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第21話 動かいことで、動かす

 郊外学習は、森の中で行われた。


 鬱蒼とした木々。

 陽の光は葉に遮られ、地面にはまだらな影が落ちている。


 ――エルフの戦闘を想定しているのだろう。


 ノアはそう判断した。

 視界を奪い、音を吸い、距離感を狂わせる森。

 英雄派にとっては「障害」であり、

 本来なら慎重さが求められる場所だ。


 だが、今回は違う。


 お互いの陣地は、すでに把握されている。


 ルールは単純。

 相手陣地の旗を奪った方が勝ち。


 終わりはない。

 どちらかが勝つまで。


 だから皆、

 動き出す前から考えている。


 配置。

 役割。

 誰を前に出し、誰を守るか。


 ノアたちの旗は、

 森の奥――洞穴の中にあった。


 天然の要害。

 狭く、暗く、数で押しにくい。


(……いい場所だ)


 ノアは、

 森全体を盤面として捉える。


 そして――

 最初に動かしたのは、ナイト。


 ヤギュウ。


 圧倒的な暴力。

 剣を振るうだけで、相手の判断を奪う存在。


「前に出て」


 短い指示。


「敵を、なぎ倒して」


 ヤギュウは、

 何も疑わない。


「任せろ」


 そのまま、

 陣地前へ踏み出す。


 剣が振るわれ、

 木々の間に衝撃が走る。


 英雄役の生徒たちが、

 次々と押し返される。


 ――正面からの圧。


 これだけで、

 相手は「攻め」に集中せざるを得なくなる。


 次に、

 ノアはボーンを配置する。


 洞穴の中。

 旗のすぐそば。


 リサを呼び寄せ、

 一瞬だけ、牙を立てた。


 血は、最小限。


 そして、

 囁く。


「リサちゃん」


 耳元で、静かに。


「僕を、守ってね」


「……う、うん」


 返事は遅い。

 思考が、少し鈍っている。


 だが、

 抵抗はない。


「だから――」


 ノアは続ける。


「あれ、お願い」


 リサは、

 何を指すのかを理解するより先に、

 頷いた。


「……わかった」


 神倣術リフレイン


 一定範囲内で、

 相手が直前に取った行動を、

 無意識のうちに繰り返してしまう。


 逃げた者は、また逃げる。

 攻めた者は、同じ角度で攻める。

 引き返した者は、また引き返す。


 洞穴の入口付近。

 旗へ続く動線。


 そこに、

 罠が置かれた。


 派手さはない。

 光も、音もない。


 ただ、

“判断だけ”を狂わせる。


 ノアは、

 一歩引いた場所から森を見る。


 嫌われ役。

 排除される役。


 ――それなら、慣れている。


 誰かに憎まれ、

 誰かに恐れられ、

 誰かに討たれる存在。


 その役を引き受けることで、

 全体が動くなら――

 それでいい。


 正義を語らない。

 英雄にならない。


 相手が嫌うことを、

 時間をかけて、

 丁寧に進める。


 森の奥で、

 英雄役たちが足を止め始めている。


 同じ動きを、

 何度も繰り返しながら。


 ノアは、

 静かに次の一手を考えていた。


 夜は、

 すでに森の中に広がっている。


 誰にも気づかれないまま、

 確実に。



「セレナ、俺たちはどう動く」


 ライアンが低い声で言った。


「もう、あいつらはヤギュウを前に出してるぞ」


 剣を振るう影が、木々の隙間に見える。

 正面から叩き潰す気だと、誰の目にも分かった。


「分かってる」


 セレナは短く答える。


「今、考えてるところよ」


「考えてる時間なんてあるのか?」


 ライアンは苛立ちを隠さない。


「俺は知ってる」

「ノアは、こういう時に一番厄介になる」


 沈黙が落ちる。


 その沈黙を切るように、

 セレナが一歩前に出た。


「……じゃあ、私が行く」


 そう言って、

 模造聖剣を握る。


 刃が、わずかに光を帯びた。


「ちょっと待ちなさい」


 ミレイユが、すぐにセレナの腕を掴む。


「なんで、こっちの最高戦力を先に出すのよ」


 セレナは振り返る。


「相手はヤギュウよ」

「放っておけば、被害が出る」


「だからって、あんたが行く必要はないでしょ」


 ミレイユは冷静だった。


「こっちは数がある」

「まずは敵陣の視察よ」


 指で森の奥を示す。


「数を使って、動きを探る」

「それが普通でしょ」


「……でも」


 セレナは言葉を選ぶ。


「それで、怪我人が出たら?」


 ミレイユは、一瞬も迷わなかった。


「甘いわ」


 きっぱりと。


「戦時に怪我人はつきものでしょ」


 その言葉に、

 ライアンが小さく舌打ちする。


 誰も否定できない。

 正しい判断だ。


 森の中で、

 風が枝を揺らす。


 その音が、

 どこか不安を煽る。


 セレナは、

 握った剣を見つめたまま、

 一歩引いた。


「……分かった」


 表情は変えない。

 だが、胸の奥で嫌な予感が消えない。


 ――ノアは、待っている。


 正面でも、

 奇襲でもない。


 **“踏み込んだ瞬間”**を。


 それを、

 三人とも、まだ言葉にしていなかった。



 ヤギュウには、

 一つだけ指示していることがあった。


 ――殺すな。

 ――壊しきるな。


 手を加えれば治るところで、止めろ。


 それだけだ。


 怪我人が出れば、

 戦力は二つに割かれる。


 一つは前線。

 もう一つは、治療。


 動けない者を運び、

 血を止め、

 立てるかどうかを判断する。


 たとえ軽傷でも、

 人は足を止める。


 だから、

 ヤギュウには加減して剣を振ってもらう。


 骨は折らない。

 腱も断たない。


 だが、

 痛みは残る。


 恐怖も残る。


「まだ動ける」

「でも、無理はできない」


 その中途半端さが、

 一番、厄介だ。


 ヤギュウは、

 その意味を理解していない。


 ただ、

 言われた通りに振るっている。


 それでいい。


 結果だけが、

 盤面を動かす。


 森の奥で、

 倒れた生徒の周りに人が集まり始める。


 誰かが旗へ向かうはずだった足が、

 そちらへ逸れる。


 誰かが前に出るはずだった剣が、

 鞘に戻る。


 それを見ながら、

 ノアは動かない。


 嫌われ役。

 排除される役。


 それなら、

 一番慣れている。


 血を流させずに、

 戦争を遅らせる。


 それもまた、

 立派な攻撃だった。


 そして――

 一日目は、終わった。


 日が傾き、

 森の影が長く伸びる。


 勝敗は、

 まだ決していない。


 旗は奪われず、

 陣地も崩れていない。


 だが、

 確実に違いは生まれていた。


 英雄役の陣営には、

 小さな怪我人が点在し、

 治療のために人が割かれている。


 前に出るはずだった者が、

 後ろに下がり。


 指示を出すはずだった者が、

 判断を迷う。


 一方で、

 洞穴の前は静かだった。


 ヤギュウは剣を収め、

 リサは入口を守り、

 ノアは一歩も前に出ていない。


 動かないことで、

 動かしている。


 それが、

 この一日の結論だった。


 夜が、

 森に降りる。


 焚き火の光。

 疲労した声。

 誰もが、

 明日を考え始める。


 ――二日目が、

 本番だと。


 ノアは、

 暗闇の中で目を閉じた。


 盤面は、

 まだ崩れていない。


 だが、

 すでに――

 勝敗は、ゆっくり傾き始めていた。

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