姉に婚約者を奪われた偽聖女は、愛を信じないので王太子の恋愛相談を雑に片付ける
本当の聖女は姉セレスティアだった。
けれど、姉は私リゼットの婚約者だった幼なじみのエルドと出ていった。
駆け落ちなんて、困窮して泣きついてくるのは想定内だけど、王太子を人質にするのは想定外だった。
◆◇◆
姉セレスティアの聖女の力が分かったのは姉が15歳の時だ。
それまで普通の伯爵令嬢で、そろそろ社交界の事も考えなければと思っていた時だった。
姉は教会で聖女として一生を送ることに泣き濡れた。
教会の方にも準備があると言うことで、2年間の猶予があったけど、聖女の噂を聞きつけて来るものが絶えず、屋敷には家族と使用人のみが入ることを許された。
ちょうどそんな決まりができた頃に、幼なじみのエルドに結婚を申し込まれて、私リゼットは婚約した。
娘の婚約者は家族という事で家に入っていいことになった。
私とエルドは姉より一つ年下で、エルドとは姉も幼なじみだった。
年下の侯爵令息のエルドを召使いのようの扱う姉だったけど、エルドは喜んでいた。
同じ年の私より、姉の方がエルドと仲が良く、それはエルドが姉に恋していたからだった。
姉に会うための私との婚約だって事は最初から分かっていたど、私はエルドが好きだから、それでも嬉しかった。
聖女の姉が教会に行っても、優先的に会う為には家族でなくちゃいけないから、エルドはずっと私といてくれるもの。
——なのに。
二年後の教会へ行く数日前に、姉のセレスティアとエルドは駆け落ちした。
私は絶望した。
姉の身代わりでも、婚約者としてそれなりに気を使って愛してくれていたのに……あれは、全部嘘だった。
『会いたかったよ、リゼット』
そう言ってエルドは私にキスした。
『今日も綺麗だよ』
そう言ってエルドは抱きしめてくれた。
『16歳の誕生日おめでとう』
そう言ってエルドはネックレスをくれた。
全てがこの日、裏切るための準備だった——。
私の心は砕け散った——。
姉を探しても見つからず。
仕方なく私が身代わりに神殿へ行く事になる。
——何が聖女だ。
身代わりでもいいなら、最初から偽物を用意しておけばいい。
そしたら、私が愛する人から騙されることもなかった。
まだ、愛を信じていたかもしれない。
今更そんな虚構に塗れた人生なんて送りたくないけど——。
◆◇◆
身代わりの聖女に聖なる力はない。
神殿もそれは知っている。
だけど、そんな事がバレてはいけない。
「聖女様、今日もお願いします」
信者が来たら、どっちとも取れるような当たり障りのないことを言えばいい。
当たれば御信託で、外れたら信心が足りないから。
クレーム処理は神官の仕事だ。
私は、何でもない事をそれっぽく言う技術だけ磨けばいい。
王太子のレオンハルトがやってくる。
なんでも、平民の女の子を好きになってしまったとか。
王太子に婚約者がいるのは国中が知ってるのに。
婚約者は公爵令嬢ヴィオレーヌ様だ。
美しく聡明で非の打ち所がない方だと有名で、王太子より人気がある。
「ティアはすごく可愛いんだ。どうすれば気持ちを伝えられるだろうか、聖女」
「押し倒してしまえばいいでしょう、権力者なんだから」
「せ、聖女!?」
王太子が驚いている。
後ろで聞いている側近も驚いてる。
「お、俺はちゃんと愛されたいんだ!」
「愛なんてまやかしです。後から支払われる慰謝料の額を見れば生まれてきますよ」
「……」
王太子が唖然としている。
『ちょっと来い』と神官に引っ張られる。
「流石にまずい、私たちにもフォロー出来ません」
王太子の後ろにいた側近もいた。
「レオンハルト様には公爵令嬢のヴィオレーヌ様と結婚して頂かなければいけません。平民の女とは別れさせてください」
付き合ってもいなんでしょ?
王太子の元に戻る
「レオンハルト様、聖女のお告げです。ヴィオレーヌ様と結婚してください」
「あからさまに側近からダメ出しされてるじゃないか!?」
まあ、バレますね。
「でも、レオンハルト様がそのままではティアさんに好かれることはありません」
「なんで!?」
「優柔不断、軟弱、思い込みが激しいくせに行動力がないし責任感もない、ウジウジ悩む、相談しにきた癖にでもでもだって。好かれる要素ゼロです」
「ただの悪口!?」
「もっと決断力と行動力をつけて、本能のままに振る舞う男らしさを身につけてください」
「でも……」
「また、でもでもだってですか」
軽く睨んで言う。
「う、分かった、ティアの前で頑張ってみる」
「それはダメです」
「なんで!?」
「あなたのような人が最初から本命に行っても失敗します。まずはヴィオレーヌ様で試してください。あなたのような人の婚約者として長年耐えてきた人です。ちょっとぐらい失敗しても笑って許してくれますよ。優秀な練習台です。遠慮なく最後までやってください」
「そうか……試してみる!」
いつの間にか後ろに戻っていた側近が満足そうにうなづいた。
既成事実さえ作ってしまえば逃げられない。
王国のことを真剣に考えておられるヴィオレーヌ様もお望みのようですから。
◆◇◆
一日の終わりに聖女の部屋に戻る。
教会の回廊の外は鬱蒼とした薬草になる植物でよく見えない。
植物の中から声がする。
「リゼット」
エルドだった。
「どうぞ」
私は聖女に報酬を日払いで貰っている。
それを全額渡した。
「ありがとう」
エルドはニマッと笑って去っていく。
エルドが私をこっそり訪ねて来たのは、私が聖女になってすぐです。
姉と駆け落ちしたのはいいものの、持ち出した多額の現金をすぐに盗まれてしまったらしく途方に暮れていた。
でも、私が多分、姉の身代わりで教会に送られて来ると踏んで待っていたそうです。
それで裏切って捨てて行った婚約者がお金を渡すと思っているならおめでたい。
自分がした事を責められて、人を呼ばれて捕まって、姉が聖女に連れ戻されるとは考えていないようだった。
私はもちろん恨み言を言うつもりだったっが、口からなんの感情も出て来なかった。
砕けてしまった私の心はエルドになんの期待も持っていなかった。
だから私はお金を渡した。
聖女になった私の生活の全ては教会持ちで、お金の使い道なんてないからいらないのだ。
『ありがとう、リゼット』
エルドに言われてもなんの感情もなかった。
このまま何も言わずにお金を渡し続けたら、エルドは自分で生活をする力がなくなる。
多分、破滅して行くのだろう。
でも、それを望んでいるわけでもない。
壊れた私には何の意思もなかった。
◆◇◆
「聖女! 助けてくれ!」
王太子のレオンハルトが来た。
「あなたのような人は救えません」
「まだ何も言ってない!?」
「結論は変わりませんが、話したいなら話してください」
「実は、ヴィオレーヌを練習台にしたら、婚約破棄したいと言われたんだ!」
「え? ヴィオレーヌ様にまで嫌われるなんて……レオンハルト様凄いですね」
「そんな場合じゃないだろう。ヴィオレーヌと婚約破棄なんてことになったら、政治問題になる。このままにはしておけない、君のせいなんだから責任とって貰う」
「平民の娘と浮気しようとしてたのはレオンハルト様です。私はそのアドバイスをしたまでです。政治問題は最初からです。公爵令嬢がいるのに平民と浮気するなんて舐めた真似したら即、婚約破棄でしたよ。レオンハルト様はご自分の魅力のなさでヴィオレーヌ様に嫌がられて、婚約破棄したいと言うヴィオレーヌ様の本音を引きだし、ギリギリの希望ラインで止めたのです」
「本音って! バレなきゃ別に問題なかっただろう。君が、練習台なんかにしろって言うから、バレた上に怒られたんだ!」
「聖女にまで相談する浮かれっぷりで、バレないわけないでしょう。私が密告します」
「はあ!?」
レオンハルト様が驚いてる。
後ろの神官に呼ばれる。
「それはダメです。守秘義務がありますから、信用第一で。破るのはいざという時だけですよ」
破る事はあるんだ。
「レオンハルト様、ティアさんの方に密告します。聖女からのお告げで、王子と浮気しなさいと言えば、効果絶大です」
「聖女! ありがとう!」
王子の側近がそれはやめろと慌ててる。
私は手で静止する。
「あなたは側近だから、王太子がモテると思っているかもしれませんが、大丈夫です。モテません。ちょっと話して振られてもらうのが一番未練がありません」
側近がうなずく。
「俺に聞こえてる! そう言うことは裏で話して!」
「裏に行くのもめんどくさい。裏で決めたことはどうせ王子にはバレるけど、口先だけで誤魔化せばなんとかなるんですし」
「ぶっちゃけすぎだよ!」
「ティアさんのことも、王子が私のお告げと共に会いにいってもどうせ問題起こすんでしょう? それでまた相談に来て適当にあしらわれた事を本気にしてティアさんに会いに行って、また問題起こしてって繰り返すことが目に見えています」
「適当にあしらわないで!」
「私が王太子と一緒にティアさんに会いに行って一回で済ませましょう!」
側近がうなづいた。
◆◇◆
「リゼット……」
「お姉様……」
「王太子の好きな町娘のティアさんってお姉様の事だったんですか? セレスティアだからティアって」
「え、レオンハルトって王太子だったの?」
ティアの働く街のカフェで姉と再会した。
「え? 二人は知り合いだったのか!?」
レオンハルト様と、後ろに控える側近と神官が驚いている。
「お姉様、聖女からのお告げで、レオンハルト様と浮気してください」
「嫌よ。リゼット、あなた聖女じゃないでしょう? 浮気じゃなくて、私を正妃にして下さい、レオンハルト様」
「え! いいのか、ティア!」
レオンハルト様が喜んでいるが、側近と神官が首を振っている。
どうでもいいんですけど……一応止めますか。
「お姉様、エルドはどうするんですか? 私がお金を渡してあげてたでしょう」
「妹から金をせびるくらいしか使い持ちないし、王太子のレオンハルト様の方がいいわ。エルドはリゼットにあげる」
「あんなクズいりません」
私が言った言葉を聞いていた人影がありました。
私の言葉に悲しそうに目を見開いている。
いつも教会に金をせびりに来てたクズです。
この顔を見るとムカついてきました。
姉の事が好きなクセに私と婚約して、姉に誘われたらホイホイ着いて行って、困ったらお金をせびりに来て……。
でも、これでいい思いをしているのはいつも姉です!
それで、私が連れてきた王太子のレオンハルト様の正妃になるって!?
そんなの、許せません!!
「レオンハルト様は私と結婚して下さい! 私が正妃になります!」
そう言って私はレオンハルト様に抱きついた。
「せ、聖女!?」
レオンハルト様が驚いている。
神官が隙をついて姉の腕を掴んだ。
「聖女、教会に戻ってもらいます!」
「え? 嫌よ、リゼットがいるでしょう!?」
「身代わりには聖女は務まりません!」
私、かなり頑張ってたのに。
「聖女——いや、リゼット! 君は俺の事を好きだったのか!? かなり馬鹿にされてた気がしたけど、好きな子をいじめちゃうってやつだったのか」
「本音ですけど、私とレオンハルト様の遠慮のない関係がいいと思います」
レオンハルト様は絶句している。
「俺は、愛されたいんだ!」
私の腕を振り払ったレオンハルト様が、神官の腕を振り払った姉に捕まった。
「レオンハルト様、私、聖女にはなりたくないんです。一緒に来てください。エルドも来なさい」
姉はレオンハルト様に、自分の髪をまとめていたヘアピンを突きつけていた。
神官も側近も動けない。
刺さったら痛そう。
でも、それだけだ。
痛いのくらい我慢して。
私は近くにあった、カフェの会計用のコイントレイを手に持つと、思いっきり姉の手に持ったヘアピン目掛けて叩きつけた。
姉はヘアピンを床に落とす。
「痛いっ!」
ヘアピンを突きつけられていたレオンハルト様に思いっきりコイントレイがぶつかって、ヘアピンが刺さる以上のダメージを与えた。
「リゼット、私の邪魔をするの!?」
「お姉様のせいで、身代わりの偽聖女をさせられたり、邪魔されてるのは、私です」
叩かれた顔を抑えていたレオンハルト様がハッとする。
「聖女、君は偽物だったのか!?」
あ、マズい!?
と言う顔を神官がしてますが。
「気付きませんか? 普通」
私の言葉に、側近がうなづいてる。
「き、気づかないよ! 真剣に俺の悩みに答えてくれただろう!? 平民に王太子が恋してるなんて、本物の聖女だったら話も聞いてくれなかっただろう」
「そうね。聞かないわ、アホくさい」
神官に今度こそ捕まった本物の聖女の姉が答えた。
「リゼット、君が俺を救ってくれたんだ。俺の王妃になってくれ。姉妹だから君の顔も俺の好みだし」
「愛されないのにいいんですか?」
「王家の権力を見れば、愛なんて後からついてくるだろう?」
いえ、もうすでに愛してます。
「成長しましたね、レオンハルト様」
側近も私が伯爵令嬢なの王太子との結婚はいいらしい。
◆◇◆
姉は結局、聖女として教会に捕まった。
「お姉様の聖女の力ってなんなんですか?」
実は誰も伯爵家でも誰も知らなかった。
「不正を内側から正す力よ」
「教会に一番あっちゃいけないやつ!」
……そうか、だから教会は2年も準備期間が必要だったんだ。
不正の元は別に移してあるわね。
「教会と一緒に私まで、清く正しくなっちゃう!」
姉は泣いていた。
エルドは結局、実家の侯爵家には戻らず、姉からお金をもらって教会近くに暮らしている。
日々、清く正しくなっていく姉に説教される毎日らしい。
私はレオンハルト様の新しい婚約者として発表されると、元毒舌聖女として大人気になった。
ヴィオレーヌ様には、「自分の気持ちに素直になれました、ありがとうございます」と感謝されました。
これだけは本当に良かったと思います。
レオンハルト様は私と婚約した事で、愛より実利の男になれたと喜んでいるけど、全然そんな事ないです。
「17歳の誕生日おめでとう」
プレゼントを大量にくれて、パーティーを開いて祝ってくれました。
「今日も綺麗だよ」
会うたびに言って赤くなって、抱きしめてくれる。
「愛してよ、リゼット。君に出会えて良かった」
涙を流さんばかりに言って、私にキスする。
日に日にレオンハルトの愛が重くなってくる。
愛されすぎて、このまま私に愛が戻ったらどうしよう。
幸せすぎるから。
レオンハルト様に抱かれながら、私は今後の虚構に塗れた人生について考えた。




