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第19話 使える

 それから、ノアは考えるようになった。

 仲間のことを。


 仮に――

 もし、という想定で。


 セレナ。

 ライアン。

 ミレイユ。


 この三人が、同時に牙を剥いたらどうなる。


 結論は、早かった。


 勝てない。


 一対一なら、状況次第でどうにかなる。

 だが三人同時となれば話は別だ。


 セレナの太陽。

 ミレイユの柔軟な判断力。

 ライアンの純粋な暴力。


 それぞれが欠点であり、同時に補完でもある。

 噛み合えば、隙がない。


 だから――

 数が要る。


 ノアは、視線を教室の側面に移した。


 黒板。

 そこに貼られた一枚の表。


 ランキング表。


 学問。

 剣術。

 総合評価。


 毎日、更新される。

 数字も、順位も、変動する。


 だが――

 一位だけは、動かない。


 セレナ。


 彼女がこの教室にいる限り、

 その名前が頂点から落ちることはない。


 二位は、ミレイユ。

 日によっては、ノア自身。

 思考と実践が噛み合った日は、そこに自分の名が入る。


 三位。

 ヤギュウ。


 プライドが高く、

 承認欲求が強い。


 自慢の髪は毎朝ワックスで固められ、

 その艶が彼の自己評価そのものだった。


 視線は常に上。

 だが、

 一位を直視できない男。


 四位に、ライアン。

 力に偏り、学問で点を落とすが、

 下に落ちきらないだけの剣はある。


 五位以下は流動的だ。

 日によって顔ぶれが変わる。


 神倣術の評価が高ければ、

 そこにリサの名が入ることもある。


 ノアは、

 ヤギュウを見た。


 剣の腕だけで言えば、

 ほぼセレナに並ぶ。


 間合い。

 踏み込み。

 判断速度。


 どれも一級品だ。


 それでも――

 勝てない。


 理由は単純だ。


 セレナの方が、

 ユグドラシルに愛されている。


 才能ではない。

 努力でもない。


 世界の偏り。


 同じ剣を振るっても、

 同じ速さで踏み込んでも。


 最後の一瞬で、

 光が彼女に味方する。


 ヤギュウは、

 それを理解していない。


 理解できないからこそ、

 苛立ち、

 焦り、

 自分を誇示する。


 ノアは思う。


 ――使える。


 剣の腕。

 嫉妬。

 承認欲求。


 すべてが、

 方向さえ与えれば、刃になる。


 仲間とは、

 信頼で結ばれる存在ではない。


 少なくとも、

 今のノアにとっては。


 同じ方向を向いている駒。

 それで十分だった。


 ノアは、

 もう一度ランキング表を見る。


 夜は、

 すでに教室の中にいる。


 あとは、

 どこから崩すか。


 それだけだった。


 ノアは、

 リサを伴ってヤギュウに近づいた。


 わざとだ。

 二人きりではなく、

 **「見られている状況」**を作るために。


「ヤギュウ君は、すごいね」


 ノアは穏やかな声で言った。


「剣術じゃ、僕は絶対に勝てないよ」


 その瞬間――

 ヤギュウの心臓が、トクンと跳ねた。


 その音を、

 ノアの耳は逃さない。


 エルフの血が混じる聴覚は、

 言葉よりも先に、

 感情の揺れを拾い上げる。


(……入った)


「そうだろう」


 ヤギュウは、待っていたかのように胸を張った。


「俺は完全無欠なのだから」


 声に迷いはない。

 自分でそう信じている。


「ほんとにすごいよ」


 ノアは、

 一切の皮肉を込めずに言う。


「僕にも、教えてほしいな」


 それだけでよかった。


「俺がいれば、お前もすぐ上達するだろう」


 ヤギュウは、

 誇示するように顎を上げる。


「俺に目をつけるとは、なかなかいいセンスをしている」

「俺の髪型くらい、いいセンスだ」


 自慢の髪を、

 無意識に撫でながら。


「うんうん」


 ノアは、ただ頷いた。


 反論しない。

 否定しない。

 主導権も、奪わない。


 ――与える。


 称賛を。

 役割を。

 居場所を。


 それだけで、

 ヤギュウは沈んでいく。


 ノアは知っていた。


 自尊心の高い人間ほど、

「認められる場所」に弱い。


 ヤギュウは、

 すでにノアの言葉を待つ側になっていた。


 気づかないまま。


(……もう抜けられない)


 これは沼だ。


 しかも、

 自分の欲求が満たされる、

 心地のいい沼。


 同じだった。


 リサも。


 ノアに目をつけられ、

 視線を受け、

 安心を与えられた時点で――

 もう詰んでいる。


 支配ではない。

 命令でもない。


 ただ、

「自分を必要としてくれる存在」

 になっただけだ。


 ノアは、

 二人を視界に収めながら思う。


 仲間を集めているのではない。

 信頼を築いているのでもない。


 駒を配置している。


 まるで、

 チェス盤の上に。


 セレナという女王。

 ミレイユという策士。

 ライアンという騎士。


 そこに――

 ヤギュウという刃。

 リサという鍵。


 夜は、

 着実に盤面を黒く染めていく。


 誰にも、

 気づかれないまま。



 そこからの学園生活は、

 自然と――

 三人で行動する時間が増えていった。


 意図して集まったわけではない。

 だが、

 離れる理由もなかった。


 ノアは、

 リサに安心感を与えた。


 そばにいれば落ち着く。

 話せば肯定される。

 否定されない。


 それだけで、

 依存は静かに根を張る。


 ヤギュウには、

 承認欲求を満たす餌を与えた。


「すごい」

「頼りになる」

「やっぱり君が必要だ」


 その言葉一つで、

 剣はより鋭くなる。


 三人は、

 良い意味でも、

 悪い意味でも――

 目立った。


 構図が、異様だったからだ。


 先頭を歩くのは、

 神倣術が使えないノア。


 右に並ぶのは、

 圧倒的な武を誇るヤギュウ。


 左には、

 神倣術を巧みに操るリサ。


 役割が、

 逆転している。


 本来なら、

 力を持つ者が先頭に立つ。


 だがこの三人では、

 違った。


 ノアが決め、

 ヤギュウが斬り、

 リサが支える。


 まるで、

 誰かが盤面を俯瞰し、

 駒を動かしているかのように。


 やがて、

 噂が立つ。


「……あいつらさ」

「黒の三手って呼ばれてるらしい」


 由来は単純だった。


 ノアを中心に、

 三人が動く。


 目的地。

 立ち位置。

 声をかける順番。


 すべてが、

 一手先を読んでいるように見えるからだ。


 まるで、

 チェスの盤上。


 白の陣営が、

 三剣士と呼ばれるなら。


 こちらは、

 黒。


 攻めでも、

 守りでもない。


 指し手。


 ノアは、

 その呼び名を耳にして、

 小さく息を吐いた。


 悪くない。


 仲間ではない。

 同志でもない。


 それでも――

 盤面に置くには、

 十分な駒が揃った。


 夜は、

 もう隠れる必要がなくなりつつあった。


 静かに、

 だが確実に。


 学園という盤の上で、

 黒の三手は、

 次の一手を待っていた。


 ノアが、

 吸血鬼として本格的に動いた時――

 果たして、二人を見捨てるだろうか。


 答えは、

 まだ分からない。


 その頃にはきっと、

 ノアの中に

 人の心と呼べるものは、

 もう残っていないだろう。


 躊躇も、

 良心も、

 後悔も。


 必要ないものは、

 すべて削ぎ落とされている。


 それでも――

 不思議と、確信があった。


 二人は、見捨てられてもついてくる。


 理由は単純だ。


 リサは、

 安心を失うことを恐れる。


 ヤギュウは、

 自分を認めてくれる場所を失えない。


 ノアが夜へ進むなら、

 彼らは夜の手前まで、

 自分の意思だと思い込みながら歩くだろう。


 それは忠誠ではない。

 洗脳でもない。


 依存と欲望の延長線だ。


 ノアは、それを理解していた。


 そして――

 理解した上で、

 利用する。


「リサちゃん」


 穏やかな声。


「君の家、確か伯爵家だったよね」


 リサは、

 一瞬だけ戸惑い、

 それから小さく頷く。


「うん……そうだけど」


「君の家のサロンに集まる要人たち」


 ノアは、

 言葉を選ぶ。


「もし、ここにいるならさ」

「僕らと――友達になってもらおうよ」


“協力”でもなく、

“利用”でもない。


“友達”。


 一番、

 拒否しにくい言葉。


 リサは、

 疑問を浮かべながらも、

 否定しなかった。


 ノアは、

 内心で盤面を確認する。


 伯爵家のサロン。

 集まる貴族。

 政治家。

 資金提供者。

 情報屋。


 剣では届かない場所。


 そこに――

 手が届く。


 ノアは、

 一つ、駒を進めた。


 チェス盤の上で、

 直線ではなく、

 曲線を描く駒。


 ナイト。


 正面突破ではない。

 裏から。

 斜めから。

 想定外の位置へ。


 誰にも気づかれないまま、

 陣営が一つ、

 広がった。


 ノアは、

 表情を変えない。


 まだ、吸血鬼としては動いていない。

 だが――

 夜の準備は、すでに整い始めていた。


 そしてその時が来たら。


 見捨てるかどうかは、

 重要ではない。


 彼らが、

 自分の意思で

 夜についてくるかどうか。


 それだけが、

 ノアにとっての答えだった。

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