ」
「わたくしは理由がわかりますけどね」
「ホントですか! 教えてください」
「秘密ですわ。自分に不利になることはいたしません」
僕は意味が分からない。なんで麻里ちゃんの不機嫌の理由を知ることが恵理様の不利になるのか。
まあいいか。
「恵理様ゲーム楽しいで……ちょっと!」
恵理様は僕のエロ画像フォルダを開けていた。
「メガネっ娘が好きなのは確定なのね。酒井さんはどう? 結構当てはまるじゃない」
「見た目はいいんですけど性格が……」
つい正直に答えてしまう。
「眼鏡7割、巨乳8割、貧乳2割、外人2割、人妻熟女3割……」
「何分析してるんですか」
「恋人の嗜好を把握しているだけじゃない」
「わたくしはDだけど合格かな?」
両腕で胸を寄せる仕草をして訊いてくる。
「充分です」
寄せている胸元を直視できない。
「よかった」
「秀ちゃん、そろそろ坂口さんを送って行ったほうがいいかしら」
今日の母さんは女神です。タイミングを心得てらっしゃる。
「うん、母さんお願い」
「お母様でしょ」
余計な一言を付け足さなければいいのに。恵理様ネタでどれだけいじられるんだろう。
「はいはい、お母様お願いいたします」
「じゃあね。秀ちゃん」
「はい。明日は僕の後ろに乗って登校しましょう」
「当然よ」
恵理様は帰っていった。ベッドに横になるとあの柔らかい唇の感触を思い出す。雑誌やテレビ、小説でやたらとキスを強調する理由がわかった。
でも僕は本当に好きなのは洋介にいしかいない。それなのに僕は昨日と今日、性欲に負けた。
恵理様を想像して抜いたこと、恵理様のキスに体が反応してしまったこと……。
これは単なる性欲なんだ! 『愛のない性欲なんて不純だ』と自分自身に腹が立ってきた。
僕は洗面所に向かいキスを忘れようと数十回、うがいと歯磨きと洗面を繰り返した。
そして画像フォルダの女性の画像を全て消しDVDも割ってからゴミ箱に入れる。性欲を刺激するものを全部処分した。
翌日
昨晩、また僕は眠れなかった。恵理様のことをどうしても嫌いにはなれない。でも恵理様のことははっきりとカタをつけないと洋介にいに合わせる顔はない。
先に告白したのに恵理様と僕が付き合っているのは洋介にいにとっては裏切りと思っても仕方がない。
7時25分、恵理様が来た。僕は昨日と違い通学の準備を整えていた。
麻里ちゃんと洋介にいが隣の家から玄関を開けて出てくる。僕は洋介にいの体調が治ってほっとした。
「洋介にいおはよう」
「ああ」
「本田くんおはよう」
「坂口くんおはよう」
洋介にいは昨日のりんごの件を気にしているんだろうか?
「酒井さんおはよう」
「どうも」
麻里ちゃんと恵理様の確執は相当なものだな、仲良くできないもんだろうか。
「じゃあ、俺達は向こうだから」
二組に分かれる。
「秀ちゃん」
「わかってます」
ここできっぱり断り別れたいとまで言えればどれだけ気が楽になるだろう。だがそれができないのが僕という男である。後ろに乗せ自転車を発進させる。
いつもこの状態では自転車を取りに来るという名目で帰りも一緒にならざるを得ない、ここを何とか変えていかないといけない。
「恵理様、明日は補修があるので僕は先に学校に行きますから」
「そうですの。わかりましたわ」
一日策を練る日ができた。
「秀ちゃんはサッカー好きなのよね」
「はい」
「よかった。昨日画像フォルダにサッカー専用があったから。今日は暇?」
「暇といえば暇です」
「今日の、F対K戦のケットが手に入ったんだけど観に行かない?」
「行きます」
即答した。僕はKのファンだ。F対K戦はプラチナチケットと呼ばれめったに手に入らない。距離を置きたいと思った矢先にあっさりと引っ込めてしまった。マニュフェストかよ!
「どうしてチケットが取れたんですか」
「スポンサー割り当てっていうのらしいわ」
そういえばES商事はKのスポンサー企業だ。
ご令嬢である恵理にはこれくらい簡単なことだろう。
試合開始の30分前に僕と恵理様はスタジアムの最寄りの駅につく。
Kのユニフォームを着た恵理様は間違いなく一番可愛くて似合っており、むさ苦しいサポーターの男どもが嘗めるように恵理様を見ている。気分のいいものではないが恵理様は気にしていない。
スタンドの指定席に着き見渡すとスタジアムは観客で埋まっている。この雰囲気が初見は好きなのだ。
チームの応援歌をサポーターが歌い出す……。
「んっ……この声って」
僕は後ろを振り向くと
「まさか!」
洋介にいがいた。
洋介にいはKの熱狂的なファンで洋介にいの影響で僕もKのファンになった。
スタジアムに来ると性格がいつもと変わり攻撃的になる。
ヤジを飛ばすし皆で肩を組んで歌を歌うしアクティブになる。その時は眼鏡を掛けてはいない。
僕が洋介にいの素顔を知っているのは僕だけといったのはこのこともあるのだ。
洋介にいも僕に気付いたが隣にすわっている恵理様にも気付いた。
洋介にいは眼鏡を掛けながら僕達のところに来る。
「本田くんも来てたの」
「うん、久しぶりにチケットが取れたから」
口調はいつもの学校でのそれと同じだ。僕はこの場に居づらくなり
「手洗いに行ってきます」
といってその場を逃げ出した。
トイレで並んでいると右の手首を掴まれ列から離される。
「痛っ!」
僕を引っ張ったのは洋介にいだった。
「俺から逃げようとしたんだろう」
「なんで僕が洋介にいから逃げるの?」
「俺を裏切ったから」
「裏切った?」
「昨日チケット渡しただろう」
「何のことだかわかんないよ」
「麻里に渡すように言っておいたやつだ。麻里は渡したと言っていた」
僕は昨日、麻里ちゃんが封筒を持ってきたのを思い出した。その中にこの試合のチケットが……。
「ごめん、その封筒、中身見てなかった」
「ごまかそうとするな」
「本当だよ。昨日いろいろありすぎて」
「言い訳にならん」
「洋介にいだって昨日、僕にあんな事したじゃないか」
僕は子供のように涙ぐむ。
「あ、あれは……すまなかった」
昔から洋介にいは僕の涙目に弱い。
「僕は洋介にいが好きなのに。どうして僕を信じてくれないの」
「坂口くんと付き合うのを見ていて信じられるか」
「だいたいそれだって元はといえば洋介にいが悪いんだから」
「何でも俺の所為にするな」
「洋介にいが自分で女の子を振れば勘違いなんか生まれなかったんだ」
「……もう回りくどい話はやめよう。秀、お前は誰が一番好きなんだ。はっきりしよう」
「洋介にいに決まってるじゃないか。証拠を見せるよこっちに来てよ」
僕は洋介にいの腕を掴み洋式トイレの個室に入っていき、便器に蓋をして座らせてから唇を重ねた。
「眼鏡を取ってよ」
洋介にいが眼鏡を取ると重ねた唇から舌を入れる。
初めてのディープキス……要領がわからずとにかく舌を絡ませる。
「洋介にいの素顔は僕だけが知っている。洋介にいの唾液の味も僕だけが知っている」
そう言って今度は洋介にいの着ている応援ユニホームの上半身をはだけさせ胸部の突起を中心に舐め回す。
「僕は好きだから、洋介にいを愛しているからこんな事だって出来るんだよ」
「あっ……」
洋介にいの口から吐息が漏れる。
「秀…………やめろ……」
「嫌だ!」
胸から腹にかけ舌を小刻みに震わせながら舐めていく。
「……くっ……」
洋介の腹筋に力が入る。快楽が脳を刺激しているのだろう。ひと通り上半身をなめまわした後、またディープキスをすると洋介にいも舌を絡ませてくる。
「感じてくれたんだね。僕は嬉しいよ」
僕は軽く耳を噛み首筋を舐める、耳の後ろが一番反応がいい。
「もう……試合が始まる…………やめろ……」
洋介にいは息を乱して言う。
「僕のこと信じてくれるんだね」
「んくっ……信じるさ……」
さらに5分ぎこちない愛撫を僕は僕なりに愛情を込めて行い、先にトイレを出て恵理様の隣の席に戻っていった。
洋介にいはそのまま帰ってしまったようで応援席には現れなかった。
試合が終わり家に帰り着くと僕はシャワーを浴び汗を流す。試合はKが負けてしまったが洋介にいに想いを伝えただけで十分満足だった。
洋介にいに携帯をかける。
「洋介にいあの後、帰ったの?」
「ああ、秀があんな事するなんてな」
「……ごめん。でもああするしか気持ちを伝えられないと思って」
「俺の方こそ悪かったよ、お前を疑ったりして」
「もう怒ってない?」
「怒ってないよ」
「いまから、行ってもいい?」
「わかった」
僕は風呂上りの寝間着のまま隣の洋介にいの家に行く。チャイムを鳴らすと洋介にいが出る。
「服ぐらいちゃんと着ないと風邪を引くぞ」
「隣だから」
「そう言って何回次の日寝込んだことやら」
「昔話はやめてよ」
「誰が来たの?」
麻里ちゃんが玄関に来る。
「こんばんは」
「何時だと思ってるのよ」
「麻里ちゃんに会いたくて……」
「う、うっさい。冗談でも汚らわしい」
軽いジョークなのに顔を真赤にして怒って部屋に帰っていく。
僕は麻里ちゃんへの接し方はわからない、どう接してもいつも怒られる。
「取り敢えず部屋に来いよ」
「うん」
洋介にいの機嫌は良さそうで僕はひとまず安心した。
「ごめんな」
洋介にいはベッドに座り、隣にすわっている僕に頭を下げた。
「お前を追い詰めていたんだな」
「僕だって昨日封筒を確認していれば洋介にいを傷つけずに済んだよね」
「お前は天然だからな」
笑顔で頭を撫でる。僕も笑顔になれた。
「あと僕は優柔不断で坂口先輩からの告白を断りきれなくてそのままズルズルと付き合う事になってしまって」
「しばらくはそのままでいろよ」
「いいの?」
「お前が女を振るなんてできっこないし、お前の本当の気持が俺にあると分かったから」
「でも本気になったらどうしよう」
「お前は冗談を言う時に鼻を触る癖がある」
僕は無意識に右手で鼻を触っていた。
「僕のことを一番知っているのは洋介にいだね」
「俺のことを一番知っているのはお前だな」
洋介にいと僕はどちらともなく抱き合いベッドに横になる。
「優しくして」
「スタジアムで激しかったのはどっちだ」
洋介にいから唇を重ねてくる昨日と違い僕は拒否しない。だって、僕らは恋人同士なのだから。
「坂口くんとどっちがいい?」
「なんで知ってるの」
「カマをかけてみただけだが」
「いじわる。洋介にいに決まってるじゃないか」
「今日はこのまま寝よう」
「嫌だよ」
「我儘だな」
二人は初めてベッドで愛を確かめ合った。愛情と性欲の組み合わせがこの世で最高に人の快楽を刺激するものだ。コトが済んだ後二人はぐっすりと眠りについた。
翌朝5時に起きて僕は自分の家に帰り、家族には泊まったことを内緒にした。もちろん某Mちゃんにもばれていない……よな?
今日は恵理様は迎えには来ない。僕は窓を開け隣の玄関が開くまで自分の部屋に待機して、玄関から洋介にいが出てくるのを確かめてから走って玄関に行く。
「恵理様は今日は来ないの?」
母さんが訊いてくる。
「うん」
様はつけないでよ。
「洋介にいおはよう」
自分でのいつもの1.2倍、声が大きいのがわかる。
「朝からウザいのが来たわね」
相変わらずな意見をどうも。
「おはよう。秀」
いつもの冷静な洋介にいが帰ってきた。
「今日はあのデカイ女来てなの?」
「うん」
「別れたんだ? いや、振られたんだ?」
「まだ付き合っているけどいずれは別れるよ……」
「本当?」
機嫌が良くなってる。自分に彼氏がいないからひがんでたんだな。
昨日までの僕ならこんなセリフは言えなかった。僕は洋介にいと愛を確かめ合ってから、自信が持てるようになった。
「ねえ、あの約束を思い出してくれたの?」
「約束って何」
「死ねバカ! 結婚するんでしょ私たち」
熱中症で倒れた夏休み。看病してくれた麻里ちゃんにそんなことを言ったような気がしないでもない。でも麻里ちゃん冷たいじゃん。
「あんた何でついてきてんのよ」
「たまにはバスに乗りたくなってね」
「あんたと一緒に歩きたくないんですけど」
「じゃあ、これならいいでしょ」
洋介にいを真ん中にした。
………………
僕と洋介にいは麻里ちゃんを駅まで見送りバスに乗った。
満員で人が揺れる中、僕と洋介にいは離れないようにしっかりと手を握り合う。学校の最寄りの停留所を降りる頃には汗だくになっている。僕はハンカチで洋介にいの汗を拭う。
これ売れるかも……ダークな僕の部分が出る。そんな事する訳ないんだけどね。
昼休み
恵理様が僕の教室に来て、例のごとく屋上に二人でいきベンチに座る。恵理様今日は
元気がない。
「秀ちゃん、昨日わたくしになんと言いました」
「……補修があるので先に行きますと」
「なぜ朝、本田くんと一緒に来ていたのよ」
「遅刻をしてしまいました」
「嘘でしょ。あなたのクラスメイトに確認したわ」
「……」
「わたくしのこと嫌いなの?」
「そんな訳ありません」
「それならなんで嘘をついたのよ」
僕は自分の本当の気持ちを恵理様に知ってもらうのは今しかないと考えた。
「僕は洋介にいが好きなんです」
「それは知ってますわ」
「誤解を招く言い方でしたね。僕は……洋介にいを愛しているんです」
しばらく沈黙の時が訪れた。
「……秀ちゃんも冗談言うんだ」
「本気です」
「本田くんは男よ」
「いけませんか」
「おかしいじゃない。男同士で愛しあうなんて」
「誰がどう思おうと僕は洋介にいを愛しているんです」
「それは憧れが高じただけじゃないかしら」
「そうかも知れません」
「それなら愛とは違うわ」
「恵理様とのキスより、洋介にいとのキスが気持ちよかったのは事実です。僕はそれは愛の差だと思います」
僕が恋愛経験豊富なプレイボーイであるのなら決してこのような事は言わないだろう。相手を傷つけるのが分かっているから、だけども僕はよくも悪くも変化球を投げられない。
「…………」
恵理様は言葉を失った。女としてのプライドを崩壊されるようなことを言われたから当然だ。
「先輩別れてください。もうあなたとは付き合えません。嫌いではないんです、けれど洋介にいよりあなたを愛する事は不可能なんです」
僕はもう恵理様とは呼ばずに、冷たく別れの言葉をいう。
坂口先輩は両手で顔を覆う。
声を出さないが誰にも悟られないように泣いているのだろう。
「それでは僕は教室へ戻ります」
僕はどこまでも冷たくそう言って、坂口先輩を一人きりにしその場を去った。
坂口先輩にいい顔をして付き合い続けたとしても僕の気持ちが洋介にいにあるのならそれは虚構の恋愛でしかない。それならきっぱりと決着を付けるのが誠意だと思う。
僕は恨まれるのを覚悟して彼女を突き放した。
2年と数ヵ月後…
自分の受験番号があることを確認し両親に電話を掛けて伝えると喜んでくれた。僕はそれだけを言うとさっさと電話を切り洋介にいに電話をする。
「秀、おめでとう」
「知ってたんだ」
「右を向いてみろ」
言われたとおり右を向くと、僕の方を見て手を振る洋介にいがいた。僕は駆け寄り二人で並んで歩きながら話す。
「一緒に行こうっていったのに」
「ちょっと驚かせたくてさ」
「これでまた先輩だね」
「まさかお前が受かるとは」
「僕の事信じてなかったの?」
「秀の努力に感心してるんだよ」
「だって洋介にいを監視しないとね」
「俺が浮気すると思うか」
「さあ、信頼しても信用するなでしょ」
「生意気なことを……」
洋介にいは僕の胸を裏拳で軽く叩く。
「経歴が全く一緒だな」
「同じ会社に入ろうかな」
「お前は文系だから所属部署は変わるけどな」
「そうか、そうですね」
「それよりこれを見てくれないか」
洋介にいはポケットから指輪を出す。
「俺からのプレゼントだ」
シルバーの裏にイニシャルが掘ってあるシンプルな指輪。僕はそれを左手の薬指にはめる。
「似合うかな」
「そのデザインに似合うも似合わないもないだろう」
「うん」
洋介にいの指にもシルバーの指輪が光っている。僕たち唇を重ねた。
「僕たちの関係は桜の花のようにはならないよね」
「当たり前だろ」
「洋介にいに出会えてよかった」
「俺もだ」
僕たちは唇を離して、このまま一つにくっついてしまうかのように強く強く抱きしめ合った。
読んでくれた方ありがとうございます。淡白な文章ですみません。