第二夜・月
目が覚めた時、少女は窓枠に身体を埋め、月を眺めていた。
腐りかけた男を門からすぐの道ばたで弔うことを許した少女は、盗賊一味がその作業をこなしていくのを、ただ淡々と見ていた。
三日三晩の雨は降り止み、夜空には月が出ていた。幾分薄れたものの未だ漂う腐臭は、昨夜からの失態と豪雨と埋葬と小さな葬式に追われ、ようやく深い眠りに落ちている者どもには、何の影響もないようだ。
「・・・あなたのなまえ、わたししらない」
気配に気づいたのか、少女は月を眺めたまま問う。あなた、という曖昧な表現だったが、それが自分に向けられているものだとすぐにわかった。
「既望。既に望むとかいて、すでう」
「いいなまえだ」
うん、と一つ月を眺めたまま頷いて、窓枠から軽い音を立てて少女は降り立った。そのままとてとてとこちらへ向かってくる様は愛らしさを含んでいる。
「すでう」
目の前までぴたりと止まると、横たわったまま少女を見上げている俺とは反対に、少女は立ったまま俺を見下げる。
そして、再び瞬きを三度して、
「わたしもなまえがほしい」
と、言った。
男を埋葬したあと、彼女に少しの人間らしさが垣間見えた気がする。声に少女の幼さが混じり、じいっと見ていなければわからないほどだが、表情も変化するようになった。
今思えば、どうして見ず知らずの感情を持たぬ少女に、関わっているのか。此処を新しい根城にするのならば、さっさと追い出せばよかったのでは?
しかし、それは風に吹かれれば飛んでいく塵程度の重みであり、自分の尊厳を守る上っ面だけの考えに過ぎないと深層心理は知っている。
何故かはわからない。ただ、彼女に惹かれたのだ。
彼女はそれなりに美しいかもしれない。しかし、それとは違う。どう言えばいいのか。彼女の瞳の闇とはあまりに違う漆黒に、囚われた・・・という表現で結論づければ、俺は盗賊をやめて詩人になった方がいいだろう。
「すでう」
もう一度呼ばれたその名に、意識を今へと戻す。
「名前が欲しいのか?」
「うん」
何かを見計らい、またとてとてと歩いて窓枠へ身を埋める少女のあとをゆっくりと追い、同じ窓から外を見る。
「・・・十六夜」
「じゅうろくや」
ぽつりとつぶやいたそれを彼女は繰り返す。
「十六夜、なんてどうだ」
満月の次の夜に現れるそれは、満月よりも月の出が少し遅いため、「躊躇っている、いざよっている」ように見えることから「十六夜」と呼ばれるようになった。なお、動詞の「いざよう」が名詞となった形が「十六夜」である。また、十六夜には別名があり、それを既望という。
「いざよい」
ぽつり、ぽつり。空にぼんやりと輝くそれと同じ名を、何度も、何度も少女は繰り返し、不意に俺に向き直った。
「きにいった」
十六夜の明かりに照らされて。初めて見せた、少女の緩い笑みは。
俺の心臓を五月蠅くさせるのに、十分すぎるほどだった。