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第24話 空いた席

 僕たちが勝ったことは、

 驚くほどあっさりと知らされた。


 森の上空に、

 拡声器の音が響く。


 勝敗の宣告。

 簡潔で、事務的な声。


 それだけだった。


 だが――

 その内容が意味するものは、重い。


 人数不利。

 戦力差。

 英雄役と他種族役。


 そのすべてを、

 ひっくり返しての勝利。


 誰もが、

 正面からの力比べを想定していた。


 誰もが、

 セレナたちが勝つと疑っていなかった。


 だからこそ、

 沈黙が落ちた。


 怒号も、歓声もない。


 ただ、

「なぜ負けたのか」を

 理解できない空気だけが残る。


 怪我人は多い。

 だが、致命傷はない。


 前線は崩れ、

 後方は混乱し、

 判断は遅れ続けた。


 それが、

 敗因だった。


 ヤギュウの暴力。

 リサの支援。

 そして――

 姿を見せない指揮官。


 誰かが、

 小さく呟く。


「……おかしいだろ」


 英雄が負けるはずがない。

 光が夜に敗れるはずがない。


 そんな“前提”そのものが、

 踏み砕かれた。


 ノアは、

 その中心には立たない。


 剣を収め、

 血の匂いを抑え、

 ただ静かに立っている。


 勝利は、

 叫ばない。


 誇らない。


 次の日からは、

 普通の日常がやってきた。


 朝になり、

 鐘が鳴り、

 授業が始まる。


 昨日まで森で剣を振るっていたことなど、

 最初から無かったかのように。


 教師は淡々と板書をし、

 生徒はノートを取る。


 ――いつも通り。

 ――何も変わらない。


 そのはずだった。


 教室を見渡すと、

 机が――

 ぽつぽつと空いている。


 一つ。

 また一つ。


 名前を呼ばれることはない。

 理由も説明されない。


 最初から、

 そこにいなかったかのように。


 彼らがどうなったのか。

 どこへ行ったのか。


 ノアは、

 興味を持たなかった。


 切り捨てられたのか。

 戻されたのか。

 あるいは、

 別の場所へ送られたのか。


 どれでもいい。


 この学園では、

 席が空くこと自体が答えだ。


 残った者だけが、

 前を向く。


 残った者だけが、

“使える”と判断された。


 ノアは、

 静かに教科書を開く。


 リサは、

 何事もないようにノートを取る。


 ヤギュウは、

 腕を組み、退屈そうに前を見ている。


 誰も、

 空席について話さない。


 話してはいけない、

 という空気が

 すでに出来上がっていた。


 普通の授業。

 普通の一日。


 だが――

 この教室にあるのは、


 平和ではなく、

 選別の後の静けさだった。


 ノアは、

 その静けさの中で思う。


(……ああ)


 ここは、

 やっぱり学園なんかじゃない。


 戦場の予備室だ。


 そして自分は、

 その中で――

 もう、

 十分に馴染んでしまっていた。


 シエルの授業は、

 淡々と進んでいく。


 黒板に、いつもと違う文字が書かれた。


 ――刻気。


「神倣術だけが、力ではありません」


 そう前置きしてから、

 シエルは続けた。


「神倣術の適正があれば、併用できる術があります」


 一瞬、

 こちらを見た――

 そんな気がした。


 偶然か。

 それとも、意図的か。


「それが――刻気です」


 教室が、わずかにざわめく。


「剣や体に文字を刻み」

「“意味”を定着させることで」

「それ自身を強化する技法」


 黒板に、

 簡素な図が描かれる。


 剣の刃。

 腕。

 胸。


「ドワーフが似たような技を使いますが」

「それはドワーフが“真似をした”ものです」


 そこで、

 数人の生徒が顔を上げた。


「この前の世界史で習いましたね」


 そう言われ、

 ノアは思い出す。


 赤の時代。

 人類が、

 他種族に抗うために

 必死で知恵を絞っていた頃。


 ドワーフの鍛冶。

 武器に宿る“性質”。


 ――それを見て、

 人類は気づいた。


 力は、祈るものだけじゃない。

 刻むこともできる。


「刻気は、神倣術のように派手ではありません」

「ですが、時間をかけて使い続ければ」

「確実に“差”になります」


 シエルは、

 淡々と説明する。


「ただし」

 声が、少し低くなる。


「刻みすぎれば、壊れます」

「剣も、体も、精神も」


 教室が静まる。


「刻気は、便利な力ではありません」

「覚悟が必要です」


 ノアは、

 机の上で指を組む。


 なるほど、と心の中で呟いた。


 これは――

 神の力ではない。


 借り物でもない。


 自分で背負う力だ。


 だからこそ、

 英雄派は好まない。


 だからこそ、

 教会は警戒する。


 シエルは、

 最後に一言だけ付け加えた。


「使えるかどうかは、適正次第です」

「……そして」

「“どこまで刻むか”は、本人次第」


 その言葉が、

 妙に重く響いた。


「それでは、早速やってみましょう」


 シエルのその一言で、

 生徒たちは教室を出て訓練所へと連れられた。


 天井の高い石造りの空間。

 床には無数の傷が走り、

 壁には刻印の痕が幾重にも残っている。


 ――ここで、

 どれだけの者が試されてきたのか。


「刻気は、刃物で刻むものではありません」


 そう言って、

 シエルは一歩前に出た。


「文字を彫るのではなく」

「意味を通すのです」


 視線が、

 足元へ向く。


「例えば――」


 シエルは、

 自分の靴に軽く指先を添えた。


 刃も、

 道具も使わない。


 ただ、

 静かに目を閉じる。


 次の瞬間。


 靴底に、

 淡く光る文字が浮かび上がった。


 ――《付着》。


 それは刻まれたというより、

 染み込んだように見えた。


 素材の奥へ、

 意味だけが入り込んだ感覚。


(……思いを、通している)


 ノアは、

 直感で理解した。


 これは技術というより、

 意志の形だ。


 シエルは、

 そのまま壁へ向かう。


 躊躇なく、

 足を壁につける。


「――見ていてください」


 次の瞬間。


 そのまま、歩いた。


 壁を、

 床と同じように。


 重力を無視した動きではない。

 吸い寄せられるような、不自然さもない。


 ただ、

 そこに“足場がある”かのように。


 教室が、

 ざわめく。


「すげ……」

「どうなってんだ……」


 シエルは、

 数歩進んでから振り返る。


「これが刻気です」


 淡々とした声。


「神倣術のように、力を引き出すのではない」

「刻んだ意味が、働く」


 靴が、

 壁から離れる。


 床に戻ると、

 刻印の光はゆっくりと消えた。


「刻気は、常時発動しません」

「必要な時にだけ、意味を呼び起こす」


 一瞬、

 間を置いてから続ける。


「だからこそ」

「刻む言葉は、慎重に選びなさい」


 軽く笑う。


「一度刻んだ意味は」

「簡単には、消えませんから」


 ノアは、

 自分の手を見つめた。


 血が巡る感覚。

 剣を握った時の感触。


 刻めば、

 確実に強くなる。


 だが同時に――

 逃げ場はなくなる。


 刻気は、

 力を与える代わりに、

 選択を奪う。


(……なるほど)


 神倣術より、

 よほど残酷だ。


 だが――

 それでも。


 ノアは、

 目を伏せたまま思う。


 これは、

 夜の生き物が使うべき力だ。


 祈らず、

 願わず、

 ただ――

 自分の意志を、刻むだけ。


 シエルは、

 生徒たちを見渡した。


「では」

「次は、あなたたちです」


 訓練所の空気が、

 一段と重くなった。


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