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第13話 正しさの中で

 王立学園の入学試験。

 その倍率は、四十倍を超えていたらしい。


 一人が入るたび、

 三十九人が弾かれる。


 落ちた者の中には、

 名を背負っていた者もいた。


 代々、剣士を輩出してきた家。

 神倣術の系譜を誇る血筋。

 学園に入ることを前提に、

 人生を組み立ててきた者たち。


 また、

 田舎から上京してきた者もいた。


 全てを売り払い、

 家族に背を向け、

「ここで失敗したら戻れない」

 と覚悟を決めて来た者たち。


 彼らの多くは、

 結果を聞いたその日、

 王都を去った。


 泣く者もいれば、

 無言で背を向ける者もいる。


 誰も責めない。

 誰も慰めない。


 王立学園の試験は、

 そういう場所だった。


 一方で――

 学園は完全寮制だ。


 学費。

 教材費。

 食費。

 被服。

 その他、在学に必要な全て。


 それらは、

 国が負担する。


 人類の未来を育てるために、

 金銭の差で選別はしない。


 ――建前としては。


 だから、

 貧乏暮らしをしていた女の家でも、

 入学に対する負担は、

 一切なかった。


 女は、

 それを聞いて、

 胸を撫で下ろした。


「お金の心配がないなら、安心だねぇ」


 ただ、それだけだった。


 ノアは、

 その横顔を見ながら、

 思った。


 ――この制度は、

 救いでもあり、

 奪う装置でもある。


 三年間。

 中等部で学ぶ。


 剣。

 学問。

 神倣術。

 歴史。

 統治。


 そして、

 その上にある高等部。


 進学できるのは、

 さらに限られた者だけ。


 ここでも、

 再び選別が行われる。


 三年後、

 何人が残るのか。


 何人が、

 折れ、

 削られ、

 消えていくのか。


 ノアは、

 まだ知らない。


 ただ一つだけ、

 確かなことがある。


 四十倍の中で、

 彼は選ばれた。


 ノアは、夜の天井を見つめながら、

 静かに――

 自分の手札を、再確認していた。


 今の自分に、何があるのか。

 そして、何がないのか。


 まず――

 風の耳。


 エルフの血が混ざったことで得た感覚。

 風の流れに乗った音を拾い、

 人の噂声や、殺意の揺らぎを聞き取る。


 便利だ。

 だが万能ではない。


 雨の日は鈍る。

 強い感情が重なると、ノイズが混じる。

 そして何より――

 自分が聞きたくない声まで、聞こえてしまう。


 次に――

 筋力と脚力。


 吸血鬼として生まれた者が持つ、

 人間を明確に超えた身体能力。


 跳べる。

 耐えられる。

 押し切れる。


 だがそれは、

 常に使える力ではない。


 全力を出せば、

 正体に近づく。


 神倣術と誤魔化すことはできても、

 限度がある。


 一度、目を付けられれば――

 終わりだ。


 そして――

 赤血操術。


 ノアにとって、

 最も信頼でき、

 最も危険な力。


 自分の血を使い、

 自分の意志で、

 現実を殴る技。


 外から与えられた力じゃない。

 神を真似たものでもない。


 自分の中にあるものだけで、戦う術。


 だが、代償は明確だ。


 使えば、

 身体は削られる。


 血を失い、

 意識が遠のき、

 判断が鈍る。


 吸血で補えば、

 今度は――

 理性が削られる。


 どれも、

 切り札ではない。


 どれも、

 決定打になりきらない。


 ノアは、

 ゆっくりと息を吐いた。


(……だから)


(組み合わせるしかない)


 風の耳で、先を読む。

 脚力で、位置を奪う。

 筋力で、一瞬を耐える。

 赤血操術で、

 その一瞬だけ、世界を歪める。


 長期戦はできない。

 正面からの殴り合いもできない。


 勝ち続ける戦い方ではない。


 ――生き残る戦い方だ。


 ノアは、

 自分の手を見つめる。


 細い。

 血管が浮いている。


 この手で、

 どこまで行けるのか。


 学園。

 神倣術。

 太陽の剣。

 そして――

 処刑台で誓った言葉。


 すべてを抱えたまま、

 ノアは目を閉じた。

 そして、入学式の日が来た。


 白亜のような学園。

 昼の光を受けて、壁も柱も淡く輝いている。


 威圧ではない。

 だが、否応なく背筋を正させる重みがあった。


 その中心――

 大ホールには、全校生徒が集められていた。


 新入生。

 中等部の上級生。

 高等部の生徒たち。


 色とりどりの制服。

 しかし、その空気は一様に研ぎ澄まされている。


 ノアは、その中に立っていた。


 息を潜めるように。

 目立たない位置で。


 だが――

 風の耳は、否応なく世界を拾ってしまう。


「今年の新入生、レベル高いんだろ?」


「あぁ、剣戟試験、結構荒れたらしい」


「セレナ・クレメンティスがいるって聞いたぞ」

「太陽の剣の系譜だろ?」


「……不気味なやつも、いるらしいが」


 その言葉が、

 ひそひそと、

 しかし確かに、ノアの耳に届く。


 視線が、

 何本か、こちらに向けられる。


 好奇。

 警戒。

 そして、わずかな嫌悪。


(……もう始まってるな)


 ノアは、内心でそう呟いた。


 入学式は、淡々と進んでいく。


 祝辞。

 規律。

 学園の理念。


「人類の未来を担う者として――」


 その言葉は、

 何度も繰り返されてきたのだろう。

 磨耗しきった音として、ホールに落ちる。


 やがて。


 式の流れが、

 一つの節目に差しかかる。


「――続いて」


 壇上の声が、

 わずかに張りを帯びた。


「新入生代表の言葉」


 ホールが、

 静まり返る。


「セレナ・クレメンティス」


 その名が呼ばれた瞬間、

 空気が、変わった。


 ざわめきが、

 一斉に収束する。


 視線が、

 一方向に集まる。


 銀色の髪を揺らし、

 セレナが、席を立つ。


 歩みは静か。

 だが、

 それだけで十分だった。

「新入生を代表して、言葉を述べさせていただきます」


 澄んだ声が、

 白亜のホールに静かに広がる。


「本日、私たちは王立学園への入学を許されました」


「この学園は、剣を学ぶ場所であり」

「学問を修める場所であり」

「そして――人類の未来を担う者が育つ場所です」


 一拍。


「ここに立つ私たちは、選ばれた存在です」

「それは、誇りであると同時に」

「責任でもあります」


 視線が、

 真っ直ぐ前を向く。


「赤の時代、人類は弱く」

「多くを失いました」


「ですが、神の導きと、先人たちの努力によって」

「青の時代は、平穏を手にしました」


「この平穏は、偶然ではありません」

「守り続けてきたからこそ、今があります」


 声は、揺れない。


「だからこそ私たちは」

「剣を振るう意味を学び」

「力を持つ意味を考え」

「人類のために、正しく在ることを選ばなければなりません」


「力は、恐れられるものです」

「ですが、正しく使われる力は」

「人を守り、未来を繋ぎます」


 セレナは、

 一度、息を整える。


「ここに集った仲間の中には」

「出自も、価値観も、力の形も異なる者がいるでしょう」


「それでも」

「私たちは共に学び」

「共に高め合い」

「共に、人類の盾となることを求められています」


 最後に。


「この学園での日々が」

「私たち一人一人を、より強く」

「より正しく導くことを信じて」


「新入生代表の言葉とさせていただきます」


 深く、一礼。


 拍手が起こった。


 ノアも、その中に混ざって手を叩く。

 強くもなく、弱くもなく、周囲と同じ速さで。


 白亜のホールに、音が反響する。


 その拍手を聞きながら、

 ノアはふと、既視感を覚えた。


 ――似ている。


 あの日、

 処刑台の下で聞いたざわめきと。


 歓声でも、罵声でもない。

 ただ、

「そういうものだ」と受け入れた人間たちの音。


 今、自分はその中にいる。


 拍手をしながら、

 ノアはそう思った。


 壇上では、セレナが一礼している。

 光の中に立つ姿は、やはり眩しい。


 拍手は、やがて収まり、

 式は次へと進んでいく。


 ノアは手を下ろし、

 何事もなかったように前を向いた。


 それでも胸の奥に、

 小さな棘のような感覚だけが残っていた。


 ――あの音を、

 自分は知っている。


 それだけだった。

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