表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/24

第22話 夜が名乗る

 二日目。


 森の奥から、

 ミレイユが踏み出してきた。


 昨日までの探り合いではない。

 最初から、前線を壊しに来ている足取り。


(……本気だ)


 ノアは一歩、位置をずらす。

 ヤギュウはそれを合図に、剣を強く握った。


 先に動いたのは、ミレイユだった。


 ――踏み込み。


 低い姿勢からの斬り上げ。

 速い。鋭い。

 英雄派でも屈指の剣だ。


 ヤギュウが正面から受ける。


 ガキンッ!


 重い金属音。

 腕に衝撃が走る。


 だが、ヤギュウは退かない。

 押し返すように斬り下ろす。


 ミレイユは半歩引き、

 刃を流しながら横へ回る。


「力任せね」


 皮肉を飛ばしつつ、

 連続で三太刀。


 右、左、突き。


 どれも浅く、だが確実に隙を探ってくる。


 ヤギュウの剣が遅れる。

 ミレイユの刃が、肩口をかすめた。


 血は出ない。

 だが、体勢が崩れる。


 ――そこに。


 ノアが踏み込んだ。


 剣は振らない。

 ただ、間合いに入る。


 ミレイユの視線が、

 一瞬だけノアに引かれる。


 その一瞬。


 ヤギュウの剣が、

 横薙ぎに振り抜かれた。


 ミレイユは受ける。

 だが、完全には受けきれない。


 刃が滑り、

 腕に衝撃が走る。


「……っ」


 後退。


 間合いを取ろうとした瞬間、

 ノアが再び前に出る。


 今度は、

 逃げ道を塞ぐ位置。


 ミレイユは舌打ちする。


(挟まれてる)


 正面にはヤギュウ。

 背後には取れない。

 左右は、木と地形。


 再び剣戟。


 ヤギュウの斬撃は荒い。

 だが、重い。


 ミレイユの剣は正確だ。

 だが、削られていく。


 一太刀。

 二太刀。

 三太刀。


 受けるたびに、

 腕に負担が溜まる。


 このまま続ければ、

 勝てない。


 勝てないが、

 負けもしない。


 ――だが。


 前線は、確実に止まる。


 ミレイユは、

 それを理解した。


「……ここまでね」


 剣を引き、

 大きく距離を取る。


 呼吸が、少し荒い。


「この配置」

「長引かせる気でしょう?」


 ノアは答えない。

 ヤギュウも、追わない。


 ミレイユは、

 二人を睨みつける。


「今日は退くわ」

「でも、これで終わりじゃない」


 そう言い残し、

 森の奥へと下がっていった。


 剣を下ろす。


 ヤギュウが短く息を吐く。


「……退かせたな」


「ああ」


 ノアは静かに答える。


 勝ったわけじゃない。

 倒したわけでもない。


 だが――

 前線は、確実に押し返した。


 それで十分だった。


 森の中で、

 英雄側の足音が遠ざかる。


 二日目が、終わりかけた頃だった。


 森全体に、

 不意に音が走る。


 拡声器を通した声が、

 木々に反響し、

 枝葉を揺らしながら広がっていく。


「――注目してください」


 生徒たちの動きが、止まる。


「この訓練で」


 一拍。


「勝敗に関わらず――」

「将来的に足手まといだと判断された者は」

「学園から去ってもらいます」


 淡々とした声。

 感情はない。


 シエルの声だった。


 森が、

 一瞬で静まり返る。


 ざわめきは起きない。

 悲鳴も、抗議もない。


 ただ、

 言葉の意味が、

 ゆっくりと染み込んでいく。


 ――足手まとい。


 ――排除。


 これは訓練だ。

 授業だ。

 そう言い聞かせてきたはずのものが、

 一線を越えた瞬間だった。


 ノアは、

 森の奥で静かに考える。


(……なるほど)


 推測は、

 容易だった。


 英雄派は、即戦力が欲しい。


 育てる余裕はない。

 迷う時間もない。


 だから、

 ふるいにかける。


 まだ十代前半の子供たちに、

 実戦さながらの訓練を課す。


 怪我人が出ることを、

 最初から織り込み済みで。


 そして――

 二年前。


 処刑台で、

 宣戦布告がなされた、あの日。


 あの瞬間から、

 戦争はもう始まっていたのだろう。


 表向きには平和。

 内側では、

 刃を研ぎ続ける。


 この学園は、

 教育の場ではない。


 兵を選別する場だ。


 ノアは、

 遠くで焚き火の光が揺れるのを見つめた。


 恐怖に足をすくませる者。

 怒りに震える者。

 覚悟を固める者。


 そして――

 何も感じない者。


 夜は、

 すでに答えを出している。


 ここで切り捨てられるのは、

 弱い者ではない。


「使えない」と判断された者だ。


 ノアは、

 静かに息を吐いた。


 盤面は、

 思っていた以上に

 血の匂いが濃い。


 だが――

 だからこそ。


 この場所で、

 生き残る価値がある。





 だからこそ――

 吸血鬼は、夜に動いた。


 焚き火の光が弱まり、

 森の闇が濃くなる時間。


 ヤギュウが、

 最後に剣を交えた相手のもとへ向かう。


 傷は浅い。

 治療すれば動ける。

 だが、痛みと疲労で思考は鈍っている。


 そこで――

 魅了の魔眼。


 視線が合った瞬間、

 相手の呼吸が一拍遅れる。


 瞳の焦点が、

 わずかにずれる。


 判断が、

 滑り落ちる。


 その隙に、

 ノアが前に出る。


 自分の手のひらに、

 小さな傷を作る。


 赤い血が、

 静かに滲む。


 それを、

 親指につける。


 そして――

 相手の額に、

 そっと押し当てた。


 それだけ。


 呪文も、

 大仰な儀式もない。


 簡易的な血の従者。


 吸血鬼は、

 自身の血を他者に飲ませることで、

 忠実な従者を作り出す。


 今回は、その簡易版。


 完全な支配ではない。

 だが、

「逆らう」という選択肢が、

 思考から消える。


 相手は、

 何が起きたのか理解できないまま、

 静かに頷いた。


 それで十分だった。


 夜の森に、

 新しい“駒”が生まれる。


 ほどなくして――

 英雄役の陣営へ、

 一人の男が駆け寄った。


 焚き火を囲み、

 次の日の動きを話し合っている最中だった。


「みんな!」


 切迫した声。


「ノアたちが――」

「居なくなってる!」


 空気が、

 一瞬で変わる。


 最初に反応したのは、

 セレナだった。


 立ち上がり、

 即座に判断する。


「……分かった」


 剣を握り直す。


「私を残して、全員突入」

「私は、万が一に備えてここに残る」


 その声に、

 迷いはない。


 反論も、

 異論も出なかった。


 英雄役たちは、

 次々に森の奥へ散っていく。


 焚き火のそばに残るのは、

 セレナ一人。


 その背後で――

 夜は、

 静かに笑っていた。




 ノアは、

 英雄陣地を――木の上から見下ろしていた。


 焚き火は、一本。

 人影は、一つ。


 残っているのは――

 セレナ、ただ一人。


 仲間を前に出し、

 自分は後ろに残る。


 守るためか。

 責任のためか。

 それとも――

 自分が“最後”になる覚悟か。


(……やっぱり、君は甘い)


 ノアの視界が、

 ゆっくりと赤に染まる。


 瞳が変わる。

 人の色を失い、

 夜の色を宿す。


 それは、

 吸血鬼の証。


 歯茎の奥が疼き、

 牙が静かに伸びる。


 隠す必要は、もうない。


 ここには、

 選別者と、

 選別される者しかいないのだから。


 風が、

 木々を揺らす。


 次の瞬間――

 ノアは、飛び降りた。


 枝を蹴り、

 影を引き裂き、

 重力に身を預ける。


 音もなく。

 ためらいもなく。


 焚き火の光が、

 彼の影を大きく歪める。


 セレナが、

 顔を上げた。


 その前に、

 ノアは立っていた。


 夜を背負い、

 血を宿し、

 人ではないものとして。


 そして、

 静かに口を開く。


「――ユグドラシルに選ばれた人類へ」


 赤い瞳が、

 真っ直ぐに射抜く。


「最後の吸血鬼から」


 その言葉は、

 宣戦布告でも、

 挑発でもない。


 宣言だった。


 神に選ばれた光へ、

 夜が名乗りを上げた瞬間。


 焚き火が、

 ぱちりと音を立てる。


 そして、

 森は――

 完全な静寂に包まれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ