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SKYPIECE  作者: 御影のたぬき


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第7話 捜索

 企業の捜索チームがアンダートークに入ったのは、シンカが来た翌々日だった。

 非公式だ。正式な捜索令状もなければ、都市管理AIの支援もない。アンダートークは法的には企業の管轄外で、強制力を持って入ることはできない。

 だから私服で来た。

 6人のチームが、2人ずつ3組に分かれて第1層に散った。情報端末と、小型の熱探知センサーと、IDスキャナーを持っている。IDを持たない人間が多すぎる場所でIDスキャナーを使っても意味はないが、それでも持ってきた。

 6人のうち、本当の意味での素性を知っているのは誰もいない。互いを本名で呼ばない。ミッションが終わればそれぞれ別の場所に消える。

 企業のそういう部門が存在することを、スカイピースの住民は知らない。

 マーカスが最初に気づいた。

 朝の第1層、非公式マーケットが開く前の時間。6人の動きを、マーカスは別の目的で出ていた巡回中に見た。

 服装が違う。歩き方が違う。目線が違う。長くここに住んでいれば、外の人間がどう動くかはすぐわかる。

 マーカスは即座にルートを変えて、工房のある方向に向かった。

 ジールに伝えなければならない。

 工房のコンテナをノックしたのは夜明け前だった。

「マーカス」

 ピカトが扉を開けた。眠っていなかったのか、目が醒めている。

「外に来ている。6人。企業の人間だ」マーカスは短く言った。「ジールを探してる。確信はないが、そう見える」

 ピカトの表情は変わらなかった。

「時間はある?」

「今すぐじゃない。第1層の外縁から動き始めてる。ここまで来るには1時間はかかる」

「わかった。ありがとう」

「ジールに言え。気をつけろと」

「言う」

 マーカスは背を向けて歩き出した。3歩歩いてから、振り向かずに言った。

「早く動け」

 ジールが起きた時、ピカトはすでに荷物をまとめていた。

 何が起きているかを、ピカトが短く説明した。ジールは布団から出て、スラスターを装着した。

「第5層に行く?」

「そこしかない。第1層と第2層は今日は使えない」

 ピカトが端末を出した。先日用意した、第5層への連絡手段だ。

「第5層に知り合いがいる。ルカという女性。元々第1層にいたが、今は下に住んでる。信用できる」

 ジールはピカトが第5層に知り合いがいることを知らなかった。

「いつから知り合いだ」

「3年前から。スラスターの部品を融通してもらってた。詳しい話は後で」

 ピカトが荷物を一つジールに渡した。軽い。必要最小限のものが入っている。

「スラスターの予備燃料、1日分しか持てなかった」

「わかった。行こう」

 コンテナを出た。外はまだ薄暗い。アンダートークの夜明けは、プラットフォームの縁が少し明るくなることで察知する。太陽が見えないから。

 2人は第1層から第2層への降下路を使わずに移動し始めた。

 第5層への降下は、慣れていないとできない。

 アンダートークの構造は複雑で、第1層から第5層への直通路は存在しない。増築に増築を重ねた迷宮を、層を下がるルートで繋いでいく必要がある。ジールは第3層まではよく知っているが、それより下は1度しか行ったことがない。

 ピカトがナビゲートした。

 端末の画面を見ながら、左、右、降下、と指示する。狭い通路と、急な階段と、一部を飛び越えなければいけないギャップと。ジールがスラスターで補助しながら降りる。ピカトはジールの手を借りた。文句は言わなかった。

 第3層を過ぎると、空気が変わった。

 重い。湿気が高い。配管の音が大きくなる。機械の音がどこからでも聞こえる。光源が少なくなって、非公式の電飾看板も減る。代わりに、手製のランタンが建物の軒先にかかっている。

「第4層」ピカトが言った。「ここで一度止まる」

 ピカトが端末を操作して、通信を送った。

 30秒待って、返信が来た。

「ルカから。第5層の東区画、水道管の近くの建物。場所を送ってくれた」

 ジールはその場所を端末の地図で確認した。ここから20分程度だ。

「急ごう」

 2人は動き始めた。

 第5層は、想像以上に人がいた。

 暗い。どこも暗い。電力が限られているから、どの建物も最小限の光しか使っていない。人々の顔が、ランタンの光で照らされている。子供が走っている。老人が軒先に座っている。

 普通の生活だ。

 ただ、場所が違う。太陽の光が届かない場所で、普通の生活をしている。

 ジールは自分が第1層を「普通の場所」だと思っていたことに気づいた。ここに比べれば、第1層は明るい。そこも知らずに「うちは底だ」と思っていた。

 案内された建物は、外から見た印象より中が広かった。

 女性が出迎えた。

 40代くらいで、背が高く、左腕に機械義手を装着している。目が鋭くて、しかし笑顔がある。

「ピカト」

 ルカと呼ばれた女性が、ピカトに声をかけた。

「ルカ。ありがとう」

「座りな。話を聞こう」

 ルカに事情を説明した。

 ピカトが中心に話して、ジールは補足した。ルカは黙って聞いていた。

「企業が直接動いた」ルカが言った。「それは厄介だ」

「どのくらい厄介か」

「第1層と第2層には、しばらくいられない。企業が諦めるまで。でも、企業は粘る」

 ルカが立ち上がって、部屋の奥の棚から何かを出した。古い端末だ。

「この端末で外の情報が入る。友人が第2層にいて、動きを教えてくれる。ここにいる間はこれで確認しろ」

 ジールが受け取った。

「ルカ、なぜ助けてくれる」

 ルカは少し笑った。

「昔、似たような立場だったからだよ」

 義手の左腕を少し動かした。

「この腕は、企業の実験の名残だ。20年前の話。その頃、俺も——」ルカは「俺」と言った。「走るのが好きだった。速かった。そこを拾われて、上に行って、使われて、下に戻ってきた」

 ジールは義手を見た。

「詳しい話はいずれな。今は休め。追っ手は今日ここまでは来ない。第5層の入り方を上の人間は知らない」

 ジールはルカが用意した部屋に荷物を置いた。

 薄い壁、狭い空間。でも清潔だ。ここに住んでいる証拠が随所にある。工具が整然と並んでいる棚、手製の本棚に並んだ本、写真の代わりに紙に描かれた人物の絵。

 ピカトが隣の部屋に入った。扉を閉める前に言った。

「ジール」

「なに」

「今夜は寝て」

「眠れるかわからない」

「眠れなくていい。横になってて」

 扉が閉まった。

 ジールはベッドに横になった。天井が低い。電球が1つ、弱い光を出している。

 シンカが来た。企業が来た。逃げた。ここにいる。

 1週間前、スカイラッシュの轟音を聞いていた場所から、今は何層も下にいる。

 でも方向性は逆だ、とジールは思った。普通、下に逃げることはない。普通、追い詰められれば上に逃げる。ジールは下に来た。

 それでいい、と思った。

 ここが底じゃない、とわかったから。底があるとすれば、もっと深いところに。

 シンカの言葉が浮かんだ。

 「俺も同じように見つかった。何も知らないままに」

 シンカは何を知らなかったのか。今は何を知っているのか。

 ジールはいつの間にか眠った。

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