第20話 役割を与えられた者たち
今日の教室は、少しうるさかった。
ざわめきの中心で、
怒声が上がる。
「誰が――」
「セレナに勝てない田舎剣士だと!」
ヤギュウが、
体格で圧倒的に劣る男の首元を掴んでいた。
指が、
制服の襟に食い込む。
「そ、そんなこと言ってないよ……」
声は震え、
視線は泳いでいる。
「んなこと、どうでもいい」
ヤギュウは吐き捨てる。
「俺が“聞いた”って言えば」
「聞いたんだよ」
左手で胸ぐらを持ち上げ、
右手を――
拳に固める。
教室の空気が、
一段、重くなる。
誰も、止めない。
止められない。
ヤギュウは、
一瞬だけこちらを見た。
何かを求めるように。
許可を乞うように。
だから、
僕は見つめ返した。
言葉はいらない。
――それが、許可だった。
次の瞬間。
鈍い音。
拳が、
男の顔面に叩き込まれる。
身体が宙を舞い、
壁に叩きつけられ、
ずるずると床に落ちた。
教室が、
静まり返る。
そこへ、
僕が入る。
まるで、
最初から用意されていた役割のように。
「ヤギュウ君」
落ち着いた声。
「暴力は、良くないよ」
ヤギュウは、
怒りを残したまま振り返る。
「邪魔をするな、ノア」
「俺は、あいつに教えなくちゃならない」
「このクラスで一番なのは――俺だってことを」
「あぁ」
僕は、
小さく頷く。
「君が一番だとも」
その言葉に、
ヤギュウの怒りが、
一瞬だけ、緩む。
「だから――」
一歩、近づく。
「今は、少し眠ってて」
次の瞬間、
背後に回り、
首元へ――
手刀。
ヤギュウの身体が、
力を失って崩れ落ちる。
意識を、
刈り取っただけだ。
倒れたヤギュウから視線を外し、
僕は、殴られた男に近づいた。
しゃがみ込み、
目線を合わせる。
「ごめんね」
穏やかな声。
「ヤギュウ君が、殴っちゃって」
男は、
混乱した顔で言う。
「……なんで」
「君が謝るんだよ」
「それはね」
僕は、
少しだけ微笑む。
「僕が、ヤギュウ君と仲がいいから」
「……そ、そうか」
男は、
それ以上、何も言えなかった。
立ち上がる。
背後で、
ひそひそと声が漏れる。
「あいつ……」
「ヤギュウと仲いいのに、心広いな」
「そうだな」
「成績だけいい奴だと思ってたけど……見直したよ」
その言葉を、
僕は聞いていた。
もちろん、
狙い通りだ。
ごめんね、ヤギュウ君。
君の暴力で、
僕は――
皆の心を掴む。
誰かを殴らずに。
誰かを傷つけた“後”に、
優しくするだけで。
夜は、
また一つ、
教室の中に居場所を作った。
誰にも、
疑われないまま。
ユグドラシア神聖王国の内政は、
大きく三つに分かれている。
一つは、王族派。
今の王こそが正統であり、
秩序と統治こそが国を守ると訴える派閥。
もう一つは、英雄派。
ユグドラシルがもたらした奇跡を絶対視し、
剣と力によって世界は導かれるべきだと信じる者たち。
そして最後に、中立派。
どの派閥にも属さず、
だが状況次第では、
どの派閥にも与することができる者たち。
その均衡は、
表向きには保たれている。
だが――
政治の歪みは、
必ず下へ流れる。
学園も、例外ではなかった。
それを教えてくれたのは、
リサが集めてくれた“お友達”だった。
貴族の家。
商家の家。
官僚の家。
それぞれの家に流れる噂や、
食卓で交わされる言葉。
それらを繋ぎ合わせれば、
一つの輪郭が浮かび上がる。
――今、力を持っているのは英雄派だ。
教室の前に、
シエルが立った。
その声は、
いつもより少し硬い。
「次の授業で、郊外学習を行います」
生徒たちが、ざわつく。
「内容は――」
「他種族との戦闘を想定した、実戦形式の学習です」
一瞬、
教室の空気が変わった。
普段なら、
こんな荒っぽい授業は行われない。
理論。
訓練。
段階的な成長。
それが、この学園の建前だった。
だが今回は違う。
英雄派の訴えが強かった。
他種族を想定敵とし、
排除を前提とした教育。
それだけで、
この学園がどの派閥に近いかは明白だった。
シエルは、
黒板の横に貼られたランキング表へ視線を向ける。
指で、
名前をなぞる。
「セレナさん」
「ライアンくん」
「ミレイユさん」
三人が、前を見る。
「あなた達は、他のみんなを引っ張る――」
「英雄役になりなさい」
当然だ、という空気。
誰も疑問を持たない。
そして――
シエルの視線が、
もう一方へ移る。
「ノア君」
「ヤギュウ君」
「リサさん」
一瞬、
教室が静かになる。
「あなた達は――」
「他種族役よ」
その言葉は、
淡々としていた。
悪意も、
躊躇もない。
ただの“役割”として。
ノアは、
表情を変えなかった。
むしろ、
胸の奥で静かに笑う。
――なるほど。
英雄派の思想。
排除される側。
想定敵。
自分たちが、
どちら側に立たされるか。
学園は、
はっきりと示した。
夜は、
また一つ、
名前を与えられた。
他種族。
だがそれは、
ノアにとって侮辱ではない。
むしろ――
好都合だった。
盤面は、
さらに分かりやすくなった。
次に動くべき駒は、
もう決まっている。




