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第14話 終わってない再戦

 そして、寮へ戻った。


 王立学園の寮は、

 機能性だけを突き詰めた造りをしている。


 一階は広いホール。

 掲示板と談話用の長椅子。

 簡易だが常に人の気配がある場所。


 二階からが、各自の部屋だ。


 廊下の奥には、

 トレーニングルーム。

 食堂。

 アトリエルーム。

 剣だけでなく、学問や技術、

 あらゆる才能を伸ばすための設備が揃っている。


 ――管理された環境だ。


 ノアは、割り当てられた部屋の扉を開けた。


 六畳ほどの空間。

 簡素なベッド。

 机と椅子。

 小さな棚。


 飾り気はない。

 だが、過不足もない。


「……十分だな」


 荷物を置き、

 一息ついた、その時。


 ――コンコン。


 ノックの音。


 この時間に、

 訪ねてくる相手に心当たりは少ない。


 ノアは扉に近づき、

 取っ手に手を掛ける。


 ガチャリ。


 扉を開けると、

 そこに立っていたのは――

 ライアンだった。


 制服のまま。

 表情は、いつもの不機嫌そうなまま。


 そして手には、

 二本の木剣。


 一本を、

 無言でノアの足元に放る。


「……」


 一拍。


「来い」


 それだけ言って、

 ライアンは背を向けた。


 理由も。

 説明も。

 挑発もない。


 ただ、

 当然のように。


 ノアは足元の木剣を見下ろし、

 それから、ライアンの背中を見る。


 断る理由は、なかった。


 ノアは木剣を拾い、

 扉を閉める。


 カチリと、

 小さな音がした。


 それは、

 寮生活の始まりであり――

 二人の関係が、

 まだ終わっていないことの合図でもあった。


 夜の学園で、

 再び、剣が交わろうとしていた。


「なんでお前みたいなカスが、入学できたんだ?」


 夜の訓練場。

 人の気配は、ほとんどない。


 ライアンは、木剣を握ったまま吐き捨てる。


「不正でも使ったか?」


 ノアは、肩をすくめるでもなく、

 淡々と答えた。


「さあ。僕にも分からない」


 一拍置いて、

 静かに言葉を足す。


「ただ一つ言えるのは」

「ライアンより、僕の方が強いってことかな」


 空気が、張り詰める。


「……ぬかせ」


 ライアンの歯が、鳴る。


「最後に戦った時より」

「俺は、強くなってる」


 ノアは、木剣を握り直す。


「それは、僕もさ」


 短い沈黙。


「……じゃあ」


 ライアンは、

 深く息を吸い、

 剣を構えた。


「遠慮なく、行っていいんだな」


 返事は、ない。


 ノアは、

 剣を額の上に掲げる。


 女に教わった、

 どこか歪な構え。


「――神倣術クラリティ


 低く、噛みしめるような声。

 それは――ライアンのものだった。


 次の瞬間、

 世界が、変わる。


 音が、

 ほどける。


 剣と剣が擦れる金属音。

 風に揺れる葉擦れ。

 観衆のざわめき。


 それらすべてが、

 意味を持った“情報”として整理されていく。


 ライアンの視界が、

 異様なほど澄み切る。


(見える……)


 ノアの重心。

 踏み込みの癖。

 次に来る角度。


 ――読める。


 思考が加速し、

 判断が追いつき、

 身体がそれに従う。


 一拍先の未来が、

 輪郭を持って浮かび上がる。


 だが。


 その変化を、

 ノアは“感じ取って”いた。


 耳が捉える。


 ――心音。


 早く、

 鋭く、

 規則正しい。


 集中状態特有の、

 高く張り詰めた鼓動。


 速い。

 だが――

 一定だ。


 呼吸。

 重心の移動。

 足裏が、床を踏む圧。


 全部、

「次」を語っている。


(来る)


 踏み込みの前。

 肩が、ほんの僅かに沈む。


 ノアは、

 考えない。


 判断しない。


 分かっている。


 ライアンが、

 吼えるように踏み込む。


 木剣が、

 一直線に振り下ろされる。


 ――ガンッ。


 互いの剣が、交差した。


 衝撃。


 だが、

 ノアの腕は、ぶれない。


 力で受けたわけじゃない。

 位置が、そこにあっただけだ。


「……っ!」


 ライアンの目が、見開かれる。


 もう一撃。

 横薙ぎ。


 ノアは、

 半歩、ずらす。


 剣先が、

 空を切る。


 返す刃。


 速くない。

 重くもない。


 だが――

 当たる。


 ライアンが、

 歯を食いしばる。


「チッ……!」


 怒りが、

 剣に乗る。


 ノアは、

 それを聞いている。


 心音が、

 乱れていく。


(……焦ってる)


 クラリティは、

 未来を見せない。


 ただ、

 今を、極限まで鮮明にする。


 そして今、

 ライアンの剣は、

 感情に引っ張られ始めていた。


 夜の学園で、

 二本の木剣が、

 乾いた音を立てて打ち合う。


 それは稽古でも、

 試合でもない。


 互いが互いを、

 測り直すための――

 再戦だった。


「……セレナの背中ばっかり追いかけるからさ」


 ノアは、息を乱さずに言った。


「僕のことも、ちゃんと捉えられなくなったんじゃないか?」


 一瞬。


 ライアンの目が、わずかに揺れた。


「……黙れ」


 感情を叩きつけるように、

 横薙ぎの一撃。


(なるほど)


 ノアは半歩下がりながら、内心で頷く。


 ――図星だ。


 それからは、言葉はなかった。


 剣が交差する。

 乾いた音が、夜の訓練場に響く。


 一合。

 二合。

 三合。


 力と力。

 癖と癖。


 互いに譲らず、

 読み合いは、次第に荒れていく。


 そして――


 バキッ。


 ほぼ同時に、

 二本の木剣が、音を立てて折れた。


 一瞬の沈黙。


 だが、

 誰も止まらない。


「……っ!」


 拳が飛ぶ。


 ノアは、吸血鬼の筋力を一瞬だけ使い、

 ライアンを殴り飛ばす。


 地面を転がる。


 だが――


「……アクセル」


 低く呟く声。


 次の瞬間、

 ライアンの身体が跳ねる。


 神倣術による加速。


 拳が、

 ノアの頬を捉えた。


 衝撃。


 視界が、白く弾ける。


 そこから先は、

 もう技術じゃなかった。


 掴む。

 殴る。

 倒す。


 倒されて、

 また立ち上がる。


 拳が当たるたび、

 鈍い音がする。


 痛みも、

 息苦しさも、

 もう関係ない。


 最後は、

 どちらからともなく、

 地面に倒れ込んだ。


 夜風が、

 熱を持った肌を冷やす。


 二人とも、

 青あざだらけだった。


 ――勝敗は、ない。


 ただ、

 殴り合って、

 倒れただけだ。


 翌朝。


 初めての授業。


 教室に入った瞬間、

 周囲の視線が、二人に集まった。


「……え?」

「どうしたの、あの顔……」


 ノアも、

 ライアンも、

 同じように腫れた頬。


 青紫の痣。


 目が合う。


 一瞬、

 気まずそうに視線を逸らし――

 どちらからともなく、何も言わなかった。


 ただ、

 昨日までとは違う。


 殴り合った分だけ、

 互いを“知った”目をしていた。


 それだけで、

 十分だった。

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